聖女の仮面が剥がれる夜
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朝の柔らかな光がヴァイスブルク公爵邸の窓から差し込み、リーゼロッテの私室を淡く照らしていた。
鏡台の前に座る彼女の銀灰色の髪を、エルザが丁寧に梳いている。櫛が髪を撫でるたび、絹のような髪が微かに光を弾いた。
「お嬢様、本日のドレスでございますが」
エルザが示したのは、薄紫水晶を散りばめた淡いラベンダー色のドレスだった。華美すぎず、しかし確実に人目を引く——療養から回復した令嬢にふさわしい選択である。
「完璧ですわ、エルザ。この淡いラベンダー色……療養から回復した健気な令嬢にふさわしい選択ね」
「儚げでありながら、決して地味ではない。お嬢様の銀灰色の髪に映えますわ」
リーゼロッテは鏡の中の自分を見つめた。薄紫水晶のような瞳に、朝の光が柔らかく溶け込んでいる。誰が見ても『傷心の元婚約者が健気に立ち直った姿』に見えるだろう。それこそが、今夜の舞台に必要な衣装だった。
「ふふ、今夜の私は『傷心から立ち直った可哀想な元婚約者』ですもの。同情を誘いつつ、嫉妬も買わない……絶妙な塩梅が必要ですわ」
エルザが髪を編み上げながら、声を低くする。
「計画の最終確認をいたしますわ。私は給仕として潜入済み。マリアベル様のワイングラスには、乾杯の直前に薬を仕込みます」
「タイミングは?」
「殿下がマリアベル様にグラスを手渡される瞬間を狙います。あの方は殿下からの飲み物を断りませんから」
リーゼロッテは微かに口角を上げた。五年間、王太子の傍で見てきた聖女の習性。マリアベルはエドワルドの歓心を買うためなら、どんな些細な機会も逃さない。
「五年間、あの方の習性は嫌というほど見てきましたわ。殿下の歓心を買うためなら、どんな些細な機会も逃さない」
「その計算高さが、今宵は首を絞めることになりますわね」
エルザの言葉には、冷徹な観察者としての鋭さが滲んでいた。
「退路の確保は?」
「レオンハルト様が手配された護衛が、会場の三箇所に配置されております。万一の際も、お嬢様をお守りいたします」
リーゼロッテは鏡の中でエルザと目を合わせた。
「……あの方には、本当に頭が上がりませんわね」
その言葉には、策略家としての感謝以上の、微かな温もりが込められていた。
エルザが最後の髪飾りを挿しながら、主人の肩にそっと手を置く。
「お嬢様。今宵、聖女の仮面が剥がれ落ちます」
「ええ。長い準備期間でしたわ。けれど——」
彼女は化粧台の引き出しを開け、小さな硝子瓶を取り出した。中には無色透明の液体。魔力を一時的に封じ、隠された術式を無効化する——母から受け継いだ知識の結晶。
「これを」
エルザが恭しく受け取り、懐に収める。
「確かにお預かりいたしました。……お嬢様、またお優しい笑顔で誰かを破滅させるのですね」
「まあ、エルザったら。人聞きの悪いことを言わないでちょうだい」
「事実を申し上げたまでですわ」
リーゼロッテは口元を扇で隠し、くすくすと笑った。その笑い声は春の小川のように澄んでいたが、瞳の奥には氷河のような冷徹さが潜んでいた。
夕刻。ヴァイスブルク公爵邸の正面玄関に、漆黒の馬車が停まっていた。
リーゼロッテが階段を降りると、馬車の傍に一人の青年が佇んでいた。レオンハルト・フォン・ヴァイスブルク。黒を基調とした正装に身を包んだ彼の姿は、まるで夜そのものを纏っているかのようだった。
彼女の淡いラベンダーのドレスと、彼の漆黒の装い。月と夜空のような対比に、居合わせた使用人たちが思わず息を呑む。
「お待たせいたしました、レオンハルト様」
リーゼロッテが裾を軽く持ち上げて一礼すると、レオンハルトは無表情のまま手を差し出した。しかしその深い紺碧の瞳だけは、彼女を見つめる時だけ僅かに柔らかくなる。
「……覚悟はいいか」
短い問いかけ。しかしその声には、彼なりの気遣いが滲んでいた。
「ええ。五年間、この日のために準備してまいりましたもの」
レオンハルトは彼女を馬車にエスコートしながら、低く呟いた。
「今夜、俺がお前の傍にいることで、社交界は騒ぐだろう。……それでもいいのか」
「むしろ望むところですわ」
リーゼロッテは馬車の座席に腰を下ろしながら、扇の陰で微笑んだ。
「……理由を聞いても?」
「婚約破棄された哀れな令嬢が、王太子より権力を持つ公爵家嫡男にエスコートされる。これほど痛快な復帰劇はありませんわ」
「……お前らしい」
馬車が動き出す。王宮へと続く石畳の道を、車輪が軽やかに転がっていく。
二人の間に流れる沈黙は、不思議と心地よかった。言葉にせずとも通じ合う——そんな信頼が、いつの間にか二人の間に育っていた。
リーゼロッテは窓の外を流れる景色を眺めながら、静かに呟いた。
「レオンハルト様。今夜、私は聖女の仮面を剥がします。そして——」
「ああ。知っている」
レオンハルトは彼女の言葉を遮り、真っ直ぐに見つめた。
「何が起ころうと、俺はお前の傍にいる。それだけだ」
その言葉に、リーゼロッテの胸が微かに痛んだ。復讐だけを見つめてきた五年間。誰かに傍にいると言われることが、これほど温かいものだとは知らなかった。
「ありがとうございます」
短く礼を述べると、リーゼロッテは再び窓の外に目を向けた。王宮の尖塔が、夕暮れの空に影を落としている。
決戦の舞台が、近づいていた。
王宮大広間は、煌びやかな光に満ちていた。
天井から吊り下げられた無数のシャンデリアが水晶のきらめきを放ち、床に敷き詰められた深紅の絨毯の上を、着飾った貴族たちが行き交う。今宵は王太子エドワルドと聖女マリアベルの婚約発表——王国の未来を祝う華やかな宴のはずだった。
しかし、大広間の入り口に現れた二人の姿が、会場の空気を一変させた。
「あれは……ヴァイスブルク公爵子息?」
「隣にいるのは——まさか、シュヴァルツェン伯爵令嬢?」
「婚約破棄されたあの方が、なぜ……」
ざわめきが波紋のように広がっていく。
リーゼロッテはレオンハルトの腕に手を添えたまま、優雅に会場へと足を踏み入れた。淡いラベンダーのドレスが揺れ、銀灰色の髪が柔らかく流れる。儚げな美貌には穏やかな微笑みを浮かべ、まるで何事もなかったかのように振る舞う。
「氷の公爵子息が、あの地味な令嬢をエスコート?」
「いえ、よく見て。今夜の彼女、とても美しいわ」
「療養中に何かあったのかしら……」
囁き声が飛び交う中、リーゼロッテは内心で微笑んだ。これこそ狙い通り。王太子の婚約発表の場で、自分が注目を集める——それ自体がエドワルドとマリアベルへの挑発になる。
会場の奥、高座に設けられた主賓席に、エドワルドとマリアベルの姿があった。
エドワルドは金髪碧眼の美貌を誇らしげに掲げ、傍らのマリアベルを愛おしそうに見つめている。しかしリーゼロッテの登場に気づいた瞬間、その表情が僅かに歪んだ。
「リーゼロッテ」
レオンハルトが低く声をかけた。
「ええ、存じておりますわ」
「主役たちが、こちらを見ている」
「せっかくの晴れ舞台ですもの。少しばかり、お邪魔してしまいましたわね」
二人は会場を進み、適度な距離を保ちながら壁際に移動した。ここなら全体を見渡せる。そして——エルザの合図を見逃すこともない。
シャンパンを手にした貴族たちが次々と挨拶に訪れる中、リーゼロッテは完璧な令嬢の仮面を被り続けた。
「お元気そうで何よりです」
「療養されていたと伺いましたが……」
「ヴァイスブルク様とは、いつから?」
「ええ、おかげさまで。レオンハルト様には療養中大変お世話になりまして」
会場がさらにざわめいた。療養中に世話になった——それが意味するところを、貴族たちは敏感に察知する。
「療養中にお世話……それはつまり」
「まさか、もう新しいご縁が?」
噂は炎のように広がるだろう。そしてその炎は、主役であるはずの二人から注目を奪い取る。
予想通り、マリアベルは動いた。
白いドレスに身を包んだ聖女が、優雅な足取りでリーゼロッテの元へと近づいてくる。銀の髪飾りが揺れ、翡翠色の瞳には『慈愛』の光が宿っている——少なくとも、表面上は。
「リーゼロッテ様」
マリアベルは可憐な微笑みを浮かべ、リーゼロッテの前で足を止めた。
「まあ、マリアベル様。わざわざお声がけいただき、恐縮ですわ」
「お元気そうで何よりです。療養されていたと伺っておりましたから、心配しておりましたの」
その声は春の小川のように澄んでいた。周囲の貴族たちが、聖女の『優しさ』に感嘆の溜息を漏らす。しかしリーゼロッテには分かっていた。その言葉の裏に潜む、勝ち誇った嘲笑を。
「ご心配いただき、ありがとうございます。おかげさまで、すっかり回復いたしましたわ」
マリアベルが一歩近づき、声を潜める。
「殿下との婚約破棄、さぞお辛かったでしょう? 五年もの間、お傍にいらしたのですから」
同情を装った言葉。しかしその目には、隠しきれない勝ち誇った光が宿っている。
リーゼロッテは一瞬だけ俯き、そしてゆっくりと顔を上げた。その表情には、儚げな微笑みが浮かんでいた。
「いいえ、むしろ解放された気分ですわ」
マリアベルの笑顔が、一瞬だけ固まった。
「……解放?」
「ええ。五年間、殿下に尽くしてまいりましたが……今は、新たな幸せを見つけることができそうですの」
「新たな幸せ……ヴァイスブルク様のことかしら?」
「ふふ、どうでしょう。マリアベル様こそ、殿下との婚約おめでとうございます」
その言葉には、一片の棘も感じられなかった。それがかえって不気味だった。
周囲の貴族たちがどよめく。
「あの方、全く取り乱していないわ」
「むしろ清々しそうに見える……」
「ヴァイスブルク様と、もしや……」
マリアベルは表情を取り繕いながらも、内心では困惑していた。この女は何も感じていないのか? 五年間の婚約を破棄されて、悲しくないのか?
「まあ……お優しいお言葉、ありがとうございます。どうぞ、今宵はごゆっくりお過ごしくださいませ。私は殿下の元へ戻らなければなりませんので」
「ええ、どうぞ。殿下をお幸せになさってくださいませね」
マリアベルは優雅に踵を返し、エドワルドの元へと戻っていく。
その背中を見送りながら、リーゼロッテの薄紫水晶の瞳が、冷たく輝いた。
エドワルドの元へ戻りながら、マリアベルは内心で苛立ちを噛み殺していた。
——何なの、あの女。全く動じていないじゃない。
五年間も婚約者だった男を奪われて、平然としていられる女がいるだろうか。いや、いるはずがない。あれは演技だ。内心では傷ついているに決まっている。
——やはり愚かな女ね。何も分かっていない。
ヴァイスブルク公爵家嫡男をエスコートに連れてきたところで、何になるというのか。あの男は社交嫌いで有名だ。きっと同情か、あるいは何かの義理で連れ出されただけ。
そして何より——リーゼロッテは脅威ではない。
「マリアベル、どうだった? あいつ、平気そうだったか?」
エドワルドの声には、僅かな後ろめたさが混じっていた。
「ええ、とても。むしろ解放されたとおっしゃっていましたわ」
「解放? 僕から解放されたと?」
エドワルドの眉が跳ね上がる。プライドが傷ついたのだろう。自分から捨てた女に、解放されたと言われるのは屈辱的だ。
マリアベルは内心でほくそ笑みながら、悲しげな表情を作った。
「私のせいで、リーゼロッテ様には辛い思いをさせてしまいました。申し訳なく思いますわ……」
「マリアベル、君は何も悪くない。愛は誰にも止められないものだ。リーゼロッテも、いずれ分かってくれるさ」
エドワルドが彼女の手を取り、力強く握る。
マリアベルは聖女の微笑みの裏で、冷たく嗤った。
——愚かな男。あなたは私の言いなり。そしてあの地味な女は、もう二度と這い上がれない。
その確信が、どれほど致命的な判断ミスであるか。マリアベルはまだ知らなかった。
王宮大広間のバックヤードでは、エルザが給仕の制服に紛れ込んでいた。
栗色の髪をきっちりと結い上げ、他の給仕たちと同じように忙しく立ち働く。誰も彼女に疑いの目を向けない。三日前からこの場所に溶け込んでいた成果だった。
「乾杯用のワインを持って」
給仕長の声に、エルザは素早く銀のトレイを手に取った。
——今だ。
周囲の給仕たちが別の作業に気を取られている隙に、エルザは懐から小さな硝子瓶を取り出した。無色透明の液体を、一つのグラスに数滴。瞬きよりも速い動作。長年の訓練の賜物だった。
「このグラスは殿下の隣のお方へ。聖女様のお飲み物です。殿下から直接お渡しいただくとのことですわ」
「ああ、分かった」
何の疑問も抱かず、給仕はグラスを受け取った。
エルザは大広間の方を一瞥した。壁際に立つリーゼロッテの姿が、人垣の隙間から見える。エルザは目立たない仕草で、髪に挿した簪を直した。
合図。計画通り。
リーゼロッテが僅かに扇を傾けたのが見えた。了解の意思表示。
聖女の破滅を招く毒は、既に注がれていた。
パーティーが佳境に入り、会場の熱気は最高潮に達していた。
乾杯が終わり、舞踏曲が流れ始める中、エドワルドが高座に立ち上がった。金髪が燭台の光を受けて輝き、碧眼には自信に満ちた光が宿っている。
「皆様、今宵は私たちの婚約発表にお集まりいただき、感謝いたします」
貴族たちが一斉に杯を掲げる。
「聖女マリアベルは、この国の宝です。彼女の持つ『奇跡の力』は、神が我が国に与えた恵みそのもの」
エドワルドはマリアベルの手を取り、壇上に招いた。
「今宵、皆様にその奇跡をご覧いただきたい。こちらに、長年病に苦しむヴェルデンベルク伯爵がいらっしゃいます。マリアベル、この方を癒してみせてくれないか」
マリアベルは聖女らしく慎ましげに頷いた。
「殿下のご命令とあれば」
彼女は優雅な足取りで老伯爵の前に立ち、両手を翳した。
会場が静まり返る。全ての目がマリアベルに集中していた。
壁際で、リーゼロッテは静かにその光景を見つめていた。扇で口元を隠しながら、レオンハルトに小声で囁く。
「始まりますわね」
「ああ」
マリアベルは深呼吸をし、目を閉じた。いつものように魔力を集中させる。淡い光が両手から溢れ出すはず——
——だった。
「……っ」
マリアベルの眉間に、微かな皺が寄った。何も起こらない。魔力が体内に眠っているのは分かる。しかしそれを外に放出することができない。まるで見えない壁に阻まれているかのように。
「どうしたのだ、マリアベル?」
エドワルドが不審そうに声をかける。
「少々……お待ちくださいませ」
マリアベルの声が僅かに震えた。額に冷や汗が滲む。なぜだ。なぜ力が発動しない? 今まで一度たりとも、このようなことはなかった。
三度目の試み。全神経を集中し、体内の魔力を掻き集める。しかし結果は同じだった。
「聖女様……?」
「どうされたのでしょう」
「まさか、力が……?」
会場のざわめきが大きくなる。
「マリアベル、どういうことだ? 君の力は——」
「分かりません……分からないのです、殿下!」
マリアベルの声が、ついに震えを隠せなくなった。聖女らしい落ち着きは、既にどこかへ消え失せていた。
その時——
「待ちなさい」
凛とした声が、ざわめく会場に響き渡った。
人垣が割れ、一人の老人が前に進み出る。白髪を後ろに撫でつけ、深い皺が刻まれた顔には、長年の知識と経験が滲み出ていた。王宮魔道師の長、グスタフ・フォン・アイゼンベルク。
「グスタフ老、どうかされましたか」
国王が声をかける。
「今、聖女の魔力が発動しなかった際……私は奇妙なものを感知した」
「奇妙なもの?」
「ああ。聖女殿下の魔力の残滓……あれは通常の治癒魔法のものではない」
マリアベルの顔が、蒼白に染まった。
「何を……何をおっしゃっているのですか?」
「私は若い頃、禁術の研究に携わったことがある。他者の生命力を吸い取り、自らの魔力に変換する術。その残滓は、独特の痕跡を残す」
グスタフの目が、マリアベルを射抜いた。
「今、聖女殿下の魔力が封じられた時、私はその痕跡を確かに感知した」
会場が凍りついた。
「禁術だと……?」
「まさか、聖女様が……?」
「嘘だ、ありえない!」
エドワルドが前に出た。
「グスタフ老、何を言っている! マリアベルが禁術など使うはずがない! これは陰謀だ! 誰かが彼女を陥れようとしているんだ!」
「落ち着きなさい、殿下」
国王が重々しい声で息子を制した。
「グスタフ老の言葉は軽くない。調査が必要だ」
「しかし父上——!」
「殿下! 私は何もしていません! 私は聖女です! 神に選ばれた存在です!」
マリアベルの叫びが、広間に虚しく響く。しかし疑惑の目は、既に四方から彼女に向けられていた。
国王が決断を下す。
「今夜のパーティーは中断とする。聖女の魔力については、後日正式に調査を行う。それまで——聖女殿下には、自室での謹慎をお願いしたい」
「そんな……」
マリアベルの膝が崩れそうになるのを、エドワルドが支える。
「マリアベル、大丈夫だ。僕が君を守る」
しかしその言葉には、もはや以前のような力強さはなかった。
二人が衛兵に付き添われて退場していく。その背中を見送りながら、リーゼロッテはレオンハルトに囁いた。
「予想より早く綻びが見えましたわね」
レオンハルトは複雑な表情で彼女を見つめた。
「……楽しんでいるのか?」
その問いに、リーゼロッテは足を止めた。周囲の喧騒の中、二人だけの静寂が生まれる。
「楽しんでなどいません」
リーゼロッテの声は、いつになく静かだった。
「ただ……母を殺した者たちと同じ穴の狢に、相応の報いを与えているだけですわ」
その瞳には、復讐の炎と——それを覆い隠す深い悲しみが揺れていた。
「……そうか」
レオンハルトは何も言わず、ただ彼女の傍に立ち続けた。
混乱する会場を後にしながら、リーゼロッテは夜空を見上げた。星が冷たく輝いている。
「これは始まりに過ぎませんわ。まだ……終わっていませんもの」
「ああ。分かっている」
「レオンハルト様」
「何だ」
「……傍にいてくださって、ありがとうございます」
「礼など要らん。……これからも、そうするだけだ」
聖女の仮面に入った亀裂。それは、やがて全てを崩壊させる大きな罅へと広がっていく。
復讐の舞踏会は、まだ続いていた。




