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アビシャルシャフト  作者: ハック
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8/10

弱き者

フューズとイリヤは並んで学校へ向かって歩いていた。

朝の東京は静かな空気に包まれている。しかしフューズは、いつもと違う違和感を覚えていた。

オフィス街へ続く大通り。本来なら通勤する人々で溢れているはずなのに、今日は異様なほど人影が少ない。

フューズは周囲を見回しながら眉をひそめた。


「イリヤ……気のせいか? なんか、人が少なすぎないか?」


イリヤは立ち止まり、周囲を静かに確認する。


「確かに異常です、マスター。この時間帯のオフィス街としては不自然です……少々、ネットニュースを確認します」


イリヤは目を閉じ、RCBを通じて情報ネットワークへ接続した。

数秒後、彼女はゆっくりと目を開く。


「……おかしいです。ニュースには何もありません。この規模で人が減っているなら、通常は何らかの事件報道があるはずです」


フューズは軽く肩をすくめる。


「ただのインフルエンザじゃないか? 流行ってるとか」


「ですが、それでも――」


「インフルって怖いんだぞ? 一気に広がるし。みんな家で寝込んでるだけだろ」


イリヤは小さく沈黙した。


(……マスターは、物事を深く考えない人ですね)


だが、その単純さがどこか心地よくもあった。

二人は再び学校への道を歩き始めた。


############


天才未来は警察本部から上機嫌で出てきた。

IQ200を誇る高校生探偵。今の彼にとって、この異常事件は退屈を吹き飛ばす最高の謎だった。

警察署内では電話が鳴り止まない。


「助けてください!」

「急に倒れたんです!」

「息子が起きないんです!」


捜査員たちは疲弊しきっていた。

そんな地獄のような空気の中、天才だけはスキップでもしそうな勢いで廊下を歩いていく。


「おい……あいつ空気読めよ……」


「いつか絶対殴る……」


警官たちは殺意のこもった視線を送るが、天才はまったく気づかない。

警察署の前には黒塗りのリムジンが停まっていた。

執事服を着た老人が静かに頭を下げる。


「坊ちゃま。本日は学校へ向かわれますか?」


「いや。中央東京病院へ行く。被害者をもう一度調べる」


「かしこまりました」


リムジンは静かに走り出した。


############


円形の広間。その中央で、“蛇男”ゴロは巨大な椅子に腰掛けていた。

彼の前には、一人の男が頭を下げている。


「計画の進行状況は?」


「まもなく完了いたします、ゴロ様」


「“まもなく”?」


ゴロは立ち上がり、男の頭を重いブーツで踏みつけた。


「俺が聞きたいのは結果だけだ。“成功した”という言葉だけを聞かせろ」


「も、申し訳ありません……!」


男は震えながら謝罪する。


「残る設置地点は二つです。中央東京病院と――ネットワーク高校」


ゴロは男の頭を踏みながら鼻で笑った。


「そんな説明はどうでもいい」


そして腕時計を見る。


「……チッ。客人を待たせている」


彼は足を離し、背を向けた。


「戻る頃には成功していろ。失敗は許さん」


「は、はい……!」


男は地面に額を擦りつける。その時、彼は恐る恐る尋ねた。


「ゴロ様……なぜ、このようなことを?」


ゴロは足を止めた。


「簡単だ」


ゆっくりと振り返る。


「この世界には“弱い人間”が多すぎる。それを証明したいだけだ」


そう言い残し、ゴロは闇の奥へ消えていった。


############


フューズとイリヤはネットワーク高校へ到着した。

しかし学校内も異様だった。登校している生徒が明らかに少ない。

教室へ入ったフューズは、空席だらけの光景に驚く。


「なんだこれ……」


席へ座ると、前の席にいた泉が振り返った。


「おー、フューズ」


「泉、何があったんだ? 人少なすぎだろ」


「いや、俺も知らねぇ」


しかし次の瞬間、泉の目はイリヤへ釘付けになる。


「お、おいおいおい!? メイド型アンドロイドじゃねぇか!!」


フューズは露骨に嫌そうな顔をした。


「うるさいぞ、アンドロイドオタク」


泉は机を叩く。


「誰がオタクだ!! 今一番人気のメイド型だぞ!? 全国のオタクが崇拝してるレベルだからな!?」


「はいはい」


「しかもお前が持ってるとか意味わかんねぇ!!」


フューズはため息をついた。その時、泉が急に真面目な顔になる。


「……でも、大丈夫なのか?」


「何が?」


「そんな高級アンドロイド学校に連れてきて。会長にバレたら終わるぞ」


フューズの顔が青ざめた。


「……あ」


その瞬間。校内放送が鳴り響く。


『フューズ・ヒョウカ。至急、低層棟会長室まで来い。繰り返す――』


フューズは机に突っ伏した。


「終わったぁぁぁ!!」


泉は無言で手を合わせ、冥福を祈る仕草をする。


「お前助けろよ!!」


フューズは涙目で教室を飛び出し、イリヤがその後を追った。


############


天才は中央東京病院へ到着した。受付へ向かい、看護師へ話しかける。


「突然倒れた患者を見せてほしい」


「申し訳ありませんが、一般の方には――」


天才は即座に警察手帳を見せた。もちろん偽物だ。


「警察だ。案内してくれ」


「し、失礼しました!」


病室へ向かう途中、執事が尋ねる。


「坊ちゃま。その警察手帳は……」


「偽物」


「……ですよね」


病室へ入ると、天才は患者へ近づいた。


「さて。調査開始だ」


彼の瞳が青く発光する。


「《SCAN ACCESS — Eye of Search》」


空中にホログラムパネルが展開され、患者の情報が映し出される。


「やっぱりか……」


天才は目を細めた。


「全員、“バーチャルドラッグ”使用者だ」


執事が驚く。


「ですが、あのアプリは政府に削除されたのでは?」


「そのはずだった。でも誰かが再配布してる」


天才はさらに解析を進める。


「しかも去年の物とは違う……」


その瞬間。患者のRCBから一本の光線が天井方向へ伸びているのを発見した。

天才は上を見上げる。


「《SCAN ACCESS — Eyes of Invisible》」


視界が建物を透過する。そして屋上で装置を設置している人物を見つけた。


「見つけたぞ、ネズミ野郎」


天才は即座に病室を飛び出した。


「その人を守ってろ!」


「承知しました」


天才は全速力で屋上へ向かう。


############


フューズは低層棟会長室の前に立っていた。

入りたくない。だが逃げればもっと面倒になる。

震える手で扉を開ける。中には、一人の男が座っていた。


左右に分けた髪。腕章には「会長」の文字。低層生徒代表――リズキ・アルワン。


「会長……俺に何の用ですか……?」


リズキは眠そうな目でフューズを見る。


「呼ばれた理由、わかってるよな?」


「……はい」


「なら話は早い」


彼は手を差し出した。完全に“金を払え”のジェスチャーだ。


「……お金、ないです」


リズキの声が低くなる。


「じゃあ、なんでそんな高級アンドロイド持ってんだ?」


「もらったんです……」


「誰が無料でそんなもん渡すんだよ!!」


フューズは言葉に詰まる。リズキは深くため息をついた。


「俺だって好きで徴収してるわけじゃねぇ。上層生徒どもがうるさいんだよ」


この学校には明確な階級が存在していた。


裕福な者は“High”。

貧しい者は“Low”。

設備も待遇も全て違う。

Highの生徒たちはLowを見下し、暴力と恐喝を繰り返していた。

そしてLow側をまとめているのが、このリズキだった。


「本当に金ないんです……」


リズキは頭を掻く。


「……まぁ、お前の事情はわかってる。中学の頃から――」


その瞬間。


ドサッ。


リズキが突然床へ倒れ込んだ。


「会長!?」


フューズは慌てて駆け寄る。しかし返事はない。

その時。視界の端で、誰かが部屋から逃げていくのが見えた。


「待て!!」


フューズは即座にその人物を追いかけた。

男は階段を駆け上がっていく。向かう先は――屋上だった。

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