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第7話 二柱の神

 カリンとニーナを下がらせ、レクナスとアレリナは、ふたり向き合っていた。

 レクナスは苦々しげな表情を浮かべる。


「……ああいうのは、()めてくれ」


「すまない、つい、懐かしくてな」


 アレリナは楽しそうに笑った。レクナスは、また始まった、と首を振る。


「そんなことより、地上のこの惨状、また君が何かしたんじゃないだろうね?」


 レクナスの切れ長の瞳がアレリナを刺す。その声は、祈りの丘の輝きを拒絶するように低い。

 アレリナは悪びれもせず、広大な空を見上げた。


「命は淀めば腐るんだよ、レクナス。私はいつだって、ただ、世界に新鮮な風を送り込みたいだけだ」


「……いい加減にしてくれ、アレリナ。君が何かを『始める』たびに、私の目の前には冷たくなった魂が積み上がるんだ」


 レクナスは悲しげに自分の両手を見つめる。アレリナは完璧な微笑みを浮かべたまま、レクナスの頬に手を伸ばした。


「なに、ほんの冗談だよ。私は何もしていない。本当さ。今回のことは、私の預かり知らぬこと、いつものようにただの『現象』だよ」


 始まりを司るアレリナは、地上に祝福を与え、生命(いのち)を生む存在である。

 そんな彼女は、大地から生物まで、自分が生んだ、地上の全てのものを動かす力を持っていた。その力で、彼女は地上の祈りを叶え、『奇跡』を起こす。


 しかし、だからといって地上の全てのものの動きを、彼女が制御しているわけではなかった。ほとんどのことは地上のものが、それ自身の流れに従って起こす『現象』。ひとつひとつの動きは、神にも預かり知らぬことだ。

 今回の地震も、無数に起きるそのようなただの『現象』の内の一つに過ぎなかった。


 レクナスは彼女の手を払い、ため息をつく。


「分かったから、お願いだから、もう、面倒を起こさないでくれよ? いつだって私が後始末をさせられるんだ」


「面倒なんて、そんなことしないさ! 私は、この世界の祝福なんだ」


 アレリナは軽やかに答える。彼女の明るい笑顔が眩しい。


「その通りだよ、アレリナ。でも、この世の秩序は、君ではない、私が守っている、そうだろう?

始まるだけで終わらなければ、この世界はどうなる? そこにあるのは混沌と、君の嫌いな停滞だけだ」


 レクナスの声には苛立ちが滲んでいた。アレリナは、飄々(ひょうひょう)と言い返す。


「でも、私が終われば世界は終わる。何も生まれない、始まらない。まったくの『無』だ。そんな世界には、お前も存在できないだろう? 存在する意味もない」


「そうだね、そうなれば私は自分のことを終わらせるだけだよ。——ああ、それはきっと、すごくいい気分だろうね」


 レクナスは遠い目をする。


「始まりがなければ終わりはない。だから君さえいなければ、私のこの苦痛は消えると、思わないかい?」


「そうかもしれないな。——じゃあ私を消してみるか? お前ならできるだろう」


 アレリナの提案は軽い。レクナスの目に映る彼女の赤い瞳はいつも、まだ見ぬものへの好奇心に輝いていた。彼はいつもそれに振り回されてきた。


「……そうしてしまいたいくらいだよ。でも私にはカリンがいるからね。あの子をひとりにしたくない」


 レクナスはチラリとカリンのいる方を見る。

 アレリナは小さな声で応じる。彼女の表情はどこか、寂しげにも見えた。


「お前はいつも優しいな、——ああ、私もいない、お前もいない世界は、どんなところだろうね」


 アレリナは、レクナスの黒い髪を指に絡めて弄ぶ。


「ところで、あの子——カリンをいつまであんな暗い場所にひとりで閉じ込めておくつもりだ? 彼女は本来、光の中にいるべき存在だろう」


  レクナスは彼女の手を強く振り払った。そんなことは、痛いほど分かっている。


「……光か。その光が、あの子を焼き尽くさないと、どうして言い切れる」


 レクナスの声は微かに震えていた。それは怒りか、あるいは怯えにも見えた。


 アレリナは指先に残る彼の髪の感触を惜しむように、ゆっくりと手を下ろす。


「レクナス、お前は本当に、あの子のことが好きだな」


 彼女はからりと笑う。


「そんなに怯えることはない、あの子は、お前を置いて消えたりなんてしないよ」


 そう言うと、アレリナはまた会おう、と軽く手を振ってその場を立ち去った。


 ——消えはしない。そう、消えはしないからこそ、恐ろしいのだ。それは、自分が彼女に与えた呪いだから。

 レクナスは、ぐっと唇を噛んだ。


 彼女と初めて出会った時のことを、思い出す。

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