第9話 新緑の少女(後)
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初めて少女に出会ってからというもの、レクナスは幾度か地上を訪れた。
最初は気まぐれのつもりだった。姿を隠して、草陰からそっと彼女を見つめる。
なぜ、こんなところに来ているのか? 考えてみても分からなかった。そして花梨の花が散る頃には、彼は理由を考えるのをやめた。
若葉の色は濃くなり、森は夏の気配を帯び始めている。あの少女——カリンは、相変わらずひとりで教会の裏の森にいた。
「終の神さま、また、来てくださったのですね」
そんなある日、振り返りもせず、彼女は言った。レクナスは息を呑む。
「……何故、分かった?」
「だって、風が静かになりますから。何度か、いらしていましたよね」
彼女はそう言って笑った。その笑顔は、あまりにも無防備だ。
「……ばれていたのか」
観念したレクナスは姿を現し、そっと彼女の隣に移動する。彼女の高さに合わせて、膝を折る。彼女の頬に手を伸ばし、そのまま毛束をひと束とって、するりと毛先まで撫でた。
「君は、いつもひとりなのかい?」
「はい。父も母も、病気で死んでしまって。ここの教会に預けられたそうです。
私は幼かったので、何も覚えていないんですけれど」
「……そうか」
レクナスは目を伏せる。よくあることだ。よくある、ありふれたことだった。
孤児は教会に預けられる。共に生活し、学び、働き、そして大人になる。そんな子供たちも、そんな子供たちを残して冥界を訪れる大人たちも、数えきれないほど見てきた。
「みんな、良くしてくれているかい?」
「はい。でも、教会のみんなに、終の神さまにお会いした、と言っても、誰も信じてくれないんです」
レクナスは地面に視線を落とす。生える花々を愛しげに撫でる。辺りはもう夏の匂いがした。
「私がこうして話ができる形をしていると、知らない者も多いだろう。もう何百年も、地上の人間には会っていなかったからね」
——それなのに、どうして私は今こんなところにいるんだろう? こんなところで、こんな娘と、言葉を交わしているのだろう?
レクナスはカリンを見る。
「みんな、言うんです、終の神さまに魅入られたら、死者の国に連れ込まれる、って。お前もそうなるぞって」
「死者の神に会ったことを、信じていないのにかい? ずいぶん勝手な言い分だな」
レクナスは笑う。カリンはその寂しげな横顔を見上げていた。
「……終の神さまは、いつもお忙しいのですか?」
「そうだね。生きるものは皆、等しく死ぬものだから」
ただそれだけを言い、レクナスは空を見上げる。青い空は高く、遠い。
「……そう、ですね、でも私には、まだよく分かりません」
カリンの瞳には戸惑いの色が浮かんでいた。彼は、その手をカリンの頭に乗せて優しく撫でる。花の香りがする。
「君が私のところに来るのは、まだまだずっと先のことだよ」
人間の一生など、彼にとっては瞬きするような時間。それでもその時が、永遠に来なければいいと、彼はそう思った。こんなにはっきりとそう思ったのは、初めてのことだった。
なぜ自分はここにいるのか? 理由など、どこにもなかった。それでも、彼は、自分はまたこの場所を訪れるのだろうと、分かっていた。




