↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIに依存しきった世界でAIをなくした私が、それでも生きていく方法  作者: 朝陽 春輝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/10

第006話 人間しかいない場所

朔と別れたあと、私は、紙の地図に描かれた自分の家の周囲を三周した。

 一周目は、知らない看板を読むため。二周目は、道を覚える。三周目は、二周目で見つけた道が、元いた場所へ戻ってくる近道だったため、それを確かめた。


 周りの景色を頼りに、家の場所はおおよそ覚えた。

 また違う場所へ行ってみようと思い、歩道の脇に置かれた公共端末で現在地を調べた。

画面はこんなことを尋ねてきた。

《希望する移動支援の程度を選択してください》

 完全誘導。経路表示のみ。情報提供なし。

 ……誘導というか、行先も決まってないんですが。

「経路表示だけ」

《個人AIとの連携が確認できません。安全確保のため、完全誘導を推奨します》

「それはできないでしょ」

《連携可能な個人AIが登録されていません》

「知ってるよ!」

 また言い返してしまった。

 私は経路表示のみを押した。

《目的地未定のため、推奨散策用経路を表示いたします》

道に青い線が浮かび上がる。

だが、その線がどこに向かっているのかは分からない。

端末が次の交差点で線を消すかもしれない。

そうなったとき、歩き続けることができるのか。

 そのことが急に怖くなって、一歩目が出なかった。

 表示板のキャンセル表示を押して、壁に背中を預ける。

ときおり人が通り過ぎていくが、誰もこちらを見ない。

みんな耳元の小さな声に返事をしている。

「うん、分かった。じゃあこっちにする」

「今夜はそれでいい」

「もう一回確認して」

 話している相手が見えないのに、誰も不思議そうな顔をしなかった。

少し前まで自分もそうだった。

 私は母へ連絡をしようとして、やめた。


 十五歳を過ぎると、親と別の区画に住むことも選べる。

もっとも、選択肢はすべてAIが用意し、家賃や環境も管理してくれる。

私が、母の住む区画を離れたのは、二年前、十六歳になってからだった。そのとき母は言った。

『困ったら、いつでも連絡して』

『何が困るの。ロクがいるのに』

 私は笑って返した。母も笑った。

 今、困っていると告げたら、きっと迎えに来るだろう。

自分のAIを通して、私の支援申請もしてくれると思う。

 でも母を呼べば、ロクを手放した理由から説明しなければならない。

 アイスが食べたくて。

 それを止められて。

 腹が立って、出ていけと言った。

 説明の途中で泣いてしまいそうだった。

「……情けない」

 誰も返事をしない。

 もう一度公共端末へ戻った。

《目的地を設定しますか》

「しない」

《進路が未設定です》

「自分で歩くから」

 口に出してから、ふと笑ってしまった。

何の準備もないのに、少し見栄を張った言い方をした。

 信号の手前で立ち止まり、向かいの歩道を見た。

バーチャルで映し出された企業の宣伝用人形が青白い光を放ちながら歩いていた。

道路へ足を出しかけたとき、近くの車が減速した。反射的に身を引いた。

 歩行者用の信号は青だった。それでも、車が動いているというだけで足がすくんだ。

 幼いころから自動車でしか移動したことがなかったからだ。

 交差点を渡り切るまで、何度も左右を見た。

渡り切ったとき、手のひらに汗をかいていた。

 世界は何も変わっていない。

 ただ、無数にある実体のない救いの手の中から、自分を守るたった一つだけが消えた。

 その違いを、私は足の裏で自覚し始めていた。

 私は歩き始めた。

 目的地はなかった。

 ただ、部屋に一人でいると不安が募るだけだとわかっていた。

 十分ほど歩いたところで、足が痛くなった。

 靴を履き直そうと、道端のベンチに腰を下ろすと、隣から声がした。

「お嬢さんも、いなくなったのかい?」

 顔を上げると隣には、小柄な老人が座っていた。

「何がですか?」

「AIだよ」

 私は老人を見つめた。

「……どうして分かるんですか?」

 老人は私の靴を指さした。

「それ、左右が逆だよ」

またやってしまっていた。

「知ってます!」

 恥じらいを吹き飛ばすように大きな声で答えた。

 老人は声を上げて笑った。

「そうか。そりゃ失礼した」

 靴はすぐに履き直した。

 老人はしばらく黙っていたが、やがて言った。

「私もね、十年前に手放したんだ」

「十年前?手放した?」

「ああ、個人AIをね」

「え。そんな。どうやって生活してるんですか?」

「そりゃ、いろいろだよ」

「いろいろって?」

 老人は立ち上がった。

「知りたいかい?」

少し不気味な感じがしたが、うなずいた。

「だったら、明日、橋の向こうへ行ってみるといい」

「橋?」

「古い水門がある。その近くだ」

「何があるんですか?」

 老人は少し考えた。

「そうだね……」

 そして、笑った。

「人間がいるよ」

 私は眉をひそめた。

「人間なら、ここにもいますけど」

「そうだね」

 老人はうなずいた。

「でも、あそこには、人間しかいないんだ」

 そう言い残して、老人は歩いていった。

 私はベンチに座ったまま、その背中を見送った。

 人間しかいない場所。

 その言葉の意味がいまいち理解できなかった。

 端末を取り出した。

「ロク、古い水門ってどこ?」

 返事はなかった。

 ふとした瞬間、ロクがいないことを忘れる。そして思い知らされる。

 老人が消えた道の先を見た。

 明日、行ってみよう。

 自分で、そう決めたんだ。


第006話登場人物


有馬 灯里 (ありま あかり) ・・・本作の主人公


朔    (さく)     ・・・生活安全課所属の青年


老人   (ろうじん)   ・・・公園で灯里に声をかけた謎の老人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。