遅延工作、強敵からの助言【11話】
その日、ボトム島に衝撃が走った。
「エリカ、最後はどこだ」
エリカと呼ばれた少女は、その手に持つ紙を見やる。
紙の中は、びっしりと路地の図が書き込まれている。
そこに、お世辞にも綺麗とは言えない字が書き加えられ、大量の丸印がつけられていた。
「はい、ノクシス様。
その角を曲がった、カササギロードです」
そんな声と共に、路地を曲がってくる二人。
身なりのよさそうな黒服の男に、女中らしきメイド服の女。
私が見たのは、そんな二人組だった。
男の方は一見すると関わり合いになりたくない鋭い眼光を持っている。
なぜならあれは帝国の軍服だ。
しかし、だからこそ間違いない。
――彼らが、ボトム島で今、最も熱い客だ――。
「いらっしゃいませ」
私はできるだけ平静を装い、営業用の笑顔で迎える。
その笑顔が不覚にも本心に届いてしまい、破顔しそうになる。
まだだ、まだ笑うな――。
「おい、店主」
く、くる。うひひ。
「馬を貸してくれ」
おおお、噂通り。
「全部だ」
きたあああああ! うぇっひひ!
「ぜ、全部ぅで、ござい、ますかぁ!」
「そうだ、全部だ。
期間は二週間。俺が号令をかけたらすぐに動かせるようにしておいてくれ」
「は、はいぃぃぃ、喜んでぇぇぇ!」
借り占めの太客だあああああ!!
「しかし、旦那様。全部で20万セラフになりますけども……」
「構わん。ヴァルメリア家に請求を送れ」
と渡される手形。
金払いのいい貴族、サイコぉー!
しかし、雑談のつもりだった一言で雲行きが変わる。
「ところで、こんな大量の馬、何に使うんで?」
そう尋ねると、明確に雰囲気の変わるお貴族様。
隣の女中もあわあわと慌てている。
「貴様が知ることではない」
うおっ、やべっ。完全に虎の尾を踏んでしまったらしい。
まあ、とりあえず今だけ取り繕って、後で……くふふ。
「旦那様、申し訳……」
「いいか、一頭たりとも残すな。
もし期間中に号令がこないからと、他の者に又貸しなどしようものなら……」
軍服の旦那が腰の剣に手をかける。
ごくり、と喉が鳴る。
「ヴァルメリア家の総力をもって、お前を殺す」
……ばれてる……。
逆らっちゃなんねえ、このお人は、本気だ。
* * *
「カササギロード、丸、っと」
エリカが地図に印を加える。
これでボトム島での用事は大体済ませた。
ヒース達は今頃、神殿で盗賊と追いかけっこだろう。
問題はその後。
彼らが港町リクルスへ向かうには相当な距離がある。
ゲーム内では距離や移動手段は明記されていなかったが、現実であることを考えれば、馬を使っての移動が当然だ。
こうして、予め足を封じておくことで、リクルスへの到着を少しでも遅らせることができる。
この時間を稼ぐことはかなり重要だ。
なぜならリクルスに到着されてしまうと――。
「ノクシス様ぁ」
「なんだ」
相変わらず思考を邪魔してくるエリカに、気だるげな眼を向ける。
「こんなにたくさんのお馬さん、どうするんですか?」
結局、こいつも聞いてくるのか。
まあ、仮にプレイヤーだったとしても知られて困る内容ではない。
「どうもしない。二週間の間、俺が借り主になっただけだ」
「ええーっ!? なんのためですか!?」
「くく……馬業者の懐を満たすためだと言ったら、お前は信じるか?」
「はいっ、信じます!」
二の句も無く、屈託のない笑顔で答えてくるエリカ。
くっ、こいつが何を考えているのか、未だに把握できない。
この正体を特定させない技術。
すべてが計算ずくであった場合……。
そろそろ認めねばなるまい。
こいつが、強敵であることを。
「……」
「んー、それだったらリーニュ地方のお馬さんも借り切ったらどうですか?」
「……!」
「あっあっ、いえ、さすがにお金使いすぎかなー、なんて、えへへ……ごめんなさい」
確かにその通りだった。
ボトム島の馬だけを借り切っても船でリーニュ地方に渡られて、そこで馬を借りられては、ほとんど意味がない。
だが、なぜ俺の見落としをカバーするようなことを言った……?
馬がなくても問題がないというのか?
……わからない。
「お前の言う通りだな。すぐリーニュ地方に渡るぞ、乗れ」
「あっ、はいっ!」
エルディーンに跨り、手綱を引く。
エリカは落ちないように俺の腰を、はっしと掴んでいる。
「よし、行くぞ」
「……」
腰を掴む手に力が入る。
乗せてみて気が付いたが、空中を移動している時のエリカは、驚くほど静かだ。
これなら次についても考えられるというもの。
――8章、港町リクルスはヒース達にとって本格的な旅の始まりとなる場所だ。
その最初の関門である"魔の海峡"を渡るため、彼らは海賊団と手を結ぶことになるのだ。
そして魔の海峡より先は、エルディーンであっても易々と行き来できる場所ではない。
13章まで、ノクシスがヒース達の行動に関与することはできない、と言っていい。
「あのぉ、ノクシス様……!」
「なんだ! 舌を噛むぞ!」
「いえ、ちょ、ちょっと手がしびれてきたので、交替できないかなと思いまして……!」
「馬鹿も休み休み言え!
お前ごときにエルディーンが使われると思うな!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
ぎゅっ、とノクシスの腰を掴む力が強くなる。
――こいつ、遂に俺を直接的に葬ろうとしてきたか?
しかし、これまでのプレイヤーの行動は『原作通りに進める』ことを最重視している。
急にノクシスを葬ろうとしてくるのは一貫性がない、と結論づけた。
――それにしても。
交替か……。
エルディーンの手綱を握らせることはできない。
単純に危険だからだ。だが、引っ掛かっているのはそこではない。
交替……入れ替え……。
――そうか、閃いたぞ!
「くっくっく、エリカ、よくやってくれた……!」




