第十話 怒りの矛先
「先ほどは、たいっへん申し訳ございませんでしたッ!!!!」
――ありふれた灼熱の空気がさらに密度を増し、陽炎のようにゆらゆらと歪む洞穴の一室にて、一人の……いや、一匹の謝罪が響き渡った。
隆起する筋肉の隙間に走る赤い亀裂をドクドクと明滅させ、岩石のように硬質な毛並みに覆われた下半身を丁寧に折り畳みながら、すべてを飲み込むような漆黒の両角を全力で地面に突き刺して平伏する彼の名は――何を隠そう、"あの"、アグニスタウロスさんだ。
―――え? いや……あのアグニスタウロスさんをご存じない??
"煉獄の門番"と称されるほどの、あのアグニスタウロスさんを!?
そうか……となれば、なぜ今、俺たちはそのアグニスタウロスさんたる存在に謝られているのか。
そして、そのアグニスタウロスさんとは何かから説明しよう。
……あれは、俺たちが灼炎種の集落へと入り込んだ時のことだった――――。
◇◆◇
――――なんだかんだ色々あれど、なんとか灼炎種たちの仮拠点とやらにたどり着いた俺たちは、しかしそこでデジャヴの如く、王を崇める灼炎種らにあっという間に囲まれることとなった。
それはまさに、熱烈という言葉が適切なほどの勢い――― 灼炎種だけにね?―――だったのだが、ここが流石に彼らの拠点ということもあり、今度はすぐに灼炎種の自警団のようなものがやってきた。
頭が鳥のくせにやたらスタイリッシュな甲冑を着込み、自分の尾羽から引き抜いた燃え盛る尾羽を剣として扱う鳥頭騎士―――バーディングナイト。
息を吐くたびに口元から火の粉を漏らしながらこちらを鋭く睨みつけてくる、骨が浮き出たガリガリワンちゃんこと―――ホットドッグ。
……これが本当のホットなドッグか、とかそういうのはもう散々言われてるからここではスルーしよう。
そして、全身の毛並みを常に燃え盛らせながら、両手の拳をバチバチと意味もなく爆発させている猿――モンクラーヴァ。
……とまぁ、いずれも中位級の灼炎種たちで固められた自警団らしき組織は、すぐさま下位級の灼炎種たちの騒ぎを治めた。
そんな、俺たちが想定していたよりも遥かに統率の取れた光景を感心しながら見ていた中で、ふと俺が拘束された手で拍手をしようとしたその時、小さな事件が起きた。
微かな空気の揺らぎを感じた俺が僅かばかりに半歩下がろうとしたのは、俺の目の前にいた一体のバーディングナイトが、自身の鋭い尾羽をこちらに向けようとしたからだった。
当然、彼らもまた入口で出会ったフレイムリザードマンの群れと同様、突き刺すような視線を俺だけに向けていたことから、彼がそうしようとした理由を推測するのは想像に難くない。
まぁ俺としては今更別に剣を向けられようがこの程度ならどうせ躱せるし、当たらなければどうということはないのでどうでもよかった……のだが。
しかしこれを見逃さなかった人がいた。
「――おい貴様。今、誰に刃を向けたか分かっているのか?」
低く、重く。
この場にいる誰もが思わず唾を飲み込むほどの、圧倒的な圧力が大気を駆け巡る。
その言葉に、敵意を向けようとした張本人であるバーディングナイトは勿論、周囲を囲んでいたホットドッグやモンクラーヴァといった自警団の面々、さらにはただ遠巻きに眺めていた下位級の灼炎種たちまでもが、文字通り完全に硬直する。
……が、それだけではない。
俺も、隣にいた猫バイトさんも。
あのサクラノヴァさんでさえ、言葉を発した彼―――ゴラクZさんの姿に、思わず視線を向けた。
「おっ、王!? なぜ竜を庇……っ"ッ"!! グゥァアアアッ!!」
気づけば、敵意を向けたバーディングナイトは次の行動を起こすよりも遥かに早くゴラクZさんに腕をガシリと掴まれ、掴んだ先からは黒煙が漏れ出ていた。
―――前提として、灼炎種は炎に対する完全耐性を有する種族だ。
当然、低位のフレイムリザードマンから高位のサラマンダー、さらには王たるゴラクZさんと言えども灼炎種という括りである以上、炎による攻撃が一切効かないという一点において種族的な差はない。
だから、いくらゴラクZさんが放つ最強の炎といえど、実を言えば同種には一切の効果を発揮しないのだ。
ともすれば、「じゃあ灼炎種の王としての力ってなんなの?」と思う人もいるだろう。
この議題に対して結論から言ってしまえば、俺は、こと“破壊力”という一点だけを見れば、灼炎種の王こそが全種族の中で最も突出していると考えている。
―――――世間一般でも、攻撃の強さを“火力”と称するだろう?
さて、そしてその理由を示す現状だが。
ゴラクZさんに腕を握られているバーディングナイトは紛れもなく灼炎種であり、炎に対する耐性を持つ。
だから彼に炎が効かない――ということ自体には間違いはないのだが、それはあくまで“炎”という枠に収まる現象に対しての話。
ゴラクZさんが怒りと共に解き放ったもの。
それは、火や炎という"生ぬるい"概念を遥かに超越した、空間すら歪めるほどの“超高密度の熱量”。
例えるのなら、太陽の中心部や核融合……いや、よくSF作品に出てくるようなレーザーを想像してもらった方が分かりやすいかもしれない。
現実世界において、身近に耐火性のあるものといえば金属類やコンクリート、石材、消防隊員の方々が着ているような特殊な耐火服なんかがあるよな?
でも、そのいずれもが超高出力のレーザーを浴びて無傷でいられるかと言われれば……答えは言わずとも分かるだろう……?
いくら高性能の耐火や防火を謳っていようが、物質を原子から分解するような、圧倒的なまでの高密度エネルギー波の前では等しく無力なように。
熱エネルギー自体を物理的に掴み、圧縮、そして自在に放出させることができる"灼炎種の王"たる彼の前では、灼炎種の特性でさえ等しく無力なワケで……。
……というか。
そもそもこのレーザー攻撃自体にほとんどのプレイヤーでさえ防御することすらほぼ不可能なほどだったので、特性とかそういう概念じゃなくってぇ……。
……何を言っているのかわからないって?
大丈夫だよ、俺も意味がわからないから。
――と、まぁ"そういうこと"なので、必然的にゴラクZさんの手のひらから放たれた規格外のエネルギーにたかが中位級の魔物が耐え切れるはずもなく。
掴まれた装甲の隙間から無情にも、肉の焦げる匂いとともに黒煙が立ち上り始めたというわけだ。
「ガ、アアッ! あ、熱い、熱いぃいッ! 王、なぜ、我らではなくその竜を――ッ!」
「……おい。これ以上その口から不浄な言葉を吐き出すならば、その喉ごと溶かし尽くして―――」
長年一緒にゲームをしてきた気心の知れた仲間とはいえ、思わず背筋に冷や汗が流れそうになる冷徹な言葉。それがジュージューと肉の焼ける音と共に鼓膜を揺らす。
まさに一触即発、空気感がヤバすぎる状況……。
――のはずなのだが……いやはや、人間の脳のバグとは恐ろしいものだと、俺は今、すごく、とてもそう思っている。
こんなにも緊迫した空間だというのに、俺のどうしようもない耳は、その「ジュージュー」という音をまったく別のものとして認識し始めている。
ほら……よく聞いてみてほしい。
ジュージューと……肉が焼ける……すごく“良い音”がしているとは思わないか?
い~やいや、そりゃ不謹慎極まりないとは思うよ?
でもホラァ……抗えない本能とか衝動っていうのはあるものだし……?
てか鶏肉って……美味しいじゃん?
絶妙な加減で焼け焦げていく、香ばしくもジューシーな匂い。
脳裏をよぎる焼き鳥、秘伝のタレ、いやシンプルに塩も捨てがたい、とりあえず皮を三本――。
――って、うわぁ!! 危ない!!
あまりのいい匂いに思わず涎が……。
っじゃなくって! 気を取り直して話を戻そう……。
普段の焼き職人……って違う違う!!
えぇと、普段のゴラクZさんは、滅多なことで怒りを覚えることはない人だ。
というか、感情を熱量に変える特性を持つ灼炎種としては、むしろ致命的なほど温厚な性格。
――にもかかわらず、彼がかつてのギルド戦において周囲から"レイドボス"と呼ばれていたのは、何も彼の持つ圧倒的な全方向殺戮パッシブスキルだけが原因ではない。
俺たちは知っている。
彼が、誰よりも仲間意識の強い存在であるかを。
俺たち【ネクサス・レグリア】のメンバーの誰か一人でも窮地に陥ったり、あるいは微々たる傷でもつけられようものなら、その瞬間にゴラクZさんの怒りは最高潮になり、当然、攻撃力――いや、“火力”も比例して段違いに跳ね上がる。
それこそ、俺たち種族王としての高い火炎耐性を持っていたとしても、周囲の空間ごと肌が灼かれるような熱量を感じ取るほどの温度なのだから、一般プレイヤーがどう感じているかなどは想像もしたくない……。
……ただまぁ、それはそれとして、だ。
今回のケースに限って、一つだけ言えることがあるとするのなら……。
「あの……ゴラクZさん……? そいつ、まだ何もしてないし、そこまでやると完全に俺たちが悪者に見えるんですけど……?」
俺は思わず、引きつった笑みを浮かべたまま声をかけた。
いや、実際はバーディングナイトが俺に刃を向けようとしていたのは確かだよ?
でも結果的にその行動を起こすよりも遥かに早くゴラクZさんが止めてしまったがゆえに、客観的に見れば、何もしていないのに、ただ一方的に王に腕を燃やされている可哀想な鳥という構図が出来上がってしまっている。
そしてそれは今回の調査の目的を加味すると、正直言ってあまりよろしくない状況。
それを同時に感じたのか、俺の意見に同意するかのようにすぐに目の前の岩の巨人と骸骨が揃って頷いた。
「うんうん~……。流石にそれはやりすぎちゃってるんじゃないかな~?」
「……ゴラクZ、落ち着け。今回の目的を見失うな」
……などと、さすがに三人がかりで止められたからか、はたまたサクラノヴァさんの言葉に耳を傾けたのかはわからないけれど、ゴラクZさんは低く唸った後、バーディングナイトの腕をパッと離してこちらに向き直った。
しかし、俺が胸を撫で下ろしたのも束の間。
彼の口から出たのは、全く持って物騒極まりない言葉だった―――。
「ウウム……だが、マスター。マスターに歯向かうものは、即ちギルドに仇なす不届き者! 等しく灰に―――」
「―――いやいや落ち着いてって! 灰にしたら俺たちの立ち位置が完全に敵になっちゃうから! ってか実際はまだ歯向かれてないし、俺も一ミリもケガしてないから、ね!?」
―――と、あまりにもゴラクZさんらしくない立ち居振る舞いに俺が止めようとするも、ゴラクZさんの足元では、すでに踏みしめる岩地が白く発光し始めるほどに熱が満ちていた。
ただでさえ過酷な火山の熱気がさらに跳ね上がり、吸い込む空気がそのまま喉を焼き焦がしそうなほどの、逃げ場のない絶望的な高熱空間へと変貌していく。
ふと周りを見渡せば広場にいた下位級を初め、中位級の自警団もまた、自分たちの属性耐性が何の意味も成さず、ただ近づくだけで体が消えかねないという"王の規格外の加害能力"を本能で察知し、完全に腰を抜かしてガタガタと震え上がっていた。
「いや、だが……此奴がマスターに刃を向けようとした事実は変わらんだろう!?」
ゴラクZさんが怒声と共に指さす先には、すでに彼の熱量で炭化したであろう腕を抱えた鳥が、白目を剥いて地に伏している。
(ゴラクZさん……どうしてこんなにムキに……? 周りの怯えすら見えてないのか……!?)
そんな風に、俺が引きつった顔のまま必死に次の宥め文句を考えていた、その時。
じりじりと頭に上っていた灼熱の血の気を一瞬で抑え込むような、冷たく、冷静な声が脳裏へと直接響き渡った。
『……おい。いい加減にしろ、落ち着けと言っているだろう』
それは、発声器官を持たないサクラノヴァさんのテレパシーだった。
彼の言葉は、誰よりも静かでありながらも強大な意志が込められている。
だからこそ、この場に漂う異常な熱気と混沌としたこの現状を変えるには、彼以上に適任な存在はいないだろう。
これで、熱くなっていたゴラクZさんも落ち着くだろう……と、そう思っていたのだが、しかし驚いたことに、なぜかいつもなら知性派の意見に静かに従うはずのゴラクZさんが、珍しく真っ向からその言葉に反論した。
「サクラノヴァ! マスターはネクサス・レグリアの象徴……つまり、此奴は俺たちのギルドに仇なしたってことだ! それでも俺に止まれと言うのか!?」
「ゴ、ゴラクZさん?? なんでそんなに怒ってるの~? ほら、マスターも気にしないって言ってるし、そこまでにしようよ~?」
あまりにも今までの彼とは違う異常な言動に、さすがにいつもはおちゃらけている猫バイトさんも気付いたのだろう。
大きな岩の身体を割り込ませるようにして、二人の間に慌てて止めに入るが、彼の視線の先には未だ物理的な火花すら散りそうなほどのバチバチとした緊張感が走っていた。
「いいや、猫バイト。悪いが言わせてもらおう! で、どうなんだ、サクラノヴァ!?」
猫バイトさんの必死の抑え込みがなければ、今にも掴みかかりそうな勢いと剣幕で叫ぶ彼を横目に、俺は不安げに一方のサクラノヴァさんを見やった。
すると彼は小さく嘆息してから、再び脳裏に響く声を、いつも通り淡々と告げた。
『……ふん……何をそんなにムキになっているかは知らんが、俺は止まれではなく、落ち着けと言っているのだ。……ゴラクZ、貴様は我らがギルドだの仲間だのとよく口にしてはいるが……貴様にとっての“守るべき仲間”は、俺たちだけなのか?』
サクラノヴァさんの青い眼窩の光が妖しく明滅する。
けれどもその冷徹な視線は、ゴラクZさんではなくその背後――恐怖のあまり涙を流してひれ伏している灼炎種たちへと向けられていた。
『ここにいるのは、かつてのゲームのモブではない。今を生き、この世界でお前を王と仰ぎ、お前の庇護を求めている灼炎種の同胞たちだ。……そんな奴らを、王である貴様が皆殺しにでもする気か?』
「グッ……それは……」
図星を突かれたゴラクZさんの顔が苦渋に歪む。
サクラノヴァさんの言葉は容赦なく、そしてこれ以上ないほど的確に彼の痛いところを突き刺している。
『……それに、マスターは己を害そうとした者ですら、事情があれば寛大に受け入れる器を持つ男だということは貴様が一番よく知っているだろう? そのマスターへの恩を、貴様自身の暴走で仇で返してどうする? ……最も、お前を信じている俺たちの前で同族を焼き殺すことが、お前の進むべき“正しい道”だというのなら俺は止めはしないがな』
「……っ!」
そして、サクラノヴァさんの最後の言葉はゴラクZさんの胸の最奥へと容赦なく突き刺さった。
彼が言葉を止めたと同時、周囲の空間を歪めるほどの凄まじい熱波もまた、彼の戸惑いを表すかのようにピタリと不自然なほどその動きを止めた。
ぐ、と息を詰めたゴラクZさんの拳は、まだ目に見えて震えている。
向けられた言葉は、あまりにも重い正論が故に、反論する術はない。
けれどもその中で、有難いことに向けられている俺への絶対的な忠誠心と、仲間としての誇り。
その二つが完全に衝突し、がんじがらめになったゴラクZさんは怒りのやり場を失ってしまったのだろう。
広場を支配する、息が詰まるほどの沈黙。
その姿を見つめながら、俺はゆっくりと一歩、前に踏み出す。
「ゴラクZさん。俺は大丈夫だから。サクラノヴァさんの言う通り、ゴラクZさんのその力は、俺を守るためだけじゃなく、君を信じてる彼らを守るためにも使ってほしい。……どうかな?」
努めて優しく、けれどしっかりと、マスターとしての信頼を込めて彼の背中に声をかける。
そして、これが彼の胸の天秤を傾ける最後の決定打となったのか、周囲を威圧していた超高温の熱が、フシューッという白い蒸気と共に、急速に霧散していく。
「……っ……すまない……少々熱気に充てられ、熱くなっていたようだ……。迷惑をかけたな、サクラノヴァに猫バイト、そしてマスター……。すまなかった」
ゴラクZさんはバツが悪そうに武骨な頭を掻くと、まとっていた覇気を完全に霧散させた。
「少し驚いたけれど、落ち着いてよかったよ」
そんな俺の言葉に申し訳なさそうな顔を浮かべた彼は、今度は、未だ地面に倒れ伏しているバーディングナイトへと視線を落とし、それから、サクラノヴァさんの方をじっと見つめた。
「……サクラノヴァ。俺の身勝手な頼みで申し訳ないのだが―――」
しかし彼がそこまで告げたとき、サクラノヴァさんはいつものように不敵な気配を漂わせ、脳内に声を響かせた。
『――ふん……これで貸し一つだ。……いいな?』
「っ……あぁ、勿論だ」
その不器用な男の答えに満足したのか。
サクラノヴァさんはか細い骨の指先を、倒れているバーディングナイトの焦げ付いた腕へと添え、静かに、小さく呪文を唱えた。
全身を硬質な鎧に包まれているがゆえに、傍目からは何をしているのかは見えない。
だが、先ほどまで苦痛に顔を歪め、白目を剥いていた過去に比べれば、今の寝顔は大分穏やかなものに変わっている。
そうしてゴラクZさんの魔力が完全に収まり、周囲の灼炎種たちもまた、安堵の長い息を漏らした――まさに、その瞬間だった。
ざり、と。
広場の入り口を塞ぐ赤黒い溶岩石を踏みしめる、重い足音とともに―――――。
―――彼は現れた。
そう、あの、アグニスタウロスさんが―――――。
【応援お願いします!】
「続きはどうなるんだろう?」「面白かった!」
など思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします!
次回更新は、あのアグニスタウロスさんに問い合わせてください。




