2-2 馬車の旅(前)
聖都に行く日になった。
トコヨがちょっかいをかけてきて大変だったけど、準備は恙なく終わっている。
シルヴィアさんが向こうでの予定とかを説明したうえで必要なものを細かく教えてくれたから、トコヨに惑わされずに迷うことなく準備を終えることができた。
そんなこんなで出発の日。
私とシルヴィアさんは、集落の広場で会話をしながらライルさんを待っていた。
「馬車の心配はしなくていいってことでしたけど、シルヴィアさんが手配してくださったんですか?」
「はい。この集落はまだ乗合馬車が来てくださるような規模ではないので、個人契約ということで、教会経由であらかじめ。昨日にはこちらについているはずですので、時間になったら入り口のあたりに来てくださると思いますよ」
「お金とかは大丈夫でしたか……?」
クロードさんから当面の生活資金はもらえているけど、それでも馬車の代金まで必要と言われてしまうと金額次第で払えなくなってしまう。
「問題ありませんよ。教会経由の契約で行先も聖都でしたので、あらかじめだいぶ割り引いていただいていますし、護衛もこちらで用意することを条件にさらに割り引いてもらっていますから。護衛を兼任する方の乗車代金も無料でいいとのことでしたので、私とミコトさんの分だけですね。ざっと30シルくらいでしょうか。これくらいなら教会の余剰資金から余裕をもって賄えますから」
「あ、そうなんですね。それならよかったです」
こちらの物価は銅貨1枚でパン1個程度だったはず。
というよりも商店がそのくらいで売ってた。
銅貨1枚1シル、銀貨1枚10シル、金貨1枚100シルなのは故郷と同じだったから、多分感覚のずれも大きくないはず。
そう考えると片道1日~数日必要な聖都までの旅路で、魔物が跋扈する地域を乗せて移動してくれる馬車の代金として2人で銀貨3枚30シルというのは相当安いか。
シルヴィアさんが言ってくれている感じだとだいぶ割引が入ってそうだから、普通に個人契約の馬車を呼びつけたらこんな代金じゃ乗れないとは思うけど。
そんな話をしていたら、こちらに向かってくる男性2人が見えた。
……ライルさんだけじゃなくてシスイまでいる?
「おー、すまん。待たせたか」
「いえいえ、まだ馬車も来ていませんので、大丈夫ですよ。えぇと……シスイさんも護衛してくださるということですかね?」
シルヴィアさんが微笑みながらシスイに問いかける。
シルヴィアさんは特に拒否感とかはなさそう。
私も拒否感は特にない。
むしろ、シスイが来てくれるなら頼もしいくらいだ。
シスイは問いかけを受けて一歩前に出てきた。
「ライルから、ミコト様とシルヴィアさんが聖都へ向かうと聞きました。護衛もライルに依頼していると。できることなら、俺も護衛として同行させてください。報酬などは不要ですので——」
「そういうわけにはいかねぇだろ。俺に渡す予定だった金を2等分してくれ。俺とシスイで分ける。これなら教会……シルヴィアの負担がでかくなることはないだろ?」
シスイの言葉を遮ってライルさんが説明を続けた。
ふむ……確かにそれなら負担は増えないか。
むしろ戦力が増えるだけで旅の安全性は格段に増す。
シルヴィアさんが断る理由はなさそうかな?
そう思ってシルヴィアさんの方を伺うと、こちらをちらちら振り返ってシスイと私を見比べていた。
なんだろうか。
「えっと、私は大丈夫ですよ? シルヴィアさん」
「……なるほど。そういうことなら、よろしくお願いしますね、シスイさん」
私が問題ないことを示すと、シルヴィアさん意味深な笑みを浮かべながら了承の返事を返した。
これで4人旅をするということになるのだろうか。
……あとは……
『トコヨ、何してるの?』
『ミコトは黙っててください。これは大事な問題なので』
さっきから『ほ~ん?』とか言いながらシスイの周りを飛び回る不審幽霊となったトコヨにツッコミを入れる。
トコヨはトコヨでまともに取り合うつもりもないのか黙ってろとか返してきた。
なんだこれ。
……まぁいいか。
遠目に馬車が見えるからちょうど馬車が集落の入り口についたみたいだし、駄幽霊は放置しておこう。
平原を馬車に揺られながら進んでいく。
シルヴィアさんが御者さんとやり取りをして、特に問題なく馬車に乗り込んで出発することができた。
そんなに大きくない馬車ではあったけど、御者の人は前方で手綱を握っているから中には私たち4人だけだし、特に問題はない。
私とシルヴィアさん、ライルさんとシスイがそれぞれと隣り合って座って、男性陣と女性陣で向かい合っているような感じだった。
「それにしても、シスイが来てくれるとは思っていませんでした」
「み、ミコトさん……? 流石にその言い方は……」
「へ……?」
シルヴィアさんが苦笑しながら咎めるような発言を返してきた。
……何か悪いことを言っただろうか。
シスイたちの方を向き直るとシスイは静かに目を閉じていて、彼の肩にライルさんが手を添えていた。
私が見ていることに気が付いたらしいライルさんは、苦笑を浮かべながら口を開いた。
「俺が誘ったんだ。シスイとは一緒に鍛錬する仲になったんだよ。ちょうどシルヴィアから護衛を頼まれたし、シスイとは魔物討伐で集落の外に一緒に出る機会もあったから、鍛錬も兼ねたいい機会だと思って」
「なるほど……?」
「シスイさんは、シラノさんたちのように大工の仕事を受けていないんですか?」
「……はい。ちょうどクロードさんからも周辺の魔物討伐の依頼をしたいと言われまして。俺としてもこちらの方が性にあっていたので、不定期で魔物討伐依頼を受けて収入を得ています」
「ま、つまりは俺と同じことをしてるってわけだよ。集落の近くはあんまりいないんだが、少し離れるだけで結構な数の魔物がいるからな。定期的に集落の外に出て、一緒に魔物駆除作業をしてるんだよ。間引いておかないと馬車とか商人とかが困るしな」
……ライルさんも同じことをしていたのか。
シルヴィアさんはライルさんの方は知っていたっぽい。
集落から少し離れると魔物が結構いるのはソルミア王国からの移動中にあった魔物との戦闘を考えれば納得だから、まぁそういう仕事が成立するのも理解できる。
そうでもないとライルさんが言っていた通り流通が滞るだろうし。
その後も雑談は続いた。
馬車の中は特にやることがあるわけでもないから、当然の流れでもある。
私の今の生活とか、ライルさんやシスイの生活状況とかが主な話題だ。
そんな話を続けていて、ふと思い出した。
そういえば、聖都のことでシルヴィアさんに聞きたいことがあるんだった。
「そういえば、シルヴィアさんに聞きたいことがあったんでした」
「聞きたいことですか?」
私の問いかけに、シルヴィアさんがきょとんとした表情を浮かべて聞き返してくる。
「セシルさんを誘ったときに、聖都では派閥争いっぽいのをしていて胡散臭いとか言われてしまったんですけど……」
「あ、あぁ……そういうことですか……というよりも、セシルさんそれが理由で断ったんですね」
シルヴィアさんの表情がいつもの穏やかな笑顔から一気に曇った。
シルヴィアさんは表情豊かだから、結構感情が伝わってくる。
これは、シルヴィアさんにとっても頭が痛い問題ってことか。
「えぇと、その感じだと、セシルさんがあっているんですかね……?」
「胡散臭いという部分には流石に言いたいことが多大にありますが……派閥争いという部分に関しては、間違っていませんね……残念ながら」
……胡散臭いって部分はいつものセシルさんのズバズバいう感じのだろうから本気にはしてなかったけど、派閥争いは間違ってなかったのか。
シルヴィアさんは考えをまとめるように少しの間目を閉じて、ゆっくりと説明してくれた。
「身内の愚かな争いでお恥ずかしい限りではありますが……現在教会内部は、神聖派と聖樹派という2つの派閥に分かれてしまっているのです」
「神聖派と聖樹派……?」
「はい。我々人類に命を与えてくださった主を絶対視し、オルディナ様を始めとする5柱の神々を主に信仰する派閥が神聖派。主が天にお還りになられても地上にあって人々を見守り続けてくださっている世界樹をこそ信仰するべきであるとする派閥が聖樹派です。どちらの派閥も主と世界樹を信仰してはいるのですが、どちらを主体に信仰しているかという部分で割れてしまっていまして……」
なんか、思った以上に根が深そうな対立構造があるみたいだった。
シルヴィアさんから借りた聖典を読んだから、なんでそうなったのかは今の説明で大体理解できたけど……
「えぇと、つまり、オルディナ様やオリツキ様を始めとする5柱の神々がお姿を見せなくなったために、世界樹を主に信仰するべきであるとする派閥ができてしまった感じですかね?」
「えぇ。概ねその通りですね」
5柱の神々……主神オルディナ様、太陽神ディナス様、月神ディーナ様、冥神オルクス様、時神オリツキ様がこれに該当したはず。
聖典ではいずれのお方も天界にお還りになられたとされていた。
でも、その2つの派閥でなぜ争うことになるのか。
どちらの派閥も神々と世界樹をともに奉じているなら問題ないと思うんだけど……
「えっと、それでなんで派閥争いに……? 主に信仰している対象が変わっているだけですよね……?」
「聖樹派はそこまで問題はないのですが、神聖派がですね……少々、排他的でして。いろいろと諍いが起きることが多いんです。神聖派の振る舞いは眉を顰めるようなものもあるのですが、なかなか諫めることもできず……その流れで派閥争いが激化しているといった形です」
「諫めるのって、上の役割ですよね……? うまくいかないんですか……?」
故郷の集落でも、争いとか諍いがどうしようもなくなってしまったら筆頭巫女が公平な判断をしたうえでそれを諫めるようにとお母さんから教わった。
教会であっても仲裁は指導者としてしなければならないことだろうし、教皇の仕事だと思うんだけど……それができないとなると……
「……教皇さ……猊下が、どちらかに所属しているとかですか?」
「猊下は中立派です。どちらかと言えば若干聖樹派寄りかもしれませんが、公正な判断を為されています。私も中立派ですが……中立派がごく少数しかおらず、教会全体を巻き込んだ派閥争いになってしまっているのが問題なのです」
その後もシルヴィアさんはつらつらと神聖派の横暴を止められない理由を簡単に説明してくれた。
説明してくれた要点をまとめると……
・派閥争いの規模が大きすぎるため、すべてを把握しきることが困難
・教皇の勅命で強引に止めようものなら不満を燻らせることになる
・神聖派、聖樹派ともに派閥の指導者が教会内の高い地位にいるため、勅命であっても真っ向から止めること自体が難しい
ということらしい。
ね、根が、根が深すぎる……なんだこの泥沼の争い。
セシルさんが言っていた胡散臭いというのも言い過ぎだと思えなくなってきてしまった。
「今回ミコトさんの顔通しを提案したのも、この問題で揉め事が起こらないようにしたいと思ったからなので……」
「へ……? そう、なんですか?」
「……私はミコトさんがオリツキ様の敬虔な信徒であることを理解していますし、私から教皇猊下に報告書を奏上させていただいてはいますが……服装はおろか、祈りの形態まで違うとなってしまうと……。もしも神聖派に異教徒だと判断された場合、弁明の機会すら与えられずに切り捨てられてしまう可能性すらあります。ですので、あらかじめ猊下に顔通しをしてお墨付きをもらっておいた方がいいと判断したので、提案させていただいたんです」
な、なるほど……
シルヴィアさんが私とサヨのためにすごく手間をかけて色々手を尽くしてくれていたことが、これだけですごく伝わってきた。
『シルヴィアが何かしてるのは感じてましたけど、ここまで色々考えてくれていたんですね』
『……トコヨはどう思う?』
『とても妥当な判断だと思いますよ? トラブルを未然に防ぐために出来得る最良の手段を取ってくれていると思います。むしろ、最初に会った神官がシルヴィアで本当によかったという安堵が大きいです』
『だよね……』
トコヨも真剣な表情でシルヴィアさんの言葉を吟味していたから聞いてみたら、私が感じていたことをそのまま言語化してくれたかのような感想を漏らしてきた。
……シルヴィアさんに頭が上がらないかもしれない。
そう思って、シルヴィアさんの手を取って頭を下げた。
「……自分たちが置かれていた状況を、とてもよく理解できました。シルヴィアさん、本当に、本当にありがとうございます」
「いえいえ。同じ神に仕える者として、当然のことをしたまでです。そんなにお気になさらないでください」
シルヴィアさんが頭をあげるように促してくるのを受けて、頭をあげる。
シルヴィアさんは少し照れたような、苦笑しているような、なんとも言えない表情を浮かべていた。
そんなやり取りをしていると、ライルさんが口を開いた。
「なぁ、聞いてて思ったんだけどよ……一司祭が教皇への顔通しなんかすぐに融通できるもんなのか……? ソルミアで面識があった司祭にそんなことができたと思えねぇんだが」
「あー、それは……私だから出来るといいますか……あまり詳しく言えませんので、これ以上は聞かないでいただけると助かります」
シルヴィアさんは誤魔化すような笑みを浮かべながらそう言って質問を躱した。
相変わらず謎が多い。
そう思った瞬間、前方から御者さんの声が響いた。
「魔物だ! 護衛の方々!」
その直後、減速し始めている馬車からライルさんとシスイが凄まじい速さで飛び出していった。




