2-1 旅への誘い
朝日の中で舞を舞う。
儀式というほどではないけど、神社では儀式の日以外は毎朝やっていた日課だ。
舞の練習をしながら祈っているという意味合いも強くて、神社では筆頭巫女か次期筆頭巫女が舞を舞っている側で、他の巫女全員で祈りを捧げていた。
今も私が舞っているすぐ側でサヨが祈ってくれていて、様子を見に来たらしいシルヴィアさんとフリッカも教会式ではあるけど一緒に祈りを捧げてくれていた。
トコヨは相変わらず祈りもしないでふわふわ浮いている。
巫女なのにそれでいいのかと思わなくもないけど、言っても聞かないことは知ってるし無視しておく。
舞っている場所は建設中の神社の前。
神社に先立って作ってもらった、簡易的な神楽殿のようなそうじゃないような舞台の上。
神社が出来たらちゃんとしたものを作ってもらおうと思っているけど、とにもかくにも日課のお祈りをちゃんと出来る場所が欲しかったから簡単なものを先に作ってもらった。
そんな日課の舞も終わって片付けが済んだタイミングで、シルヴィアさんが近づいてきた。
「お疲れ様でした、ミコトさん。少しお話というか……提案があるのですが、よろしいですか?」
「シルヴィアさん。一緒に祈っていただきありがとうございました。提案というのは?」
シルヴィアさんはいつもの穏やかな微笑みを浮かべながら声をかけてくる。
提案というのがよく分からないけど、この感じだと悪い話ではなさそうな気はする。
「実は以前から調整をしていたことではあるのですが、今朝明確な返答が届きましたので……聖都に一緒に行きませんか?」
「聖都ですか?」
「はい。聖都サンクヴェルナ……教会の総本山であり、かつて主が降臨なされて教えを授けてくださった地でもあります」
「えぇと、なぜその提案をしてくださったのかを確認しても大丈夫ですか?」
聖都というのが教会にとってすごく大事な地であるのは分かるんだけど、これだけで判断するのは流石に難しい。
「実は、私自身が一度聖都に報告に戻るように言われていまして、その際に教会にミコトさんの顔通しをできないかを調整していたのです。もしミコトさんがよろしければ、教皇猊下に直接挨拶できる場を設けることができそうではあるのですが、いかがでしょうか」
「それは願ってもないことですが……神社の建設もしてくれている最中ですし、私がついていってしまって大丈夫ですかね……?」
「その辺りは既にクロード様とも調整はできていますよ。ミコトさんから聞かなければいけないことは先にほとんど聞いてくださっているはずです。シラノさんたちもいますし、恐らくは大丈夫だろうという返答を貰えていますよ」
ふむ……最近シルヴィアさんがクロードさんと色々話したりしていたのはそれもあった、のかな……?
クロードさんが関わるとシルヴィアさんはいつものあの状態になっちゃうから、どこまで関与しているか分からないのが微妙なんだけど。
そんなことを考えていたら、近くで聞いていたサヨが勢いよく手を挙げた。
「あ、あの! それって私もついていった方がいいんですか?」
「えぇと、申し訳ありません……サヨさんは今回はお留守番でお願いします。猊下との公的な場を設けようとしていますので、見習いの身では一部の方からの余計な反発を招きかねず……」
「うっ、そうですか……」
シルヴィアさんの返答に、サヨが少ししょんぼりとする。
でもそうか。
シルヴィアさんの言ってくれていることが確かなら、教皇という教会の頂点と話すことができる場を設けてくれているということ。
その場に見習いを連れてこられても何が出来るわけでもないし、怒る人もいるということか。
それならサヨには申し訳ないけど残ってもらうのがいいだろうか。
謁見に立ち会えないならただ魔物による襲撃の危険がある旅を意味もなくするだけになってしまうし。
というか、そんな場を設けるのってそんな簡単にできることなのだろうか。
謎過ぎる。
「……それなら、私はミコト様が不在の間も神社の再建を出来る限り手伝っておきます! 見習いとはいえ巫女がいるといないのではだいぶ変わると思いますし!!」
「……ふふ、そうですね。それじゃあ、サヨはシラノさんたちに神社のことを助言して、建設を助けてあげて」
「任せてください! ミコト様にご満足いただけるように、全身全霊で私が助言しちゃいます!」
サヨの元気のいい返事を聞いて、思わずこちらも笑顔になってしまう。
彼女は本当に前向きになってくれた。
とてもいい傾向だ。
神社の再建が始まってからは特に一緒に行動することも多いけど、こちらを慕ってくれているのもひしひしと伝わってくる。
私に対しての言動でちょっと行き過ぎているんじゃないかと心配するようなものも見受けられるけど、特に実害はないし放置している側面もある。
サヨの両親が亡くなってから、身近で一緒に過ごした同性の私に依存気味なだけなんじゃないかなと思っている。
「それでは、ミコトさんは来ていただけるということでよろしいですかね?」
「一応、いくつか質問してもいいですか?」
「もちろんいいですよ」
同行するのは全然問題ないんだけど、旅をすることになるんだろうし、いくつか気になっていた点を確認しておきたかった。
「その聖都というのは、どのあたりにあるのですか?」
「この集落から北西のバルグラント帝国の中の教会領にありますね」
……他国の中にある教会領となると結構離れてるのかな。
「移動にはどのくらいの日数がかかる感じですか?」
「馬車で1日から数日といったところでしょうか。天候や魔物との戦闘状況にも左右されますが……」
ソルミア王国ほどじゃないけどそこそこ離れてはいると。
それなら猶更サヨは同行させない方がよさそうだ。
「聖都というのはどういうところなんですか?」
「先程も言ったように、主が教えを授けてくださった地に作られた教会を中心とした都市ですね。そのおかげもあって信徒も多く訪れてくださっているので、とても栄えていますよ。ソルミア王国の王都よりも広いので、余裕があるタイミングで観光してもいいかもしれませんね」
観光……少し心が惹かれる。
故郷から出たことが無かった身としては、顔通しよりもそちらの方が楽しみかもしれない。
「私とシルヴィアさん以外に一緒に行く人はいるんですか?」
「ライルさんに護衛を依頼しています。ですので、今のところ3人ですね」
「あれ、セシルさんは来ないんですか?」
「一応誘いはしたんですけど、断られてしまいました」
なるほど……まぁ、セシルさんはシルヴィアさんが苦手っぽいから仕方ないのかもしれない。
……私が誘ったら来てくれたりするのかな。
シルヴィアさんよりは仲良くしてくれてると思うけど……
セシルさんの魔術は頼りになるから、一緒に来てくれるならすごく安心できるんだけどな。
なにはともあれ、顔通しの必要性はまだそこまで分からないけど、観光もしたいし、シルヴィアさんは顔通しに意義を見出しているみたいだから、特に断る理由はないかもしれない。
『ミコト、行っておいた方がいいと思いますよ』
『……断る理由がないから行くつもりだけど……トコヨ、美味しいものが食べたいからそう言ってるとかじゃないよね?』
『……まっさかー! そんなことあるわけないじゃないですかー!』
何だ今の間。
非常に疑わしいけど、まぁそういうことにしといてあげるか。
「それでは、同行させていただきます。出発はいつごろになりますか?」
「それならよかったです。出発は2日後の朝なので、一緒に準備しましょうか」
「はい!……あと、その……セシルさん、私からも誘ってみていいでしょうか? セシルさんがいてくれたら旅も安心だと思うんですけど」
「えぇ、いいですよ。私も一度誘っていますしね。同意してくださるなら断る理由はなにもないです」
私の確認を、シルヴィアさんは一切の躊躇なく承認してくれた。
じゃあとりあえず今日の夜にでもタイミングを見てセシルさんを誘ってみるか。
神社の建設風景を見学したり教会で治療院のお手伝いをしたりして過ごして、日も暮れてきた。
そんな頃合いを見計らって、私はいつものようにセシルさんの部屋を訪れていた。
今日は目的がちょっと違うけど、いつもは本を借りるために訪問させてもらっている。
セシルさんは静かにしている分にはその場で熟読していても文句を言ってこなかったから、結構長居しても大丈夫だったりするのだ。
これで次借りる本を吟味しつつ、私自身も読書しながら、セシルさんの研究や思案の区切りがつくのを待つ計画だ。
セシルさんは魔術の研究を中断させられるのが凄く嫌みたいなのだ。
声をかけるタイミングを間違えると大体不機嫌になってしまう。
うるさいからとかそういう理由で不機嫌になっている部分もないわけではないけど、大本の原因はそこではなかったらしい。
最初に部屋を訪問した時にとても不機嫌そうに顔を歪めていたのもこれが原因だったんだと後から気付いた。
セシルさんが熱心に書いている内容とかを欠片も理解できないからタイミングを図るのは難しいけど、1個絶対に声をかけても大丈夫なタイミングだけは知っているのだ。
私が本を集中して読み込んでいると、セシルさんが立ち上がった気配がした。
窓の外を見ると既に暗くなってきている。
このくらいの時間だと食事のための離席かな。
すかさず私も立ち上がってセシルさんの方に駆け寄っていく。
「セシルさん! これからお食事ですよね? 私もご一緒していいですか?」
「は?…………まぁいいよ。食事処で適当につまむだけだけど」
「ありがとうございます!」
セシルさんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべていたけど、少しこっちを見据えてから了承してくれた。
目的があることに気が付いた感じだろうか。
まぁ了承してくれたしいいか。
セシルさんと向かったのは宣言通り食事処だった。
「……今日はあの堕神官が作るやつじゃなくていいの?」
「はい! セシルさんとも一緒にお食事したいなと思っていたので!」
今日はセシルさんと一緒に食事を取ってついでに旅に誘ってみるとシルヴィアさんに伝えてあるから、私もここで食事を取るのは特に問題ない。
というか、セシルさんはいつも私がシルヴィアさんが作ってくれた食事を食べているのを知ってたのか。
それに、セシルさんともっと仲良くなりたかったから一緒に食事を取りたかったのは本心だ。
私が返事をするとセシルさんは表情を変えずに視線をスッと逸らした。
まだセシルさんの感情表現というか、表情から読み取れる感情の機微とかはあまり分からないけど、多分恥ずかしがってる……かな?
全然自信はないけど。
お店に入るとクラウスさんがすぐに声をかけてくれた。
「いらっしゃい。セシルとミコトちゃんか。セシルはいつものでいいとして……ミコトちゃんはどうする?」
「えぇと……どれにしましょうかね……」
セシルさんのいつものっていうのがよく分からないけど、何も言わずにクラウスさんが勝手に作り始められる程度にはいつも頼んでいるらしい。
正直に言ってしまうとここの料理はなんでも美味しいからどれでもいいな。
トコヨの気分に合わせてあげるか。
多分勝手に味覚共有するだろうし。
『トコヨどれがいい?』
『私が選んでいいんですか? それじゃあ……サンドイッチにしましょうか。中身はお肉でお願いします。私はお肉が食べたいですよ! お肉!!』
『はいはい。お肉お肉いう割に丸焼きとかじゃなくていいんだね』
『今日はそういう気分なんです!』
トコヨが言う気分っていうのはよく分からないけど、まぁ本人の要望通りにしてあげよう。
そういうわけでクラウスさんに注文だけ伝えて、セシルさんが既に座っている席の対面に移動した。
「セシルさんって顔見ただけで決まった料理出してもらえるんですね。いつも何を頼んでるんですか?」
「……ミートパイとか、その日入ってる食材の適当なパイ」
「パイですか……好きなんです?」
「別に。片手で書き物しながらでも食べられて、手が汚れないから手間がかからないってだけ」
「おぉ……合理的ですね。……味の好みとかで頼んでるわけじゃないんですね」
「……私は昔からずっとこうだよ」
……まぁ、セシルさんの魔術研究中毒はこの集落に来て嫌と言うほど思い知った。
食事もそれを阻害しないものになっているというのは、さもありなんという感じでしかないだろう。
しばらくそんな感じで私からセシルさんに話しかけて、セシルさんがぶっきらぼうに返してくるという会話の応酬が続いた。
セシルさん、ぶっきらぼうな言葉遣いだから勘違いされやすいだろうけど、私の問いかけには嫌そうな顔一つしないで返答してくれている。
無視とかは一切しないのだ。
やっぱりなんだかんだで優しい人だと思う。
届いた料理は、すごくおいしそうだった。
私はサンドイッチとスープのセットだ。
干し肉じゃない新鮮なお肉を焼いて特製のソースをかけて野菜と一緒に挟んでサンドイッチにしているらしい。
セシルさんの方は包み焼きのようなパイだった。
セシルさん向けになのか手で持てるように紙まで添えられていて、本当に手軽に食べられるように配慮されている。
そんな美味しそうな食事に目を奪われていたけど、トコヨが隣で早く早くとうるさいから粛々と食べ始めた。
そろそろ本来の目的に繋げていかないと。
自然な会話から広げていけばいいよねと思いながら、サンドイッチを食べつつセシルさんに話しかける。
「セシルさんって、シルヴィアさんのこと避けてるんですか?」
「……前も言ったけど、あの堕神官苦手なんだよ。口うるさいし、しつこく注意して来るし、こっちの事情考えずに付きまとってくるし。近くにいられると気が散って集中できなくなる」
「な、なるほど……」
だいぶ辛辣だった。
表情も分かりやすく歪めていて心の底から言っていることがありありと伝わってきていた。
これだけシルヴィアさんのことが苦手となると、シルヴィアさんがいる旅なんて何かしらの理由がないと来てくれないんじゃないかな……
「えぇと……その……じゃあ、私が聖都に一緒に来ませんかって誘っても、来てくれない、です?」
「はぁ……目的はそれか。行かない」
重い溜息を吐いた後に、取り付く島もなく即座に切り捨てられた。
やっぱりダメか……残念……
「そう、ですか……セシルさんがいてくれたらとても頼もしいなって思ったんですけど……それなら仕方ないですね」
「……一応言っておくけど、堕神官が嫌で行かないわけじゃないから」
「……違うんですか?」
シルヴィアさんが苦手だから来ないのかと思っていたけど、違うらしい。
そうなると、研究を邪魔されたくないとか、研究が佳境に入ってるとか、その辺り?
「ここに来る前に旅してたことがあるけど、聖都にも行ったことがあるんだよ。その時の実感。私はあの街苦手。クソ真面目の集まりの癖に派閥争いみたいなのまでしてて胡散臭すぎる。信仰心がないと扱いも酷いし勧誘もめんどい。信仰形態が違い過ぎるミコトが顔通ししないといけないって言うのは理解できるけど、私としては進んで行きたいようなところじゃない」
「……そうなんですか?」
「そうなの」
あまりにも明確な根拠を持った拒絶に、何も言い返せずに呆然としてしまった。
でも、セシルさんも私が顔通しした方がいいっていうのは理解しているらしいから、シルヴィアさんの提案は間違ってないってことだよね……?
それなら、セシルさんがこれだけ苦手としている街に行くんだとしても、まぁ、大丈夫な、はず?
あれ、というか私顔通しするために行くって言ってないと思うけど、シルヴィアさんから聞いてた?
「……提案したの堕神官でしょ? 堕神官の提案は間違ってないと思うし、あの街が合わないのはあくまで“信仰心がない”やつ限定だから。信仰心篤い神官のミコトなら楽しめるんじゃない?」
「……そう、ですか。あの、一応聞きたいんですけど、派閥争いって……」
「私は詳しく知らん。それこそ堕神官に聞け」
にべもなく切り捨てられた。
まぁその通りか。
明らかに教会の内部事情の話だろうし、聞くならシルヴィアさんが適切だった。
でも、そっか……セシルさん来てくれないのか……そっか……
「……なんで私なんかを誘うのさ。堕神官いるんだしそれでいいでしょ」
「……えっと……道中、頼もしいなって思ったのが第一ではあるんですけど……その……観光、出来るって言われたんです。シルヴィアさんに。その時に、セシルさんとも一緒に色々と見て回りたいなと思ったんですけど……」
セシルさんの方をチラチラと伺いながら自分の本心を伝える。
この集落に来てから出来た、今まで私に出来たことがなかった、同年代のお友達。
シルヴィアさんとセシルさんが、それに当てはまるなって思っていた。
そんな2人と過ごすこの集落での生活は、すごく楽しかった。
そんな人たちと一緒に観光なんかが出来たら、とても楽しいだろうなと思って誘っていた。
私の言葉を受けて、セシルさんはしばらくこっちを静かに見据えていた。
それから少しして、視線を逸らして顔を少し背けながら、小さく言葉を紡いだ。
「…………そんなに気になるなら、なんか土産でも買ってきてよ」
「……! 分かりました! セシルさんが喜びそうなお土産、見繕えるように頑張りますね!」
セシルさんなりの譲歩だったのかもしれない。
でも、そんな譲歩を、私の様子を見てしてくれたのが嬉しかった。
今も、セシルさんはとっくに食べ終わっているのにさっさと離席したりせずに私が食べ終わるのを待ってくれている。
研究の時間を削る行為でしかないだろうに、それでも、私との会話と食事を優先してくれていた。
やっぱり優しい。うん、間違いない。
セシルさん、ぶっきらぼうな話し方ですごく損してると思う。
セシルさんへのお土産、何がいいだろうか。
そんなことに思いを馳せつつシルヴィアさんと聖都を回るのも楽しいかもしれない。
サヨへのお土産も必要だろうし、忙しくなりそうだ。
「あっ……あと、その、セシルさんに、もう一つお願いというか、確認しておきたいことが……」
「……? なに」
「……たまにでいいんですけど、これからもこんな風に食事をご一緒してもいいですか……?」
「…………好きにすれば」
「……! ありがとうございます!」
控えめな了承の言葉に、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
今まで何回か食べたクラウスさんの料理はどれも美味しかったけど、今日はいつにもまして美味しく食べることが出来た気がした。




