第14話 祈りの代行者
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聖都ハベル。中央教会の奥、司祭たちが集う会議室には、重たい沈黙が落ちていた。
地震に揺られた街はいまだ、混沌の中にあった。瓦礫を運ぶ音が途切れることなく続いている。遠くで赤子が泣き叫ぶ声が聞こえた。余震のたびに人々は天を仰ぐ。
会議室の重たい沈黙を破り、一人の司祭が、静かに口を開く。
「人々の間では、神を疑う声も上がってきています」
ざわり、と空気が動いた。
「『神なんていない』『教会の言うことは全部嘘だ』……人々は、恐れています。このままでは、もっと悪いことが起きる、と」
崩れた街の中にあって、人々の精神も崩れていた。不安が広がり、様々な憶測が地上を覆う。
幾多の災厄の意味が語られ、地上の終焉だという者も、これは祝福だという者もいた。こうすれば生き残れる、こうすれば天国に行ける、という噂が浮かんでは消える。
その中で、人々は、各々がそれらしいと思う言葉に引き寄せられた。そして多くの人が集まるとそこには集団が形成される。
無責任な噂に揺られ、人々は祈り、助け、慈しみ、あるいは奪い、破壊し、排斥して傷つけ合う。
眩いばかりの利他と、目を背けたくなるような利己が、隣り合わせに街に広がる。
「新興の異端信仰に呑まれる者もいます。神の理を無視し、教会の規律に従わない者がこれ以上増えては、この世の秩序は、どうなるか」
人々の間には、無秩序な言葉が、次々と生まれては消え、あるいは漂い続ける。社会は、いまだ揺れ続ける地面と同じように不安定だった。
司祭は、躊躇いがちに上座に座るイサラを見る。
「神が、我々に試練をお与えなのでしょうか。異端の道へと進む同胞を、我々こそが導かなければならない、と。イサラ様、どうお考えですか」
イサラは静かに目を閉じた。数秒の沈黙ののち、彼はゆっくりと首を振る。
「神の意図するところなど、我々人間が完全に理解することはできません。
しかし、重要なのは、真実がどうかではありません。人々が、何を信じているか、ということです」
彼は立ち上がり、会議室をゆっくりと見回した。
「このままでは、より大きな危機につながります。恐怖は、放置すれば暴走する。我々が、秩序を維持しなければ」
司祭たちは息を呑んだ。
「我々が為すべきは、正しい形で、正しく恐れ、正しく悔いる道を示すことです。今まで以上に、布教活動を進めましょう。そして——」
イサラは、机の上に一枚の紙を置いた。
「これより、教会が祈りを請け負います」
「祈りを……?」
「ええ。彼らは、知らないのです。正しい祈り方を。暗い不安の中にいる民に、我々が、道を示さなければなりません」
彼の声には、揺るぎない確信があった。教会は、人々の足元を照らす灯台でなければならない。
「祈書の発行を、これまで以上に増やしましょう。教会が認めた祈書のみを正式な祈りとし、我々が、代わりに神へと捧げる」
「それは……民の祈りを、我々が預かる、ということですか」
「そうです」
イサラは頷いた。
「これまでと、変わりません。民のために、我々が、できる限り多くの祈りを捧げましょう。祈り方の分からない、迷える民のために。——もちろん、労力には対価が必要でしょう」
誰も否定する者はいなかった。迷える民のために祈りを捧げる。それは素晴らしいことに思えた。神も、きっとこの善行を評価してくださる。
外では、再び遠くで鐘の音が鳴った。また余震だ、と誰かが呟く。
「神の怒りを鎮めるには、正しい祈りが必要です」
イサラは、一人一人の顔をしっかりと見る。しっかりと頷く。
「人々の恐怖を、教会が引き受けましょう」




