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AIに依存しきった世界でAIをなくした私が、それでも生きていく方法  作者: 朝陽 春輝


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第009話 六番で初めて食べたもの

六番に入ると女の子はどこかへ走って行ってしまった。

ここへ来て最初に感じたことは、人が多いと思ったことだった。

いや、街にだって人はいたが、ここでは、その人たちが「何をしているのか」が見えた。

集落の中では、人々が忙しそうに動いていたのだ。

 大きな鍋を運ぶ男。

 洗濯物を干す女性。

 木材を切る老人。

 畑で土を掘る若者。

 誰もが何かをしていた。

 そして、誰もが誰かと話していた。

「そっち持って!」

「ちょっと待って!」

「水が足りない!」

「井戸の方、見てきて!」

 あちこちから威勢のいい声が飛び交う。

 私は驚いて立ち止まってしまった。

 こんなに多くの人間の声を、一度に聞いたことがなかったからだ。

 会社では、誰もが自分のAIと会話し、街では、必要な連絡はAI同士が処理していた。

 人間が人間に向かって怒鳴る必要など、なかったのだ。

 でもここは違うようだ。

 誰かが失敗すれば、別の誰かが怒る。

 誰かが困れば、近くにいる誰かが手を貸す。

 そのやり取りは、ひどく非効率に見えたが、退屈そうにしている人はいなかった。

そんな光景をしばらく見ていると、

「あなた、見ない顔ね」

 背後から声がしたので振り返ると、三十代くらいの女性が立っていた。

 短く切った髪を後ろで束ね、作業着の袖をまくっている。

「街から来たの?」

「はい」

「名前は?」

「有馬灯里です」

「私は梢。ここで暮らしているの」

 女性は私の服を見た。

「その格好で、橋を歩いてきたの?」

「はい」

「足、痛いでしょう」

「……かなり」

 梢は笑った。

「そうだと思った。それに靴、逆よ」

 そういって、私の顔をじっと見た。

「あぁ、これは、いいんです。お構いなく」

「そう。あなた、AIは?」

「昨日、放棄しました」

 梢の表情が少し変わった。

「昨日?」

「はい」

「じゃあ、ここまで来るの、大変だったでしょう」

「ええ、まあ」

「ご飯は食べた?」

「まだです」

「昨日の夜は?」

「栄養補助食品だけ……」

「そう、じゃあまずは食べようか」

「いいんですか?」

「食べないと動けないから」

 歩き始めた梢の後をついていった。

     

食堂と呼ばれる建物には、片側だけでも10人ほど座れそうな、長い木のテーブルが三つ並んでいた。

 奥では大きな鍋から湯気が上がっている。

 梢は器を一つ取り、鍋から何かをよそった。

「はい、とりあえず食べな」

 中には野菜と豆が入っていた。

「……これ、何ですか?」

「スープ」

「いや、それは分かりますけど」

「じゃあ、何が聞きたいの?」

「栄養バランスとか」

 梢は少し考えた。

「野菜と豆が入ってるから、悪くはないと思う」

「思う?」

「うん」

「計算してないんですか?」

「してないよ」

 器を見つめた。

「大丈夫なんですか?」

「失礼ね。今のところ、みんな生きてるから大丈夫よ」

 梢は笑った。

 恐る恐るスープを口に運んだ。

味は薄くて、少し焦げ臭い。野菜の大きさもばらばらだった。

 ロクが作る料理とは比べものにならず、「おいしい」と言えるものではなかった。

 なのに、私は夢中で食べた。

今まで食べたことのない最高の贅沢に感じた。

食べ物がある。それがこんなにも幸せだと思ったことはなかった。

 器が空になると、梢が尋ねた。

「すごい食べっぷり。おかわりする?」

「いいんですか?」

「いいよ、腹いっぱい食べな」

 私は静かにうなずいた。

 梢は器を受け取り、もう一度スープをよそってくれた。

「ありがとうございます」

 梢は何も答えず、少し笑った。

     

食事のあと、梢は集落を案内してくれた。

 畑。

 井戸。

 共同の洗濯場。

 手作りの倉庫。

 小さな診療室。

 どれも街の設備とは比べものにならないほど簡素なものだった。

「ここで暮らしてる人は、みんなAIを放棄したんですか?」

「そういう人が多いね」

「ほかには?」

「親が放棄して、ここで生まれた子もいる」

「子どもにはAIが必要なんじゃ?」

「街の制度ではね。ここで生まれた子は、最初から個人AIの割り当てを受けていないの」

「それ、法律的に大丈夫なんですか?」

「んー、問題になってるよ」

 梢はあっさり答えた。

「でも、子どもを街へ連れていけば、親と離される可能性がある」

「じゃあ、どうするんですか?」

「今は、ここで育てるしかないね」

 私は何も言えなかった。

 そんな選択をする人間がいるとは考えたことすらなかったからだ。

「どうして、みんなAIを手放したんですか?」

 梢は足を止めた。

「理由は人それぞれよ」

「不便じゃないんですか?」

「不便だよ」

「だったら、どうして」

 梢は少し考えた。

「灯里さんは、どうして手放したの?」

「……喧嘩して」

「喧嘩?」

「ちょっと腹が立って、出ていけって言ったんです」

 梢は目を丸くした。

 それから、声を上げて笑った。

「そんな理由?」

「笑わないでくださいよ!」

「ごめん、ごめん」

 梢は笑いながら目元を拭った。

「さすがに初めて聞いたわ、そんな理由で来た人」

「私だって、本気で手放すつもりじゃなかったんですよ」

「そうなんだ」

「戻せるなら、今すぐ戻したいくらいです」

 梢は笑うのをやめた。

「……そう」

 短く答えた。

 その表情を見て、私は少し居心地が悪くなった。

「ここにいる人たちは、違うんですか?」

「違う人もいるし、似たような人もいる」

「後悔してる人は?」

「いるよ」

「じゃあ、何でここに?」

 梢は集落を見渡した。

 畑では男たちが土を掘っている。

 洗濯場では女性たちが笑いながら作業している。

 遠くから、子どもの声が聞こえた。

「ほかに、行くところがなかったから……」


有馬 灯里 (ありま あかり) ・・・本作の主人公


梢    (こずえ)     ・・・六番の住人

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