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第13話 シオン



「アレリナ様! 新入りが目覚めたようです! 早くお越しください!」


 よく晴れた朝。ニーナがアレリナに駆け寄る。涼やかな風が天界を吹き抜ける。


「それは良かった! 今すぐ行くよ」


 天界に新たに生まれた精霊は、朝露にきらきらと輝いていた。彼は切れ長の目を丸くして、目の前に立つアレリナを見上げる。ぱちりと、瞬きをする。

 アレリナはにっこりと笑って彼に手を伸ばす。


「はじめまして、私はアレリナ。君はシオンだ。よろしく頼むよ」


 彼は無言でアレリナのその手を取った。


「その瞳、やっぱり素敵だね。薄明、秋の夕暮れの色だ」


 アレリナは彼の瞳を見つめ、頬をするりと撫でる。彼女は慈しむように目を細めた。


「さて、シオン、ちょっと私とデートしようか」


「……はい」


 アレリナは、彼を連れて天界を回る。行く先々で、精霊たちが歌うように彼女に声をかけた。通りがかるたびに、アレリナは笑顔で彼らに手を振る。


「アレリナ様! その子が新入りですか? 新しい精霊だなんて、久しぶりですね!」


「そうだよ、シオンと言うんだ。これからよろしく頼むよ、いろいろ、教えてあげてくれ」


 精霊の少女は嬉しそうに頷いた。よろしくね、とシオンに挨拶する。彼は、黙って頷いた。


 並んで歩きながら、アレリナはシオンに尋ねる。


「君は、好きなものはあるか?」


「好きなもの……ですか、まだよく分かりません」


 彼は戸惑ったように首を振る。


「そうか、まあ、まだ新たな生を得たばかりだからなあ。これからここで見つけるといい。何かあったらなんでも私に言ってくれ。私が、叶えてあげるから」


 そう言って彼の頭をポンと叩く。


「好きなものに囲まれて暮らすというのは、素晴らしいことだよ。私には、好きなものがたくさんあるんだ!」


 四季の花が咲き誇る花畑。彼女が地上に生命を与える白亜の神殿。軽やかな風が吹き渡るなだらかな丘。どこも彼女が作った、彼女の大好きな場所だった。


 精霊たちの明るい声が風に乗って聞こえてくる。(かぐわ)しい香りがアレリナを包む。この天界は、彼女の好きなもので、(あふ)れている。


 アレリナは、ひとつひとつ楽しそうに案内しながら天界を歩いてゆく。シオンはそれに静かに耳を傾けていた。


「君は、静かでいいね。あいつみたいだ」


「あいつ、ですか?」


「そう、私の片割れさ。前は一緒に暮らしていたんだが……ちょっと、嫌われてしまってね、まあ、全部私が悪いんだけれど」


 彼女はぽつりと零す。その横顔は、先ほどまでよりも僅かに(かげ)って見えた。


「……アレリナ様は、寂しいのですか?」


 アレリナは、はっとしてシオンの方に顔を向ける。見上げる彼と目が合った。切れ長の彼の瞳は、夕暮れのように澄んだ色で静かに輝いている。

 ああ、なるほど。その色を見て、彼女は思う。


 ——そうか私は、彼のようだと、思ったんだ。


 ひとり初秋の地上を歩いている時、ふと目を離せなくなった一輪の花。秋の月の下、まっすぐに伸びていた。

 その、周囲に溶け込むような薄紫に目を奪われて思わず連れ帰り、そして生まれたのがシオンだった。


 この花を、自分のそばに置いておきたいと思ったのだ。好きなものに囲まれて、過ごしたいと。

 このようにして自分のものにしたいなどと、やはりあくまで自分は、どこまでも我儘で傲慢だ。


 アレリナは正面を見据え、噛み締めるように言う。


「寂しい……そうだね、寂しいよ」


 しかしその寂寥(せきりょう)感は、彼女の顔からすぐに消え去る。おどけた声で、シオンの方を向き直る。


「でも私には、たくさんの精霊たちがついてくれているからね。だから、寂しくなんてないさ。君もそのひとりだ、これから、よろしく頼むよ、私は我儘だから、覚悟しておいてくれ」


 彼女はそう言ってからりと笑う。シオンはゆっくりと頷いた。自分を見下ろすアレリナは、その奔放な口調とは裏腹に、優しい目をしていた。シオンは、確かにそれを感じていた。


天界(ここ)でのことは、みんなに聞いてくれたら分かるから。天界(ここ)は最高の場所だ、きっとすぐに気に入るよ——おーい、エクラ!」


 アレリナは声を張り上げる。


「はい、お呼びでしょうか」


「シオンに、いろいろ教えてやってくれ。私は仕事に戻るから」


「はい、お任せください!」


 明るいその返事に、よし、と頷き、アレリナは彼女の耳元に口を寄せる。声を落として囁く。

 

「それと今晩は……うちに来てくれるか?」


「……っはい! う、伺います」


 エクラは耳を赤くして答えた。そんな彼女を見てアレリナは目を細め、そっと頭を撫でる。


「じゃあ、よろしく頼むよ。シオンも、また」


 彼女は手を振って、『祈りの丘』へと向かう。そこには、今日も祈りが溢れていた。彼女を縛る黄金の糸が。

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