EX1-5 少年剣士
「そっち行ったぞっ!!」
「ああっ!!」
目の前に迫る犬型の黒い魔物が飛びかかってくるタイミングで、細剣を振り抜いて切り伏せる。
ライルはライルで群れの他の魔物を、大剣を叩きつけるようにしながら一蹴していた。
既にしばらく戦い続けた後なだけあって、群れが体を為していない状態まで瓦解させることが出来た。
「やるじゃねぇかシスイ」
「いえ、ライルさんも流石です」
「……あぁー……前から思ってたんだが、その敬語どうにかなんねぇか? 素は戦闘中みたいな感じなんだろ? もう同じ家の住人なんだから、遠慮はいらねぇよ」
「……分かった」
ライルの言葉遣いへの要望を受けて、その通りに修正する。
こちらとしてもこの方が話しやすいから願ったりかなったりだ。
「よし。じゃあ後は群れの残党狩りしながら集落に戻ろう。クロードさんも数を減らして集落周辺から散らしてくれればそれでいいって言ってたしな」
「あぁ、そうしよう」
返答すると、すぐにライルが先導するようにして歩き出す。
俺も一度剣を鞘に納めつつ、すぐにその後に続いた。
元締め邸での報告を終えて、報酬として渡された金銭をしまってからライルと並んで広場への道を歩いていく。
緊急以外にも定期的に周辺の魔物討伐依頼は出したいとは言われているし、少なくとも当面の金銭に困るような状況でもない。
……まだ動き足りないな。
日も高いし、鍛錬でもするか。
「……ライルはこの後どうするつもりなんだ?」
「俺か? 俺は……まぁ適当に剣でも振ってるかね。今日は特に何か予定があるわけでもないし」
……これは、好都合か。
俺自身まだまだ未熟なせいもあるが、ライルの剣の腕は間違いなく俺以上だ。
鍛錬をするにしても、できることなら自分以上の実力者に稽古を付けてもらいたかった。
「ライル……いえ、ライルさん。俺に稽古を付けてもらえませんか」
「はぁ? というか、急に敬語に戻してどうしたんだお前」
「シラノたちから、ライルさんが竜に対して時間稼ぎをしてくれたおかげで、俺たちが無事にソルミア王国に入ることが出来たと聞いています。あのアンデッドとの戦闘でも、俺以上の剣の腕があることを実感させられました。可能なら、稽古を付けていただきたい。俺は、もっと強くならないといけないんです」
「……稽古をつけるっつったって、俺だってまだまだ未熟者だ。それに、大剣とシスイが使ってる細剣じゃ勝手が違い過ぎるだろ」
ライルは明らかに気が引ける様子で頭を搔いている。
このままだと間違いなく断られる。
「どうにか、お願いできませんか」
「なんでそんなに焦ってんのかが分かんねぇけど、お前は十分強いだろ」
「この程度ではダメなんです。村を出て実感しました。俺程度の実力では、ミコト様を守ることができない。あの方を危険に晒したくないんです」
俺が思っていることをそのまま伝えると、ライルは顎に手を当てて考え込み始めた。
だが、これが正直な考えだ。
あの旅で嫌と言うほど理解した。
俺程度の実力だと、自分の身を守ることで精一杯だった。
何度ミコト様自身に戦闘をさせてしまった。何度俺の不注意をフォローさせた。
ミコト様自身は聖魔法で援護や治癒をしているだけだからと謙遜されていたが、お手を煩わせることすらしたくなかった俺からしたら、失態でしかなかった。
「……ミコトのこと、好きなのか?」
「っ!?……どうして、そのような結論に?」
ライルの急な問いかけに、すぐさま返答をすることが出来ずに一瞬固まってしまった。
「いや、言動からしてそう判断したんだが、違ったのか?」
「……分かりません。いえ、それどころか、そのような感情を抱くことすら恐れ多い」
「恐れ多い?」
「……ミコト様は、集落を取り仕切っていた神社の後継者だったのです。ライルさんがいたソルミア王国でいうところの、王族と相違ない役割を担っていた……それにふさわしい厳しい教育を受け、努力をしていたお方です。そんなお方に、俺がそのような感情を抱くことなど……」
「あ、あぁ~……つまり、シスイからしたらミコトはお姫様か……」
納得したらしいライルはさらに考え込み始めた。
そのまましばらく動かずにどうしたもんかと悩んでいるのが手に取るように分かってしまう。
この人は表情が分かりやすい。
「……すまん。やっぱり俺はまだ指導する側になんて立てねぇ。隊長に教えられたことを、俺自身がまだ消化しきれてすらいない。そんな中途半端なやつが、他人に教えることなんてできねぇよ」
「そう、ですか……」
「……だが、教えることはできなくても、一緒に鍛錬くらいなら出来るだろ。剣の稽古、これからするんだ。付き合えよ」
「いいんですか……?」
「あぁ。というか、さっきも言ったがその話し方やめてくれ。普通に話せよ」
「……すまん。ありがとう」
「いいってことよ。ほら、行くぞ」
ライルはにこやかに笑うと、そのまま剣を振っても問題ない広さがある広場まで移動し始めた。
俺もその後を即座に追いかけた。
木剣が弾かれる鈍い音が響く。
空の色は既に変わっていて、夕暮れになっていた。
ライルは、俺の鍛錬にひたすら付き合ってくれた。
素振りや型の確認から始まり、打ち合いへ移行し、最終的に実戦形式で試合まで。
何度打ち合ったかも分からないほどの濃密な鍛錬。
そんな鍛錬を長時間続けた結果、剣を持ち上げることすらできないほどの状態なって、広場に倒れ込んでしまった。
「はぁ……はぁ……なぁ、シスイ。今日はもういいよな。もう剣振り上げられねぇぞ俺は」
「…………あぁ……俺も、もう限界だ。終わりにしよう」
お互いに続ける意思がないことを確認したところで、剣をしまって汗を持ってきていた布で拭う。
やはりライルの剣の腕は目を見張るものがある。
背後にいる要人を守るための剣であるというのが傍目にも分かる程、明確な剣の動かし方をしている。
剣の種類の違いもあるからそのまま真似することはできないが、取り入れられるところは俺の剣にも取り入れるべきだ。
「汗流して食事処行こうぜ。もう自分で飯作る気力もねぇ。報酬でもらった金もあるし、クラウスさんのところで飯食って帰ろう」
「異論ない……」
もともと少ない口数がさらに減ってしまう程度には俺も疲れ切っていた。
その意見には全く異論がない。
そのままライルと一緒に雑に水浴びして汗を流してから食事処に移動した。
「ありがとな、クラウスさん」
「あぁ。もっと必要なら言ってくれ。量は出来る限りサービスしたつもりだが、若い男はどれだけ食べるか分からんからな。ま、これ以上となると流石に追加料金は貰うが」
「はっはっはっ! そりゃ否定できねぇ! もう腹減りまくってやばいからな! ほら、食おうぜシスイ」
「あぁ」
目の前には山盛りの肉とサラダ、パンが置かれていた。
これで料金は普段とほぼ変わらないんだから、本当に出来るだけサービスしてくれているのがよく分かる。
故郷では見られなかったような豪勢な食事だ。
対価は必要だが、この集落ではこれを当然のように食べることが出来る。
そのありがたみを感じながら、ライルと一緒に空腹に任せて食事にありついた。
食事を進めてしばらく経って、ようやく食べる勢いも落ち着いてきた。
話す余裕も出来たあたりで、ライルと話しながらの食事に切り替わっていく。
ライルは分かりやすい性格をしている。
真面目で面倒見がいい、気のいい男だ。
そんな男に反感を抱くはずもなく、ここに居着いてから知り合った者の中で一番話しやすい相手と言っても過言ではない。
なんだったら、からかってくるシラノたちよりもよほど気楽に話すことが出来る。
「なぁ、気になってたんだけどよ。なんであんなに必死なんだ? いくら守るための実力が足りないと思ったとしても、もうこの集落に辿り着いたんだ。そんなに焦る必要はなくないか?」
「……俺は、ミコト様を守ることが出来る剣士になりたい。立ち止まれば、すぐにでも置いて行かれる。あの方に頼ってもらうことが出来る男でいたいんだ」
「置いていかれる? ミコトはそんなことするやつじゃないだろ」
文字通りの意味で受け取られたのか、これは。
ミコト様は心優しく慈悲の心を持ち合わせている。
ライル自身も言っているが、そんなことをするお方ではない。
「……置いていかれるっていうのは、文字通りの意味じゃなくて比喩だ。あの方は、俺以上に努力家だからな」
「……なんか、お姫様みたいな立場にいたってわりにミコトのことをよく知ってるよな。ミコトからも、シスイだけは呼び捨てにされてたし」
「あれは俺が頼み込んだからそう呼んでくれているだけだ。直接話すことが出来たのもその時の1回きりで、今回の件で会うまではまともに話したことすらなかった」
「はぁ? なんだそりゃ。それで守りたいって感じになるのか?」
「……それは——」
————
「さっさと剣を握らんか! その程度の腕で巫女様をお守りできるわけがないだろう!!」
「っ……いい加減にしろよクソ親父!! 自分の子供虐めて何が楽しいんだ!?」
「これもお前を、ひいては巫女様を思えばこそ厳しくしているのだ! なぜそれが分からん!」
毎日毎日剣の修行漬け。
クソ親父に叩き起こされて朝から晩まで剣を振らされて、挙句の果てにこの言い草だ。
何が自警団。何が巫女様を守るためだ。
こんな生活しているのは俺だけだ。
他の家の子供はこんな厳しい指導はされていない。
のびのびと遊んでいる姿もしょっちゅう見るし、自警団に入りたいとか言って剣を振っている姿を見かけても明らかに俺よりも劣っている。
父親が自警団の団長だった。
その不運一つでこれほど理不尽な目にあわされていることが、ただただ不満だった。
これで自警団の中で重宝されているというなら、まだ理不尽に目を瞑ることができたかもしれない。
だが、それどころかクソ親父は、「この程度では巫女様の前に立たせることすらできない」なんて言って総出で神社の警邏に出る儀式の日でさえも、俺を使うことすらしなかった。
積もっていく不満は山となり、表立って親父に反発するようにすらなった。
それに呼応するかのように、親父の指導という名の虐めは激化の一途を辿るとともに、しごきの内容に礼節まで付け加えられて、俺はさらに反発するようになっていった。
実力を認められることすらなく、子供らしく遊ぶことすら許されず、ただ剣を振り続ける日々。
そんなクソみたいな日々を、いつまでも耐えることなんてできるはずがなかった。
その不満が爆発したのが、11歳の頃だった。
クソ親父の理不尽なしごきからの逃避と反発。
実力を認めさせるための強引な手段。
理由は、多分色々あったと思う。
それらが俺を突き動かした結果が、家出だった。
クソ親父に簡単に見つからないであろう神社がある山の方への家出。
ついでに魔物でも狩ってやって神社の安全を確保して、俺の実力をクソ親父に証明して、このクソみたいな日々を終わらせる。
そんな衝動のような目的に、ただただ突き動かされていた。
だが、それも所詮は子供の皮算用でしかなかった。
魔物の討伐自体は、普通にできた。
山の周囲をぐるりと回って歩いて、遭遇した魔物を狩ってやった。
その証拠というかのように、魔物の角を折って懐に大事にしまって家出を続行した。
問題はその後だ。
調子に乗った俺は、そのままの流れで山道じゃない場所から山に入っていった。
偏に親父から隠れるために。
その無謀の結果は、そう時間もかからずに帰ってきた。
整備された山道からしか上ったことがなかった山。
高山というわけではないが、決して低いわけではない山の、通ったことがない、整備されてすらいない獣道を、調子に乗って進み続けた。
いくら日々訓練はしていても、10歳程度の子供の体力や方向感覚、記憶力でそんな登山をして、遭難しないわけがなかった。
何時間も歩き続け、ついには日も暮れてしまった。
家出を始めたのが昼前であったことを考えれば、半日近く慣れない山道を歩き続けていたことになる。
山の中をさ迷い歩き、来た方向すら分からなくなった。
家出をした高揚感は、どうにか山を下りて帰らなければならないという焦燥感にすり替わっていた。
山を下っていけばどうにかなると思って下ってみたが、行きついた先は谷のように窪んだ山の窪地のようなところでしかなかった。
川を見つけて、そこを辿っていけば助かると思って辿って行った結果、滝に行きついてそれ以上辿ることもできなくなってしまった。
獣道を歩き続けた体は薄汚れていて、何度も転んだり木々の間を強引に進んだ結果、擦り傷だらけになっていた。
そして、自分が山のどのあたりにいるのかすらさっぱり分からない状態で、日が落ちて真っ暗闇につつまれ、鳥や虫の声だけが響く静寂の中、ついに俺は、動けなくなってしまった。
「俺……このまま死ぬのかな……」
寒さに震えながら思わずそう呟いてしまうほど、俺の自信は砕け散っていた。
そんな矢先だった。
座り込んだまま縮こまって寒さを凌ごうとしていた俺の頭上……山の上の方から強い光で照らされた。
「あ、いたいた。こんなところにいたんですね」
まるで俺を探していたかのような明るい少女の声が、耳に届いた。
そちらに目を向けると、巫女服に身を包んだ小柄な黒髪の少女が、聖魔法で作り出したであろう明かりをこちらにかざしていた。
同い年くらいの少女は、そのまま俺がいる位置まで駆け下りてくる。
「無事でよかったです。お怪我は……たくさんしてますね。動かないでくださいね」
「ぁ……ぇ……?」
少女が俺の手に自分の手を重ねて、静かに目を閉じると、暖かい光が溢れ出して、俺を包み込んだ。
変化はすぐに表れた。
かすり傷や切り傷だらけで痛んでいた身体から、たちどころに痛みが消えていった。
治癒をかけてくれたのだと気が付くまで、そう時間はかからなかった。
「あ、ありがとう……。キミは……?」
「いえいえ。私はミコトと言います。見てのとおりの巫女ですね。貴方は?」
「俺は、シスイ……」
「じゃあ、シスイさんですね。シスイさん、遭難しちゃったんですよね? 私、神社までの道分かるので案内しますよ」
少女は綺麗な笑みを浮かべて、俺に手を差し出してくれた。
巫女の少女、ミコトは、俺の手を引いて先導するようにして歩き出した。
疲弊している俺に合わせるかのように、手をつなぎながら、ゆっくりと。
ミコトは、俺の不安をどうにかしようとしてくれていたのか、明るい声色と笑顔で色々と話しかけてくれた。
その笑顔に、何とも言えない安心感と、助かったんだという実感を感じることができた。
俺も、ぽつぽつと言葉を返してスムーズに会話ができるようになっていった。
そんな状態になったからこそ、気になり始めることがある。
周囲に大人は誰もいなかった。
探している声も、明かりすらも見えない。
歩き始めてから結構な距離を歩いたがまだ神社すら見えていないから、神社の近くにいたというわけでもない。
そんな状態で、彼女はどうやって俺を見つけたのか。
純粋に気になってしまった。
「……ミコト、さんは、どうして俺を探していたんですか?」
「?……えぇと、敬語、無理して使わなくていいですよ。私のことも呼び捨てでいいですし」
俺が思わずつけてしまった敬称に、苦笑しながら返してくる。
これは誤魔化しているとかではなく、純粋に口調の変化が気になってしまったというような感じだった。
だけど、それを指摘してくるなら……
「……それならミコトも、俺のことは呼び捨てで呼んでくれ。同い年くらいだろ?」
「私は今10歳です!」
「俺は11。やっぱり同じくらいだ」
「……それじゃあ、私もシスイって呼びますね」
ミコトは敬語のままだったけど、さっきまでつけていた“さん”を外して呼び捨てで呼んでくれた。
そのことに満足しながら、言葉を続ける。
「それで、どうして俺を……親父から何か言われたのか?」
「シスイのお父さん? のことは知らないですけど……えぇと……なんて言えばいいですかね……」
彼女はそのまま頬に手を当てるようにしながらうんうん唸りだした。
視線をあらぬ方向に向けたり目を閉じたりしながら考え込んでいる。
そんなに難しい質問だっただろうか。
「神託……? 霊託……? うーん……なんていえば………………うん。えぇと、秘密です♪」
「……は?」
「秘密です。とっても説明しづらいので、聞かないでもらえると助かります」
茶目っ気たっぷりの笑顔で誤魔化された。
笑顔はさっきまでの綺麗な感じとは違う可愛い感じの方向性ではあったけど、ここまで直球で誤魔化してくるとは思わなかった。
……まぁ、恩人が聞かないで欲しいというなら聞かない方がいいか。
そう思って、彼女の言う通りこのことは深く聞かないことにした。
それからしばらく歩き続けて、ようやく神社の明かりが見えてきた。
そのことに、さらに強い安堵を覚える。
ミコトが助けてくれたというだけでも安心感はあったが、実際に知っている場所が見えてくるというのは格段に違う安心感があった。
神社に入ると、境内で慌ただしそうに動いていた数人の巫女が、すぐにこちらに気が付いた。
その中から、儀式をしていたのを見たことがある巫女様が走って近づいてきた。
「ミコト!! 稽古を抜け出した上にこんなに遅くまで……どこに行っていたのですか!!」
「申し訳ありません、お母様」
俺の手を離したミコトが、激怒している巫女様に頭を下げる。
儀式をするのは、筆頭巫女様のはず。
その儀式をしていたのを見たことがある巫女様のことを、ミコトはお母様と呼んだ。
つまり彼女は、筆頭巫女の、娘……?
それはつまり、次期筆頭巫女ということに他ならなかった。
彼女は、続く母親の説教を頭を下げて謝罪しながら粛々と受け入れている。
「あの、彼女は——」
「お母様、森の中で怪我をしていた彼を見つけて連れてきてしまったので、先に彼を……」
俺が彼女の擁護をしようとすると、彼女は遮るかのようにして言葉をかぶせてきた。
その言葉で少し冷静になったのか、筆頭巫女様が俺を見てくる。
「あら……えぇと、貴方は確か、ツクモさんのところの……」
「は、はい。シスイ・ツクモです。……や、山に勝手に入ってしまい、申し訳ありませんでした」
「……入ること自体は制限していないので問題はありませんが……」
筆頭巫女様は静かに俺とミコトを見比べるように視線を動かす。
そのまま小さくため息を吐くと、言葉を続けた。
「今日はもう暗いですし、これから下山をするのも、ご両親を呼ぶのも危険でしょう。部屋を用意しますから、今日は泊まっていきなさい。……ミコトにはその後で話があります。先に部屋に戻っていなさい」
「はい、お母様」
呆然としていると、ミコトは筆頭巫女様の言葉に従って歩き出した。
筆頭巫女様の死角に入った辺りでこちらを振り返って、笑顔で手を振ってからではあったが。
結局、俺はそのまま神社の一室に泊まって夜を明かすことになった。
「この、馬鹿息子がっ!!!!!」
早朝に迎えに来た親父に、開口一番で怒鳴られながら殴り飛ばされた。
「勝手に山に入った挙句、ミスズ様だけでなくミコト様にまでご迷惑をおかけするなどっ……!!……説教は後だ。こいっ!!」
そのまま手を強引に引かれ、神社の境内で何かをしていた筆頭巫女様のところまで連れていかれた。
そして、辿り着くと同時に頭を押さえつけられて強引に土下座をさせられる。
親父も、俺の頭を押さえつけながら土下座をしていた。
「愚息がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。私からも固く言い聞かせます。必要であれば、如何様な罰でもお受けしますので——」
「頭をあげてくださいツクモさん。罰なんて必要ありませんから……」
言われるがままに親父は頭をあげ、俺の頭を押さえつけていた手をどけた。
そのまま俺も頭をあげて、周囲を見渡す。
それで、筆頭巫女様が何をしていたのかが分かった。
儀式が行われる神楽殿の上で、ミコトがこちらの様子を気にすることもなく舞を舞い続けていた。
その光景に、目を奪われてしまう。
綺麗だった。
艶やかな黒髪が風でふわりと浮かび、巫女服の袖が弧を描くように宙を舞う。
小柄な少女が行っているという点を差し引いても、美しい舞としか形容できなかった。
そんな舞に見とれてしまっていると、親父と筆頭巫女様の会話が、耳に入ってきた。
「ミコトも急に稽古を抜け出して……一応昨日抜け出した分の時間を上乗せして稽古させていますが……。シスイ君を言い訳に使わなかっただけいいですが、この年頃の子は皆そうなのでしょうか?」
「そんな、ミコト様は立派に励んでおられるではありませんか——」
その言葉を聞いて、強い衝撃を受けた。
ミコトは、明らかに俺を探すためにあそこに来てくれていた。
抜け出したのも、そのためだろう。
それなのに、それを一切言うことなく、俺を庇って、罰を甘んじて受けている……?
庇っているかどうかの真偽は、俺に言っていたように事情が説明しづらいだけの可能性もある。
だけど、これは……
そのあまりの衝撃に、その後の会話はほぼ聞こえなくなってしまった。
親父に連れられて、山道を降りていく。
そんな最中も頭にあるのはミコトのことばかりだった。
「——おい、聞いているのかシスイ」
「……親父」
「……どうした」
「ミコトは……ミコト様は、いつも、あんな稽古をしてるのか? 村でミコト様を見たことなんて1回もない。助けてもらったのに、次期筆頭巫女だなんてすぐに気づけなかった……」
俺の質問に、親父は静かにこちらを見据えてから、言葉を選ぶようにしながら続けた。
「……そうだ。ミスズ様もそうだったが、アメノ家の方々は、村の統治を学び、巫女としての知識を学び、聖魔法を修め……儀式の稽古にも毎日のように励んでいる。山を下りることも余程のことが無ければない。ミコト様も、間違いなくその道を邁進しておられる。尊敬すべき方々だ」
「……そうか」
それはつまり、ミコトは、俺よりも制限された生活で稽古漬けの日々を送っているということだ。
娯楽なんて皆無な山の上で生活し、母親から厳しい指導を受けて、日々努力し続けている。
他者を気遣って、自分は理不尽な罰すら甘んじて受け、生まれ持った役目に真摯に向き合っている。
俺以上に理不尽な生活を強いられているのに、文句ひとつ言わずに、真摯に……
何してんだ、俺は……
馬鹿みたいな反発して、野垂れ死にそうになったところを助けられて……
「……親父。帰ったら、昨日の分も上乗せして稽古をつけてくれ」
「……お前がそれでいいというなら、遠慮はしないぞ」
このままじゃ駄目だ。
もう二度とあんな愚かなことはしない。
ミコト様には、命を助けていただいた。
実力をつけて、受けた恩を必ず返す。
そう心に決めた。
————
「それなのに、俺は、ミコト様を庇ったとはいえ重傷を負って、多大なご迷惑を……」
「なるほどなぁ……なんでそんなに必死なのかはよく分かったよ」
「だから、ライルの技術を少しでも取り込ませてほしい。頼む」
俺が率直な言葉で頼み込むと、ライルは口角をあげて静かに笑みを浮かべた。
「あぁ、いいぜ。俺も剣の腕はあげたかったんだ。教えるなんてことはまだできねぇが、一緒に鍛錬する相手ができるなら、こっちとしても万々歳だよ」
「……ありがとう」
「なぁに、礼なんかいらねぇって。……それに、ここだけの話俺もシルヴィアが気になってんだ。お互いいいところ見せられるように励もうぜ」
「……俺はミコト様のことが好きだとは一言も——」
「細かいことは気にすんなって。もう料理ねぇけど、シスイもまだ食えるよな。クラウスさん! 料理追加!」
俺の文句を無視して、ライルは店主の方に手を挙げて大声で追加注文をした。
まだ了承はしてないんだが……まぁいいか。
俺もまだ満足はできていなかった。
結局その後シラノたちも仕事を終えて食事に来たことで合流して、大騒ぎしながらの宴会のような状態になってしまった。




