↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIに依存しきった世界でAIをなくした私が、それでも生きていく方法  作者: 朝陽 春輝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

第010話 夜は暗くて忙しい!?

日が傾くにつれ、自分がここへ来た理由が分からなくなっていた。

ロクを失ったことも、今日一日歩いたことも、まだ現実感がなかった。

夕方、梢は一つの建物へ案内してくれた。

そこは歴史の授業で見たような建物で、中には、木の板を組み合わせた寝台が並んでいた。

「今日はここに泊まっていく?」

「え?」

「もう街まで歩けないでしょう」

 私は足を見て考えたが、確かに帰れる気がしなかった。

「でも、迷惑じゃ」

「その代わり、明日は仕事を手伝って」

「仕事?」

「うん」

「何をするんですか?」

「朝になったら決める」

 少しだけ戸惑った。

「私、何もできませんよ」

「知ってる」

「え?」

「今日、ハナから聞いた。水路を壊しかけたんでしょう?」

「あれは……あの子ハナっていうんですね」

「そうよ。大丈夫。最初はみんなそうだから」

 梢は寝台を指さした。

「そこ、空いてるから使って」

「ありがとうございます」

「それと」

「はい?」

「ここでは、朝になっても誰も起こしてくれないから」

 私は苦笑した。

「分かってます」

「本当に?」

「……たぶん」

 梢は笑って出ていった。

 寝台に腰を下ろすとお世辞にも寝心地がよさそうな感じではなかった。

 木の枠が背中に当たるような硬さで、枕も薄い。

 部屋の温度のわりに薄い布団なので、寒さも感じる。

 何もかも不便だった。

天井を見上げると、木の梁がむき出しになっている。

 街の家なら、天井の状態までAIが管理していた。

 ここでは、雨が降れば雨漏りするかもしれない。

 寒くなれば、自分で暖を取らなければならない。

 腹が減れば、人が料理を作らなければならない。

 私は目を閉じてつぶやいた。

「ロク」

 返事はなかった。

 しばらくすると、外から声が聞こえた。

「おーい! 誰か手伝って!」

「今行く!」

「そっちじゃない!」

「分かってるって!」

 何人もの声が重なった。

 少し迷って、扉を開けると、外では、男が大きな木箱を運ぼうとしていた。

 一人では持ち上がらないらしい。

 私は外へ出て、男に声をかけた。

「あの」

 男が振り返った。

「何だ?」

「……手伝いましょうか?」

男性は私を見て笑った。

「ハハハ。君に持てるのか?」

「分かりません」

「靴も逆じゃないか」

「あ、これは……」

「よしわかった。じゃあ、やってみろ」

 木箱の端を持つと、腕が震えるぐらい重かった。

 男が声をかける。

「せーの!」

 二人で持ち上げると、木箱がわずかに浮いた。

「おお!」

 私は思わず声を上げてしまった。

 ここ数か月で一番大きな声だと思う。

「まだだ! 運ぶぞ!」

「はい!」

 二人はゆっくり歩き始めた。

 ほんの数メートルだけの距離だったが、木箱を下ろしたとき、私は息を切らしていた。

 男が私の肩を叩いて言った。

「助かった。ありがとう」

 正直私は驚いた。

 自分が誰かに礼を言われることなど、ほとんどなかったからだ。

 承認部門では、何かを承認しても、感謝されることはない。

 AIが正しい判断をしただけだからだ。

 しかし今、目の前の男は、自分に向かって礼を言った。

「……いえ」

 そう返事をして、自分の手を見ると、指先がじんじんとして、赤くなっていた。

 腕も痛い。

 それでも、不思議と嫌な気分ではなかった。

 木箱の中には、古びた工具がいくつも入っていた。

「明日はこれを使うんだ」

「何に?」

「倉庫の片づけだよ」

「倉庫?」

「ああ。川の向こうに、昔の機械が残っているらしい」

「昔の機械?」

「AIが普及する前のやつだ」

 男は錆びた工具を一本取り出した。

「動くかどうかは分からんけどな」

 その工具は、金属の棒に、奇妙な形の先端がついている。

 何に使うものなのか、見当もつかなかった。

「これ、何ですか?」

 男は笑った。

「レンチだよ」

「レンチ?」

「ああ」

「何ができるんですか?」

 男は私の顔を見た。

 そして、少し考えてから答えた。

「そうだね」

 工具を手の中で回す。

「機械を直すこともできるし、壊すこともできる」

「……それだけ?」

「それだけじゃないさ」

 男は倉庫の方を見た。

「使い方次第で、いろんなことができる」

 私はもう一度レンチを見た。

 ただの金属の塊にしか見えなかった。

 しかし、その男は何か大切なものを見るように、工具を握っていた。

     

夜になると、六番には一斉に暗さが降りてきた。

 街では、日没という言葉はあまり意味を持たない。歩道も居室も、目に負担のかからない明るさが保たれる。日が沈む瞬間を見たことはあっても、そのあと自分の周囲まで暗くなるという経験がなかった。

 六番の食堂では、天井から吊った三つの灯りだけがついていた。薄い橙色の光の下で、五十人分ほどの夕食が並んでいる。椅子の数が足りず、床に座る者もいた。

「灯里、こっち」

 ハナが手を振った。

「なんで私の名前を知ってるの」

「梢さんが言ってた。アイスでAIと喧嘩した人」

「そこまで言ったの?」

「みんな知ってるよ」

 あちこちから笑い声が起きた。私は顔が熱くなるのを感じた。ロクなら、他人に知られたくないことは外へ出さなかった。ここでは、人が人に勝手に話す。

「私、笑いものになるために来たわけじゃないんだけど」

 ハナは首をかしげた。

「笑いものなの?」

「今、みんな笑ってたでしょ」

「だってアイスだよ。私も好き」

「……そういうことじゃないの」

 ハナは何も気にしていない様子で、私の器へ半分欠けた芋を一つ置いた。

「今日、畑で採れたの。半分あげる」

「半分?」

「一人一個しかないから」

「ハナの分は?」

「それが私の半分」

 その時、その芋が急に重くなったように感じた。街の食事は、誰かの分が減ることを前提に作られていなかった。欲しいと言えば届けられる。それが当然だった。

「本当にいいの?」

「いらないなら返して」

「いる」

 慌てて芋を口に入れた。少し硬かった。甘さも均等ではなかった。

「おいしい?」

「……うん」

「よかった」

 ハナは満足げに自分の半分を食べ始めた。

 夕食のあと、みんなが食堂の片づけを始めた。

私は何をしていいかわからなかったので、とりあえず自分の食器を洗った。すると次々に他人が使った食器が回ってくる。わけのわからないまま、自分の手元に来た食器を次々と洗った。

辺りを見渡すと、みんなで役割分担をして、食堂の片づけをしていた。

床掃除をする者、机を拭く者、洗った食器を拭き上げる者もいた。

洗い終えた皿を並べると、一人の男性が一枚取り上げた。

「まだ脂が残ってる」

顔をみると、レンチとやらを見せてくれた人だった。

「あ、さっきの……何で分かるんですか?」

「触ってみろ」

 指先を皿の表面に当てると、ぬるりとしたものが残っている感じがした。

「これくらい平気じゃないですか」

「明日また、そこへ飯を乗せるんだぞ」

「はい」

「その明後日もだ」

「分かりました」

 男は皿を戻し、少し笑った。

「今日は一枚綺麗にできればいい。明日またできるようにするんだ」

 洗い場を見ると、残りは十七枚。手の皮が少しふやけている。嫌になった。

 でも、誰一人として文句を言わず動いている。子供も同様にだ。

     

部屋へ戻る前に、梢が管理小屋へ案内してくれた。

 机の上には白い紙があり、『滞在者の生活確認』と書いてあった。

「一晩泊まるだけなのに?」

「怪我をしたとき、食事に制限があるとき、連絡先が必要なとき。誰かが知らなきゃ困るから」

「ロクが全部知ってたのに」

「今はロクがいないでしょう」

 ペンを受け取った。

 氏名は書けた。生年月日もなんとか書けた。住所のところで止まった。

「住所、よく分からないです」

 梢は意外そうな顔をしなかった。

「建物の名前だけでもいいよ」

「正式な番号はロクが管理してて」

「なら空欄でいい」

 続けて『緊急連絡先』を見た。

「ここ、お母さんでいいですか」

「もちろん」

 しかし、母の通信番号も覚えていない。画面を開き、登録者一覧を探す。ロクがいなくても閲覧できるはずなのに、連絡先は『管理者応答なし』と表示された。

「……書けない」

 梢は机の脇へ椅子を寄せた。

「灯里、分からないことがあるなら、ここでは分からないって書けばいいよ」

「でも、十八歳にもなって、親の連絡先を知らないなんて……」

「覚える必要がなかったんでしょう」

「そんなの言い訳です」

「そうかもしれないね」

 梢は否定しなかった。

「でも、それが今日の事実なら、明日覚えればいい」

 言われた通りに、空欄に小さく『知らない』と書いた。

 その文字を見た途端、急に情けなくなった。仕事を失ったときよりも、玄関から出られなかったときよりも、恥ずかしかった。

 梢は紙を折りたたみ、机の引き出しへしまった。

「明日は、水運びのあと片岡さんのところね」

「片岡さん?」

「あら、さっき食堂で話してたじゃない」

「ああ、あの人が。でも私、帰るかもしれませんよ」

「うん。帰るなら言って」

「止めないんですか?」

「止める理由がないから」

 私は口をつぐんだ。

 ロクなら、私が何かを選ぼうとするとき、必ず最適な選択を示してくれた。梢は違う。出ていきたいと言えば、出ていっていいと言う。

 見捨てられたようで、少し寂しかった。

 自由にしていいと言われるのが、こんなに怖いとは知らなかった。

 その夜は、なかなか寝つけずにいた。誰も声を掛けてこない。風が壁を鳴らす。遠くの犬の声に似た音に身構える。

 天井を見ながら、小さく呟いた。

「ロク。今、どこにいるの」

 答えはなかった。

 なのに不思議と、街の部屋で独りきりだった夜より、心細くはなかった。隣の部屋から、誰かのいびきが聞こえていたからだ。

 翌朝。

誰にも起こされずに目を覚ました。

 窓の外では、人々がすでに働き始めていた。

 時計を見ると、午前六時四十八分だった。

 私はしばらく時刻を眺めて、小さく笑った。

「……ちゃんと、起きられた」

 誰も褒めてくれなかった。

 けれど、それでよかったのだと思う。

 寝台から立ち上がり、今日は、水運びをして、倉庫へ行く。

 何ができるのかは、まだ分からない。

 ただ、昨日より少しだけ、自分の足で歩ける気がしていた。


有馬 灯里 (ありま あかり) ・・・本作の主人公


梢    (こずえ)     ・・・六番の住人


ハナ   (はな)     ・・・六番の少女


片岡  (かたおか)   ・・・六番の何でも屋?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。