試行錯誤、疑惑の矛先【12話】
自室に戻ってきたノクシスは素早くペンを走らせていた。
「次の作戦は大がかりになりそうだ」
「大がかり?」
思考に割り込んでくるような透明感のある声。
エリカだ。
「ええい、一々独り言に反応するな。筆が止まる」
「ご、ごめんなさい」
人件費、危険手当、係留料、回航料、そして傭船料……。
必要な項目を次々に書き込んでいく。
「お、お金がいっぱい書かれてる……」
ノクシスの手元の紙を覗き込んだエリカが、その金額の大きさにふらりふらりと揺れる。
「見るんじゃない、座ってろ」
エリカに与える適当な命令もないので、とにかく邪魔をされないように座ってろということしかできなかった。
「でもノクシス様。あたしメイドですから、なにかお役に立たないと」
「何もしなくていい。お前はそこにいるだけでいいんだ」
「ノクシス様……!!」
エリカが俯く。
ふん、やっと大人しくなったか。
「……よし、大体こんなものだろう。エリカ、文官を誰か呼んでこい」
「はい、ノクシス様!」
ばたばたと慌ただしく部屋を出ていく。
バタンと強く閉まる扉に、こめかみをひくつかせながらも椅子に深く腰掛ける。
一息つく暇もなく、どたどたと走ってくる音が聞こえる。
またしてもバタンと扉を開け、文官の手を引っ張って連れてきたエリカ。
「ノクシス様、お待たせしました!」
「待っていない。それと扉は静かに開け閉めしろ」
「はい!気を付けます!」
そのやり取りをぎょっとした目で見つめる文官。
まあ、ノクシスの悪評を知るものが見れば、それは心臓が縮みあがる思いをするだろう。
――ふん。それがどうした。
悪逆非道を尽くすのがこのノクシスの役目。
ありとあらゆる人物から嫌われ、避けられている方がノクシスらしい。
「おい、この通りに手配しろ」
「!? これは……このようなことを」
馬の借り占めからまた一桁上がった金額。
文官の驚きも当然ではある。
「なんだ? 俺のやることに文句があるのか」
「い、いえ。失礼いたしました。すぐに取り掛かります」
それでいい。
この自由度こそがノクシスの武器なのだから。
「文官さん、慌てて出ていきましたけど何をしたんですか?」
好奇心を満たすふりをして俺から作戦の全貌を聞き出そうというわけか。
実際、この作戦はエリカの「交替」という言葉がなければ思いつかなかった。
ヒース達の行動として、最終的には海賊船に頼ることになるが、一旦は正規の方法で魔の海峡を渡ろうとする。
それはゲーム内のナレーションにもしっかりと記載されている。
ならば、正規の方法で渡らせてやろうではないか。
ただし、途中までだ。
魔の海峡は現実問題、一般商船で渡るのは不可能だ。
途中までヒース達を送り、やはり無理でした、と帰還させる。
これだけで、往復一週間は時間が稼げるだろう。
こんな話をプレイヤーかもしれないエリカに話すことなど到底できない。
となれば回答は必然。
「お前が知らなくていいことだ」
「……はぁい」
こうなる。
――いや、待て。
そうだ、原作プレイヤーであれば見破るかもしれない。
そう考えると、この作戦が成功する確率は五分五分だ。
プレイヤーが作戦に気付き、海賊船へ誘導するかもしれない。
しかし、原作ヒース達の行動原理を鑑みれば、海賊船の利用は最終手段になるはずだ。
仮に盗賊ファルクがプレイヤーだったとしても、ヒース達が拒否を示せば強引に連れていくことはできないはずだ。
それでは考えておくべきことは、作戦そのものの成功率より……。
――プレイヤーの位置……。
プレイヤーがファルクでも、エリカでもなかった場合、どこにいるか。
今、最も臭い動きをしているのは、エリカだ。
しかしエリカ本人についての評価は保留してある。
わからなさすぎるからだ。
一旦、エリカとラインが繋がっているキャラである可能性を考えておくべきだろう。
――となれば、ナーシャ……。
ナーシャは現時点でもなかなか臭うキャラである。
しかし、マリエルの私兵である彼が、常にノクシスを先回りできるほど自由であるかというと、疑問が残る。
そうなると、原作ではなかった"自由な"動きを見せているマリエルが怪しい位置にある。
彼女であれば、ナーシャを操り、民家の報告を改竄し、エリカを恩義の為と吹き込んでノクシスの元へ送ることも可能だ。
……見えてきた。
断定するだけの証拠は足りないが、最も可能性が高い相手は――。
――マリエルだ。




