ハッカーの能力
ハッカー。
それは、コンピュータシステムやネットワークを研究し続ける者たちの総称。
人々からは、データの海を渡り歩く危険人物として恐れられている。
だが、すべてのハッカーが危険な存在というわけではない。
ただ純粋に、現在のコンピュータ技術を楽しみ、探求している者も多かった。
そして、そのハッカーたちを一つにまとめ上げた存在がいた。
クラッカーも、普通のハッカーも関係ない。
世界中のハッカーたちが、その人物の下へ集った。
その名は――
“キング・オブ・ハッカーズ”
《HACK》。
############
「……ハッカーキング、だって?」
フューズは、桐早からそう告げられ、困惑と衝撃が入り混じった表情を浮かべた。
「そうだ。……ただし、“可能性がある”という段階だがな。」
その曖昧な言葉に、フューズはさらに混乱する。
自分はただの高校生だ。
こんな異常な出来事に巻き込まれただけの、普通の人間のはずだった。
「“可能性がある”って、どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。
お前がその人物かもしれないし、違うかもしれない。」
「待てよ! 俺はそんな奴じゃない!
ハッカーなんて見たこともないし、ましてや王だなんてありえない!」
フューズは両手を振りながら否定する。しかし桐早は冷静だった。
「だが、お前は“王”と同じ能力を持っている。
さらに、あのアンドロイドメイドまで従えている。」
「いやいやいや!
俺、あの力のことも知らないし、イリヤと会ったのだって今日が初めてだぞ!?
それに、お前だってまだ“可能性”って言ってるじゃないか!」
「……ああ。」
桐早は静かに目を伏せる。
「正直、お前は“あの人”にはまったく見えない。」
その言葉に、フューズは再び桐早の表情を見る。先ほどから時折見せる、あの寂しげな目。
(……こいつ、本当に“王”を知ってるのか?)
フューズが何か言おうとした、その時だった。
「YEAHHHH!! 風呂上がりの牛乳は最高だぜぇぇぇ!!」
突然、部屋中に響き渡る大声。二人が振り返ると――
そこには、上半身裸で牛乳瓶を片手に持つ紫髪の男。
カフア・フジが立っていた。
「うるさいぞ、このバカリーダー。」
桐早は苛立った声で、テーブルの菓子をカフアの顔面に投げつける。
「いってぇ!? 何すんだよ桐早!」
「真面目な話をしてるんだ。」
「食べ物投げるなよぉ……」
そう言いながら、カフアは平然とソファへ歩いてきた。
フューズは呆然とそれを見つめる。
(……この人、本当にこのクランのリーダーなのか?)
カフアはソファに腰を下ろし、勝手に菓子を食べ始めた。
「まぁまぁ、フューズ。
お前は“王かどうか”なんて気にしなくていい。」
「……は?」
「安心しろ。
お前は100%、王じゃない。俺が保証する。」
その言葉に、フューズは少しだけ肩の力を抜いた。
「……そ、そうか。」
「それより、他に聞きたいことあるだろ?」
その瞬間、フューズの脳裏に公園での戦闘が蘇る。
「そうだ!
あの力って何なんだ!?」
桐早が右手を持ち上げる。すると、その拳の周囲に光のリングが展開した。
「……これのことか?」
「そうそれ!!
あれって魔法なのか!?」
カフアが腹を抱えて笑い出す。
「ぶはははは!! 魔法だってよ!」
フューズはイラッとしたが、ここで怒っても意味がないと我慢した。
「じゃあ何なんだよ!」
「それは――」
「“HACKING”だ。」
桐早がカフアの言葉を遮る。
「おい! 俺が説明しようとしてただろ!」
「黙って食ってろ。」
桐早は再び菓子をカフアの口へ押し込んだ。フューズは内心ちょっとスッキリしていた。
「“HACKING”……?」
桐早は静かに説明を始める。
「“HACKING”とは、ハッカーだけが扱える特殊能力。
データを抽出し、現実世界へホログラムとして具現化する技術だ。」
「でも、ハッキングって普通はコンピュータの中でやるもんだろ?」
「昔はな。だがRCB――《Real Computer Brain》の登場で全てが変わった。」
桐早は続ける。
「脳とネットワークが直接接続されたことで、本来デジタル世界にしか存在できなかったデータを、現実へ投影できるようになった。」
フューズは、公園で見た能力を思い出す。
リゼの鎖。テディのワイヤー。イリヤの風。
どれも、単純なホログラムには見えなかった。
「でも、あいつらの能力って全部違ったぞ?」
「“HACKING”には複数の系統がある。
生成、強化、操作、変換、干渉――まだ分類しきれていないものも多い。」
「……。」
「だが基本的に、一人が扱える能力は一種類だけだ。」
その瞬間、フューズの表情が変わる。
(俺は……複数使えた。)
レーザー。障壁。武器生成。データ制御。
桐早とカフアは、そんなフューズを見つめる。
「お前の能力だけは別格だ。」
「……別格?」
「お前の能力は、“HACK”だけが持っていた力。
あらゆるデータを支配・制御する能力――」
カフアが静かに告げる。
「《ALL DATA》。“キング・オブ・ハッカーズ”だけが持つ、最強最悪の能力だ。」
フューズは自分の両手を見る。
「《ALL DATA》……」
部屋の空気が重く沈む。誰も言葉を発しない。
その沈黙を破ったのは、またしてもカフアだった。
「で、フューズ。まだ聞きたいことあるか?」
その瞬間、フューズはセントのことを思い出す。
「そうだ!!あいつらは何者なんだ!?セントはどこへ連れて行かれた!?
俺はあいつを助けないと――!」
「落ち着け。」
カフアが静かに制止する。
「まず、お前に謝らなきゃならないことがある。」
「……何?」
「セントをお前のところへ向かわせたのは――」
カフアは隣を見る。
「こいつだ。桐早。」
その瞬間。フューズは立ち上がり、桐早の襟を掴み上げた。
「お前かッ!!
セントが連れ去られたのは、お前のせいだったのか!!」
しかし桐早は、襟を掴まれても表情を変えない。
「……お前は、俺がセントを殺しに向かわせたことには怒らないのか?」
「それは関係ない!!」
フューズは怒鳴る。
「セント自身にも事情があったんだろ!?
でも、お前があいつを動かしたせいで、あいつは攫われた!!」
本当は違う。フューズ自身もわかっていた。自分が弱かった。
自分が何もできなかった。だから今、怒りの矛先を誰かへ向けているだけだ。
カフアが二人の間に割って入る。
「落ち着け、フューズ。
SIRIUS CLANのリーダーとして、俺が謝る。」
そして深く頭を下げた。
「……悪かった。」
桐早も小さく舌打ちしながら座り直す。
「……すまなかった。」
フューズはゆっくりと襟を離す。
「……で、セントはどこにいる?」
カフアが静かに答えた。
「おそらく、“Prison Sky”だ。」
「……プリズン、スカイ?」
「ネットワーク世界に存在する空中監獄だ。」
「監獄……?」
フューズの声が大きくなる。
「なんでセントがそんな場所に入れられるんだよ!?
あいつが何をしたっていうんだ!!」
「……単なるハッカーだから、って理由じゃない。」
「じゃあ何なんだよ!!」
「……すまん。俺たちにも完全にはわからない。」
その時。フューズの脳裏に、テディの言葉が蘇った。
《ネットワーク協定・第20条違反》
「……ネットワーク協定、第20条。」
「なに?」
桐早とカフアの表情が一変する。
「それ、誰から聞いた?」
「テディってクマだよ。セントが第20条違反だって言ってた。」
二人は沈黙する。
重苦しい空気が流れる。
「……おい、何なんだよ。それ。」
しばらくして、桐早が静かに立ち上がった。そして低い声で告げる。
「ネットワーク協定第20条――
それは、“バーチャルドラッグ”使用に関する条項だ。」
「……は?」
フューズの顔が凍りつく。
“ドラッグ”。
その言葉だけで、嫌な予感が全身を駆け巡った。
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巨大な円形ホール。
天井から差し込む光が、一つの玉座だけを照らしていた。
そこに座るのは、巨大な体格を持つ男。右手にはワイングラス。
その前には、三人の人影が跪いていた。
男がゆっくり口を開く。
「……飢えた犬どもには、餌を与えたか?」
「はい、我が主。」
一人が頭を下げながら答える。
「奴らは喜んで喰らっております。」
「いい。飢えた犬は、餌を与え続けねば牙を剥くからな。」
「仰せのままに。」
男はワインを揺らしながら笑う。
「他には?」
すると別の男が立ち上がった。
「我が主。
“あれ”が完成しました。」
その瞬間。
玉座の男の目が見開かれる。
「……何?」
彼はゆっくり立ち上がり、両腕を広げた。まるで世界を手に入れた王のように。
そして、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。
「ついに……!ついに完成したか……!!」
男の笑い声がホールに響き渡る。
「ハハハハハハハ!!!!」
歓喜。執念。狂気。
そのすべてを混ぜたような声。
「ようやく見つけたぞ――」
男は叫ぶ。
「《LOST PARADISE》を!!」




