疑心暗鬼、メイドの掃除は超危険【9話】
「はいっ、ノクシス様! あたし、エリカです!」
がばっという音が聞こえてきそうな勢いで、エリカの頭が下がる。
その姿勢は、もはや前屈ではないかと疑うほどだ。
「ふふ……そうか」
にやりと薄笑いを浮かべるノクシス。
「お前は仕事に戻れ、エリカと二人きりで話がしたい」
「は、はいっ! エリカ、失礼のないようにね……それでは、失礼いたします……」
恭しくお辞儀をして退室するメイド長。
しかしノクシスの視線はそこにはない。
ただ一点を見つめていた。
――エリカ。
ノクシスの行動によって生まれた世界の因果。
一見すれば無害、しかしノクシスは全く別のことを考えていた。
「さて、エリカ。もういいぞ」
「はいっ! ノクシス様!」
満面の笑みで元気に返事をするエリカ。
「その演技はもういいと言っている」
「演技……?」
「ふっ、いいだろう。そこまでシラを切るつもりなら、それでも構わん。
だが俺は貴様の思い通りにはならん、絶対にだ」
「……? はい! ノクシス様は思う通りに動いてください!
あたしもノクシス様のお手伝いを一生懸命がんばりますねっ!」
ノクシスの視線が一層厳しいものになる。
「何もしなくていい、と言っても勝手にするんだろうな、お前は」
「もちろんです! ノクシス様お付きのメイドですから!」
「待て、俺付きのメイドだと……? 誰が許可したんだ」
「旦那様に許可をいただきましたっ!」
ノクシスの質問に間髪いれず答えるエリカ。
「父上か……ならば仕方あるまい」
ぎりぎり平静を装ったが、ノクシスは戦慄していた。
エリカは父上の信頼を得ており、俺付きのメイドという立場まで得ている。
これはすでにヴァルメリア家が"エリカによりハックされている"という事実を示すからだ。
「だが、貴様の思い通りになると思うなよ」
「物が色々あって、大変そうですもんね。
あ、これってなんなんですか?」
「おい、勝手に触るな!」
――ガシャン、という音を立てて水晶玉が砕け散った。
「あああ!? 申し訳ございません! すぐに片付けます!」
慌てながら掃除を始めるエリカ。
――リカバーオーブを狙い撃ちした!?
「ええい、それを掃除したらすぐに出ていけ……!」
「そういうわけにはいきません! ノクシス様のことは、旦那様より任されてますから!」
あくまでも退室する気はないらしい。
「くっ……」
ノクシスは歯噛みした。
エリカがプレイヤーである可能性は現時点でかなり高い。
世界に存在しないはずだったNPC。
ヴァルメリア家への潜入。
そしてリカバーオーブの破壊。
偶然にしてはできすぎている。
もしプレイヤーであれば相当に切れる――。
「痛っ……!? 指、切っちゃった……!」
……いや、やはり考えすぎかもしれない。
「ふぅ……」
だめだ、こいつの事はわからん。一旦保留だ。
逆に考えてみれば、わざわざ虎穴に入ってきた敵ともとれる。
近くに置いておけば、監視することには不自由しない。
それよりも、こいつがプレイヤーでなかった場合のことを考えるのが優先だ。
そう、7章で仕掛けることを考えねば――。
「7章……」
ボトム島の神殿。
船という予想外の進軍で時間は残されていない。
今更、手を下しても遅いかもしれないが……。
「遅いですね~」
「!?」
エリカがノクシスの思考に割り込んできた。
「貴様……何を知っている……」
「えっ、奥様のお帰りの時刻ですけど……まだご帰宅されないなって。
奥様には、まだご挨拶してませんからね!」
……おかしな理由ではない。考えすぎか。
「……俺は考えることがある。
掃除するのは構わんが、静かにやれ」
両腕を組み、どかっと椅子に腰を下ろす。
ここでエリカを自由にすることは、余計な心配を増やすだけだ。
思考を邪魔されようとも、視界という監視下に入れておく必要があった。
「さて……」
ノクシスが再び思考を始めようとしたその時――。
バサバサバサ!!
「おい、何をしている!」
「ご、ごめんなさい、ノクシス様! 紙が……」
エリカの足元を見れば書類の束が散らばっている。
どうやら報告書の棚から落ちてしまったらしい。
「ええい、その紙に触るな! それは俺が片付けるから、もう何もせず座っていろ!」
「ご、ごめんなさい……」
これ以上、邪魔されてたまるか。
ノクシスは書類を片付けながら、再び思考の渦へと落ちていく。
7章は――。
バキッ!
「きゃああああ!」
「今度はなんだ!?」
エリカの足元には体重で粉砕された羽ペンが落ちている。
「ご、ごごご、ごめんなさい!!」
「何もするなという命令すら守れんのかお前は!」
くそっ、こいつやっぱりプレイヤーじゃないのか!?




