墜ちる人間
暗く長い廊下。
通路の両側には、天井を支える巨大な柱が並んでいた。
静寂の中を、一体のクマ型アンドロイドと、一人の少女が歩いていく。
「ようやく着いたな」
前を歩いていたテディが、肩に巨大なチェストを担ぎながら口を開いた。
「ええ」
後ろを歩くリゼは、短く答える。その瞬間、柱の影から一人の男が姿を現した。
黒いロングコート。映画の探偵のような帽子。右目にはモノクル。
そして帽子の隙間から、鮮やかな緑色の髪が覗いている。
「帰ってきたか、リゼ……テディ」
低く静かな声。
テディはその男を見ると、小さく笑った。
「おお、迎えに来てくれたのか?」
「本当は歓迎したかった。だが……」
男――ミギメはそこで言葉を止めた。その表情を見た瞬間、テディは何かを察する。
「ボスから任務か?」
「ああ」
テディはゆっくり顔を伏せる。
「……それで、何を命じられた?」
ミギメは感情のない声で答えた。
「どうやら、あの人が撒いた餌にボスは完全に食いついたらしい」
静かな空気が流れる。
「だから今度は――噛みつけ、だそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、テディの口元が不気味に歪む。
「つまり……“あの男”か」
だがミギメは微動だにしなかった。恐怖も、驚きもない。
まるで感情そのものを失った人間のようだった。
「ああ。あの男だ」
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夜道を、一人の少年が歩いていた。街灯だけが道を照らす静かな住宅街。
背中には、一人の少女――イリヤを背負っている。
フューズ・ヒョウカ。
今日一日で、彼の人生は完全に変わってしまった。
アニメやゲームの中だけだと思っていた出来事が、現実として自分の前に現れたのだ。
フューズは眠るイリヤを起こさないよう、静かに歩き続ける。
脳裏に浮かぶのは、SIRIUS CLANでの会話だった。
【数十分前】
「つまり……セントが仮想ドラッグを使っていたってことか?」
フューズの声は低かった。
「そういうことになるな」
桐早が静かに答える。次の瞬間、
フューズは拳を強く握り締めた。
「ふざけるな……!」
重い声が部屋に響く。
「アイツがそんなものに手を出すわけないだろ!」
カフアは落ち着いた声で言った。
「落ち着け、フューズ」
「どうやって落ち着けって言うんだよ!!」
フューズはテーブルを叩いた。
「もし本当にセントがそんなものを使ってたなら……俺は……友達として失格だ……!」
部屋が静まり返る。カフアも桐早も、
表情を曇らせていた。
彼らもまた、仲間が仮想ドラッグに手を染めていた事実に動揺していた。
やがてフューズが低い声で尋ねる。
「……誰が売った?」
その目には怒りが宿っていた。答えたのはカフアだった。
「この街で……いや、この国で仮想ドラッグを流せる人間は一人しかいない」
「その男の名は――」
カフアは静かに告げる。
「ゴロウ。“蛇の男”だ」
【現在】
フューズは暗い道を歩きながら、その名前を何度も頭の中で反芻していた。
ゴロウ。セントを壊した男。その怒りは、
静かに胸の奥で燃え続けていた。
##########
警察本部・捜査課。そこには朝の爽やかさなど存在しなかった。
鳴り続ける電話。
飛び交う怒鳴り声。
疲弊した警官たち。
「なんなんだよこれは……!」
若い警官が頭を抱える。
「十分おきに倒れる人間が増えてるぞ!」
すると上司が怒鳴った。
「馬鹿野郎!! 俺たちは警察だ!! 文句を言う前に電話を取れ!!」
「は、はい!!」
怒号が飛び交う中、捜査課長室の前に、一人の少年が現れる。高校の制服。
無邪気な笑顔。
まるで遊びに来た子供のようだった。
少年は勢いよく扉を開ける。
「おはようございまーーーす!!」
部屋中の警官が一斉に顔をしかめた。
「みんな元気!? 大丈夫!? まあ俺が来たからには全部解決だけど!」
一人の警官が呆れながら言う。
「課長なら中だ。待ってるぞ」
「ありがとー!」
少年が去った後、新人警官が呟いた。
「……誰なんですか、あいつ」
先輩警官はため息をつく。
「天才未来。高校生探偵だ」
「高校生探偵!?」
「IQ200の化け物だよ」
その頃、天才未来はノックもせずに課長室へ入っていた。
「おはようございまーす、課長!」
「うるさい!!」
課長の怒鳴り声が響く。だが天才は笑っていた。
「そんな怒らないでくださいよ〜。泣いちゃいますよ?」
「泣く前に黙れ!!」
しかし次の瞬間、天才の表情が変わる。
笑みが消えた。
「で? 仕事ですよね」
課長は真剣な顔になる。
「ああ。例の昏睡事件だ」
「やっぱり」
まるで全て分かっていたかのように天才は頷く。
「政府はANTIを動かしてる。でも俺は気に入らない」
課長は机を叩いた。
「だからお前に頼む。この事件を政府より先に解決しろ」
「了解」
天才はあっさり答える。だが部屋を出る直前、
彼は立ち止まった。
「そうだ、課長」
「なんだ?」
天才の顔から笑みが完全に消える。
「倒れた人間たち、全員に共通点があります」
課長は眉をひそめた。
「……共通点?」
天才は静かに告げる。
「全員、“Virtual Narcotics”使用者です」
課長の顔色が変わる。
「なっ……!」
天才は低い声で続けた。
「今、この街では――」
「数百人規模で、仮想ドラッグ中毒者が倒れ始めています」




