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第12話 始まりの記憶

 アレリナとレクナス。ふたりの神は同時にこの世に存在した。


 彼女は始まりを望み、彼は終わりを愛す。


 始まりなき終わりはなく、終わりなき始まりもない。始まりは常に終わりと共にあり、終わりは常に始まりと共にある。


 ふたりは背中合わせで、一つの世界を見ていた。


 まだ、世界に『祈り』が存在しなかった頃。その丘に名はなく、声もなかった。ただ、白い光と、流れるような日々だけがあった。


「なあ、レクナス」


 若い声が、無邪気に響く。

 アレリナは、天界の縁に腰掛け、まだ名の付かぬ世界を見下ろして嬉しそうに言う。


「うまくいったようだ! 人間、いいじゃないか。ほら、私とお前に、そっくりだろう? 彼らは言葉も話すようだよ。私たちと話ができるかもしれない、楽しみだな」


 彼女は自分が生んだ新しい生命(いのち)を、楽しそうに眺めていた。

 隣に立つ黒髪の青年——レクナスは、そうだね、と少し困ったように肩をすくめる。

 アレリナは地上に目を向けたまま続ける。


「人間って、面白いと思わないか?」


「面白い、というのは……どういう意味だい?」


「だって、こんなに弱いのに、生きようとする。すぐ壊れるのに、また立ち上がる」


 アレリナの瞳は、期待に満ちていた。それは慈愛というよりも、創り手の好奇心に近い輝き。


「……彼らのことは、私には良く分からないよ」


 レクナスは、淡々と言う。アレリナのすぐ隣に腰を下ろし、吹き上げる風に煽られ顔にかかった彼女の髪を、そっと耳にかけた。


「それがいいんじゃないか! 私たちとは、違う」


 アレリナは笑った。その横顔は、はっとするほど美しい。飽きるほど見慣れた顔だというのに、レクナスは暫しその整った横顔に見惚れていた。花びらのような彼女の唇から、甘やかな声が漏れる。


「死を持つ彼らは、自分の生きる意味を求めている。見てろよ、彼らはすぐに、私たちを呼ぶようになるぞ」


「呼ぶ?」


「ああそうさ。だって、理解できないことを前にしたら……誰だって、縋りたくなるだろう?」


 その言葉に、レクナスは曖昧に頷いた。アレリナは、赤い瞳を輝かせる。


「彼らが私を呼ぶなら、私は応えよう。彼らが救いを求めるなら、私は与えよう。世界は、きっともっと美しくなる」


 レクナスは、アレリナの横顔を見つめた。そこに迷いはなかった。始まりを信じる神の目。


「私はね、レクナス。私が生んだ全ての子供たちのことが大好きなんだ」


 そう言って笑うアレリナを、レクナスは穏やかに見つめていた。





 現在。アレリナは、眼前に広がる『祈りの丘』を眺めながら、改めて思う。


 祈りを欲したのは自分自身だ。自分の作った世界と、繋がるために。

 それであるから、今のこの状況は、不幸などではない。不幸? むしろ、幸福そのものではないか。呼ばれ、求められ、必要とされている。


 彼女は、自分の生んだ世界を愛していた。いつでも、その世界のことを見ていた。世界が、より良い運命を、辿るようにと、心から願っていた。


 光の丘。絡みつく黄金の糸。止むことのない声。頭の奥に、鋭い痛みが走る。彼女は、ほんの一瞬だけ、目を伏せた。


 祈りは降り続ける。世界の望むものは、もはや数えることもできないほどに大きくなっていた。彼女はそれを、ひとつひとつ掬い上げる。


「アレリナ様……? ご加減でも悪いのですか?」


 立ちすくむアレリナに、遠く背後からフェスティが不安げな声で呼びかける。


「なんでもないよ!」


 アレリナは、明るい声で振り返る。しかしその指は、震えていた。

 誰にも見えないくらい僅かな揺らぎ。だが、他の誰にも見えなくとも、本人には、確かに見える。その明白な事実から、彼女はずっと、目を背けていた。


「まだ……大丈夫」


 彼女は祈りを受ける。天地の境、『祈りの丘』。

 (おびただ)しい祈りの光に包まれ、アレリナは眩いほどに、神々しく輝いていた。

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