第十一話 あのアグニスタウロスさん
広場から少し離れた通路の奥から、力強く、この火山そのものを震わせるほどに重厚な声が、広場全体へと轟き渡った。
「―――一体これは何の騒ぎだ?」
先までのゴラクZさんの熱気にひれ伏し、得体のしれない力への恐怖と自身が死ぬ可能性への畏れから息も絶え絶えになっていた灼炎種の群れの奥から、ゆっくりと、ソイツは現れた。
「……っ、これは面倒なことになったな……!」
―――頭部にそびえたつ黒曜石のごとき光沢を放つ二本の巨大な角の生えた並の種族なら見上げるだけで首を痛めるほどの巨大な体。
「う、うわぁ~……こ、こんなだったっけ~……? 今の状況で見るとちょっと圧が強いね~……!」
―――まるで幾重にも重なる溶岩石を無理やり繋ぎ合わせたかのような武骨な肉体に、重厚な岩盤に漆黒の剛毛を植え付けたかのような強靭な四肢。
『……ふん、だが、こちらから探す手間が省けた』
―――そして、こちらを一直線に見据える、黄金色にギラつく一対の眼光。
その姿は、まさに"煉獄の門番"と言っても差し支えないほどの威圧感を放ち、俺たちに相対した。
【煉獄牛魔人――アグニスタウロス】。
灼炎種における、半人半牛族の最上位級魔獣であり、かつての火山地帯における最凶の魔獣と称されるほどの存在。
他の灼炎種に違わぬ圧倒的な炎耐性を有しながらも、自身の屈強な肉体による高速移動と膂力によって全てを破壊し尽くす暴君。
そんな、最凶の名に恥じぬ力を持つアグニスタウロスが、"最強"ではなく、"最凶"と言われる所以についてはいくつか理由があるが、近年、最もこいつが最凶だと言われる所以として、とても分かりやすい掲示板があった。
それが―――。
【火山地帯の牛「あっ出会ったんで殺しますね~」←これ】
1:名無しからVBIPがお送りします
どうにかならん?
普通に見つかったら詰み? 魔眼種レべ100↑でも一瞬でやられるんだけど猛者たちは倒せるの?
2:名無しからVBIPがお送りします
>>1 普通に詰みだし倒すのも無理
ワイ海獣種の200台やけど、攻撃手段が物理だから炎耐性意味ないし、その物理攻撃を防げる防御力の守蟲種が灼炎種に対して分が悪いから無理やと思ってる。なおTTMは知らん
3:名無しからVBIPがお送りします
>>1 おっ、新人さん? ようこそユグ・ドライアスの地獄へ^^
あれは火山地帯の避けイベだよ^^ 種族王でもない限り関わるだけ無駄無駄~^^
4:名無しからVBIPがお送りします
>>1 おれ普通に逃げれたけど?
5:名無しからVBIPがお送りします
>>3 エアプ乙。見つかった瞬間強制的に戦闘モード入ってログアウトもテレポ石も禁止されんのに逃げれるわけなくて草
6:名無しからVBIPがお送りします
>>3 マジならソース動画くだしあ>< あれの対策あるなら俺も教えてほしい
火山の素材取り行くだけで毎回あいつに見つかって死ぬのストレスなんやが
7:名無しからVBIPがお送りします
>>6 対策なんてない。そもそもあの牛に一度タゲられたら殺すまで追ってくるカスヘイト仕様
樹霊種のスキルマ隠密使っても確定タゲっぽいし逃げ切れたやつなんてこの世に存在しないと思われ
8:名無しからVBIPがお送りします
やっぱあいつクソ仕様だよな?
会話可能ならどうにかなるかもだけど、会話する前に死ぬわ毎回
こいつってサ終間際で弱体化あったりすんの?
9:名無しからVBIPがお送りします
>>8 多分それもない
だってこいつ―――だし。
―――と……まぁ……最後はちょっと覚えてない所もあったけど、大方こんな感じだったかな?
端的に言ってしまえば、"出会えば一切逃げることは叶わず、戦うも決して勝つことは叶わず"なことから、最凶って名が付けられているってワケだ。
そして、そんな"絶望の象徴"とも言える存在が今、火山の大地を一歩、また一歩と踏みしめながら俺たちの前に現れたことは、俺たちに戦闘態勢を取らせる理由になるには十分すぎるだろう?
―――とはいえ、先にこの牛が言葉を発していたように、魔物が意思を持ったこの世界では、もしかしたら彼とも冷静な対話が可能だったかもしれない。
……けれど……!
(この状況は最悪だな……!)
俺は周囲を見渡しながら内心、舌を打つ。
周囲には怯えた灼炎種の数々、そして何より倒れて気絶しているバーディングナイトがいる光景は、何も知らないアグニスタウロスにとって、俺たちに好意的な印象を抱く可能性はほとんどゼロに近い……というよりマイナスでしかない……!
加えて、灼炎種にとって仇敵でもある俺の存在――!
今までの灼炎種たちの反応からして、敵意を抱くことは必然……!
つまり―――。
「やるしかない……か!?」
依然としてこちらに迫りくる最凶の魔物に、俺たちは警戒を強めた―――が、その瞬間だった。
一歩、また一歩と進む度に重厚な地響きを立てて近づいてきたアグニスタウロスは、俺たち―――正確にはゴラクZさんを一瞥した後、どこか得心がいったようにその巨躯を微かに揺らし、静かに呟いた。
「――む……? この熱は……いやはや、なるほどそうでしたか……。ふむ、僭越ながら皆様、どうか発したその強い気をお静めいただくことは可能でしょうか……? 我が同胞が恐れておりますので……」
そう静かに呟いたアグニスタウ……って、え????? いや、え、今なんて????
あまりにも想定外な静かな声に、俺と猫バイトさん、サクラノヴァさんの動きでさえピタリと止まる。
まるで、ここだけ時間が止まったかのように俺たちが困惑で顔を見合わせる中、一人だけ動ける人物がいた。
「そなたは……いや、まずはすまない。俺の身勝手な行動で仲間の命を奪ってしまうところだった……」
同じく灼炎種であるゴラクZさんだけはなぜかこの光景に動揺することなく一歩前へ出ると、その丁寧すぎるアグニスタウロス……いや、アグニスタウロスさんに向かって頭を下げ始めた――が。
「っ、いえいえ、滅相もございません! 此度の件はむしろ、先に王のご友人に無礼を働いてしまったのは我らの不手際。この程度のお咎めで済ませていただける王の寛大な御心に、わたくしがこの場の灼炎種を代表して感謝の気持ちを述べさせていただきたく存じます」
一方のアグニスタウロス……さんは、光を吸い込むような二本の漆黒角をこれでもかと地面に擦りつけ、これでもかと恭しく頭を垂れながら、これでもかと感極まったように太い胸に手を当て、これまでかと感謝の弁を続けて、ゴラクZさんに向かって何度も、何度も頭を下げていた。
当然、それに対するゴラクZさんもまた綺麗な姿勢でお辞儀をしながら―――。
「……そうか。……それならば有難く―――」
「―――って、うぉおおい、待て待て待て!!!! 勝手に話を進めるんじゃないよ!! いや、ていうか……えぇと……ど、どこから突っ込めばいいんだ、これ!?」
「い、いやぁ~、そりゃあ、この牛さんの態度、とか~???」
俺は引きつった笑みのまま思わずゴラクZさんに突っ込み、猫バイトさんも同様にオドオドしながらこの光景に困惑を示していた。
いや、だって……未だ倒れ伏すバーディングナイトを横目にしつつも全く気を悪くした風でもなく、むしろ仇敵でもあるはずの俺にまで、深く、静かに視線を向けて一礼してるんだよ???
いやはやこんな屈強な肉体に似合わないほどの丁寧な言葉遣いと物腰――誰が想像できる????
ってか感覚狂うなぁおい!!
『……っ、いや……さすがにこればかりは俺も驚きを隠せん……いや、むしろ世界の理としては、こうなるのが正しい……のか……?』
「まぁ……あの《運営の息子》だしね~……?」
――と、サクラノヴァさんの世にも珍しい困惑の横で呟いた猫バイトさんの一言で、俺の脳裏にこいつの二つ名が走馬灯のように駆け巡った。
そうだ、そうじゃん! こいつ、《運営の息子》じゃん!!と。
―――《運営の息子》。
さきほど思い出し損ねた掲示板のレスの言葉。
そうだ、あれは確か、『だってこいつ、"運営の息子"だし。』だった!
なんでこんなこと忘れてたんだ……!
……いや、こんな奴、忘れたい過去でもあったから仕方ないか……。
と、とはいえ!
かつて【ユグ:ドライアス】にてプレイヤーたちからそう称されていた彼は、何も本当に運営の血縁者なワケではない。
これはネットゲーマーの間で広く使われる一種の専門用語、あるいはスラングのようなもので、理不尽極まりない超性能を持つキャラクターに対し、プレイヤーからは不平不満の嵐が巻き起こっているにもかかわらず、運営側は知らんこっちゃとばかりに一切の弱体化対応を拒み、頑なにそのクソ仕様を維持し続ける――要するに、運営から露骨に特別扱いされ、溺愛されているキャラクターを皮肉って付けられる、"最上級の蔑称"を指すものだ。
先の掲示板でも示したけれど、他の例としても―――。
・出会った瞬間に即敵対し、気づいた時にはとあるスキルで即死。
・火山の魔物なのに炎耐性が意味を成さない強物理攻撃持ち。
・にもかかわらず防御力が高すぎて並みの攻撃じゃ怯むことなく襲ってくる。
―――など……当時のまとめサイトのコメント欄では常にこいつのクソ仕様への愚痴で埋まっていたほどであるにもかかわらず、修正されたことは一度もないほどの寵愛っぷり。
まさに、"運営のバカ息子”……って、性別は不明だけどね。
ともかく。
かつてのゲーム時代における火山の理不尽。
全プレイヤーにとっての共通の敵でもあったアグニスタウロスさんが、まさか異世界に転移して自律思考を持った結果、これほどまでに冷静で、政治的な立ち回りのできる優秀なキャラクターに仕上がっているなんて、一体誰が想像できただろうか???
『……ふん……まぁ運営のお気に入りだったのなら、AIの初期設定"だけ"は完璧だったと考えれば納得もいく……か……』
サクラノヴァさんが呆れたように脳内に声を響かせる――が、まぁ、当然そんな俺たちの内緒話など知る由もないアグニスタウロスさんは、場の空気を変えるかのようにフシュー、と鼻孔から丁重に熱蒸気を吹き出すと、これ以上ないほど滑らかな動作で、広場の奥へと続く通路を示した。
「僭越ながら御人方、立ち話も何ですから、まずは静かな場へとご案内いたしましょう」
「あ、うん。ありがとうございます……えーっと……アグニス、タウロス……さん?」
……と、あまりに名前が長くて呼びづらかったのもあり、俺が少し言葉を詰まらせながらそう言葉にすると、彼はハッとしたようにその巨躯を震わせ、改めて恭しく頭を垂れた。
……それはもう、マナー講師が見たら両手で拍手しちゃうぐらいに綺麗なほどにね……。
「っ、これは失礼いたしました。未だ名乗りもせず……! 私、この集落では、オキイチと申します。以後、どうぞそのようにお呼びくださいませ」
『「「オ、オキイチ……??」」』
その、およそファンタジー世界の最強魔物には似つかわしくない、どこか和風で妙な響きの名前に、俺たちは思わずオウム返しに呟き、揃う。
……オキイチ……。
運営の一番のお気に入りだから……オキイチ……? いやいや、まさか……な?
脳裏をよぎる嫌な予想。
ともすれば、これがかつてのゲームを踏襲した異世界であるというのなら、こいつは元々本当に運営のお気に入りだったということを意味する……ってことに……?
いやぁ、まさか異世界に来てまで当時のクソ開発者の自己満足の証拠をド直球で突きつけられるとはな……。
ふと隣を見れば、サクラノヴァさんは青い眼窩の光をスッと極限まで細めており、猫バイトさんに至っては、うわぁ……と言いたげに生暖かい目でオキイチさんを見つめている。
どうやら言葉にせずとも、二人とも俺と全く同じ結論に達したらしい。
「あの、どうかされましたか?」
しかし当のオキイチさんは、自分の名前にどんな不名誉なエゴが仕込まれているかも知らず、首を傾げて純朴な目で俺を見つめている。
……てかあの、そんな純朴な目で見つめないでもらっていいですか……? 怖いです普通に……。
「い、いや、なんでもないですよ、オキイチさん! あ~、え~っと、その、すっごく……呼びやすくて良い名前ですね……!」
なんだか色々と嫌な思い出がフラッシュバックして吐き気がしてきたが、今はまぁ……なんだ。
これ以上深く考えると本当に脳がパンクしそうなので、考えるのはやめよう。
――――そんなこんなで、俺たちは、あのアグニスタウロスさんこと、オキイチさんの先導に付いていく形で、広場を後にしたのだった。
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