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血縁と毒の調合

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

ヴァイスブルク公爵邸の離れに設けられた書斎は、深夜にもかかわらず蝋燭の明かりが揺れていた。壁一面を覆う書棚の影が、まるで秘密を囁き合うように揺らめく中、リーゼロッテは机上に広げた古い系図と睨み合っていた。


「お嬢様、これが男爵夫人の家系図でございます」


エルザが恭しく差し出した羊皮紙には、幾重にも絡み合う血筋が記されていた。


「……ありがとう、エルザ」


リーゼロッテの細い指が、一本の線を辿っていく。男爵夫人アンネリーゼ・フォン・エーデルシュタイン。その名から遡ること三代——そこに、ある名前が浮かび上がった。


「エルザの推測通り、三代前まで遡ると王妃様の生家の血筋と繋がりますわね。やはり男爵夫人は王妃様の遠縁にあたる」


淡い銀灰色の髪が、蝋燭の明かりを受けて幽玄に輝く。薄紫水晶のような瞳は、系図の上で凍りついたように動かない。


「推測が確信に変わりましたね。偶然にしては出来過ぎております」


エルザの声には、抑えきれない緊張が滲んでいた。


「単なる親切心で、素性の知れない孤児を引き取る……そのような美談を信じるほど、私は楽観的ではありませんわ」


リーゼロッテは静かに系図を机に置いた。その所作は穏やかだったが、声には氷のような冷たさが混じっていた。


「つまり、聖女が王太子殿下のお傍に送り込まれたのは……」


「王妃様が直接関与しているとすれば、事態は一段と厄介になりますわね」


エルザは主人の横顔を見つめた。儚げな美貌の奥に潜む冷徹な知性。五年間の婚約期間、この令嬢がどれほどの策謀を巡らせてきたか、エルザは誰よりも知っている。


「王妃様を敵に回すことになれば、お嬢様のお立場も……」


「王太子殿下の愚かさは、彼個人の資質だと思っていましたが……どうやら、血筋というものは争えないようですわね」


微かな嘲笑が、薄い唇から零れた。リーゼロッテは椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。パステルブルーのナイトガウンが、月明かりに溶けるように揺れる。


「いかがなさいますか」


「慎重に参りましょう。王妃様を相手にするには、もう少し……証拠が必要ですわ」


系図を畳みながら、リーゼロッテは静かに決意を固めた。



離れの玄関ホールに、重い足音が響いた。


書斎から出たリーゼロッテが階段を降りると、そこには予想外の人物が立っていた。レオンハルト・フォン・ヴァイスブルク。漆黒の髪は乱れ、深い紺碧の瞳には——普段の無表情とはかけ離れた、むき出しの感情が宿っていた。


「リーゼロッテ」


低い声が、夜の静寂を切り裂いた。


「レオンハルト様……? こんな夜更けに、どうなさったのですか」


「無事に戻ったようだな。だが——」


「ええ。グレーテル院長から、大変有益な証言を……」


「やはり直接行くべきではなかった。危険な真似をするな」


その言葉は、ほとんど怒鳴り声に近かった。リーゼロッテは一瞬、瞠目した。この男がこれほど声を荒げる姿を、見たことがなかった。


「……レオンハルト様?」


「王妃に目をつけられれば……お前がどうなるか、分かっているのか」


レオンハルトの拳が、白くなるほど握りしめられている。彫刻のように整った美貌に、苦悩の影が落ちていた。


「存じております。ですが、証拠なくしては何も始まりませんわ」


「お前の母上も——」


言いかけて、彼は口を噤んだ。しかしその言葉の続きは、リーゼロッテには痛いほど分かっていた。母もまた、王宮の政争に巻き込まれて命を落とした。その事実を、彼は知っている。


「……すまない。言い過ぎた」


「いいえ、お気遣いありがとうございます。貴方が心配してくださっていることは、よく分かっておりますわ」


リーゼロッテは一呼吸置いて、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。


「分かっているなら、なぜ……」


「でも私、臆病者ではありませんの」


その声は、あくまでも柔らかい。しかし続く言葉には、鋼のような意志が込められていた。


「母が命を落としたあの日から、私は怯えて生きることをやめましたわ。怯えたところで、誰も守ってはくれませんもの」


薄紫水晶の瞳が、紺碧の瞳を真っ直ぐに見据える。二人の間に、張り詰めた沈黙が流れた。


「……俺は、お前を止める気はない。止められないことも、分かっている」


レオンハルトが口を開く。その声は、先ほどの激情とは裏腹に、搾り出すように低かった。


「レオンハルト様……」


「だが、頼むから——せめて俺を頼れ」


その言葉は、懇願だった。氷の公爵子息と呼ばれ、社交界の誰もが恐れる男の、むき出しの感情。リーゼロッテは初めて、彼の仮面の下にある素顔を見た気がした。


「一人で全てを背負おうとするな。俺の力を、使えばいい」


応接間に移動した二人は、月明かりだけが差し込む部屋で向き合っていた。エルザは気を利かせて姿を消している。


「私はこれまで、誰かを頼ったことがありませんでした」


リーゼロッテは窓辺に立ち、庭園を見下ろした。春の夜風が、薄手のガウンを揺らす。


「……ああ。知っている」


「母を亡くしてから、私を守ってくれる者はいなかった。父は私を道具としか見なさず、婚約者は私を退屈な人形と嘲笑った」


月明かりに照らされた横顔は、どこか儚げだった。しかしその瞳には、氷のような強さが宿っている。


「だから私は、自分で全てを完結させることを選びました。誰にも弱みを見せず、誰にも頼らず……」


リーゼロッテは言葉を切り、ゆっくりと振り返った。


「でも、貴方だけは……私を人として見てくださいました」


レオンハルトは動かない。ただ、深い紺碧の瞳で彼女を見つめている。


「当然だ。お前は——お前以外の何者でもない」


長い沈黙の後——リーゼロッテは、静かに頷いた。初めて見せる、飾りのない仕草。策略も計算もない、純粋な信頼の表明。


「……ありがとうございます、レオンハルト様」


「これからは……貴方を頼らせていただいても、よろしいでしょうか」


「……ああ」


レオンハルトの強張っていた肩が、微かに下がった。彼は何も言わなかった。しかしその瞳には、言葉以上の安堵が浮かんでいた。



場面は王宮へと移る。


エドワルド王太子の私室は、豪華な調度品で飾り立てられていた。金糸で刺繍されたカーテン、大理石の暖炉、壁一面を覆う歴代王族の肖像画。


「殿下、婚約発表の準備は順調でしょうか」


マリアベルは、最も得意とする演技で口を開いた。翡翠色の瞳を伏せ、清楚な白いドレスに身を包んだその姿は、まさに聖女そのものだった。


「来週の婚約発表、準備は順調だよ。マリアベル、君の晴れ舞台だ」


エドワルドが上機嫌で言う。金髪碧眼の美貌は相変わらず眩しいほどだが、マリアベルにはその言葉が上滑りして聞こえた。


「……ありがとうございます、殿下」


「どうした、浮かない顔をして。まさか緊張しているのかい?」


「いえ……ただ、少し気になることがあって」


『アウグスト・フォン・ゲルトナー侯爵子息を逮捕』——その報せを聞いてから、マリアベルの周囲で何かが変わった。使用人たちの視線。侍女たちの囁き声。以前は崇拝の眼差しで見つめられていたはずなのに、今は……。


「気になること?」


「アウグスト様が……逮捕されたと聞きました」


「ああ、あれか。確かに驚いたが、あいつは自業自得だ。賭博場などに手を出すから」


「ですが殿下、あの方は殿下のお近くにいらした方です。もし何か……」


「心配することはないよ、マリアベル。アウグストのことと僕は関係ない」


「……はい、殿下」


マリアベルは微笑みながら、内心で舌打ちした。この男は何も分かっていない。アウグストの逮捕は、単なる偶然ではない。誰かが仕組んでいる。


考えられる敵は誰か。


ふと、一人の女の顔が浮かんだ。銀灰色の髪、薄紫水晶の瞳。儚げで、地味で、何の脅威にもならないと思っていた——元婚約者。


まさか。あの女に、そんな知恵があるはずがない。


しかし——嘲笑の下で、不安が蠢いている。


「殿下……怖いのです、殿下」


マリアベルは翡翠色の瞳を潤ませ、震える声で囁いた。


「マリアベル……どうしたんだ、泣いているのか」


「誰かが……私を陥れようとしている気がして」


エドワルドが振り返る。その瞬間、マリアベルの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。泣き顔すら絵になる——それが彼女の武器だった。


「何を言っているんだ。君は聖女だぞ? 誰が君を陥れようなどと」


「分かりません……でも、最近使用人たちの視線が変わった気がするのです。侍女たちの囁き声も……」


エドワルドは慌てて彼女に駆け寄り、その華奢な肩を抱いた。


「大丈夫だ、マリアベル」


「僕が守る」


その言葉に、マリアベルは内心で冷笑した。あなたに、何ができるというの?


「……殿下」


「来週の婚約発表で、全ての噂を払拭してみせる。マリアベルの奇跡の力を、王宮の全員に見せつけるんだ」


——奇跡の力。その言葉に、マリアベルの心臓が跳ねた。


「奇跡の力を……見せつける、ですか」


「病気の老貴族がいる。彼を癒してみせれば、誰もマリアベルを疑わなくなる」


エドワルドは得意げに笑った。自分の思いつきに酔いしれている顔。


「……はい、殿下。殿下がいてくださるから、私は……」


「何も心配するな。全て僕に任せておけばいい」


聖女の微笑みを浮かべたまま、マリアベルは頷いた。しかし断ることはできない。断れば、疑われる。


その頃、エドワルドの懐には、既に別の調査令状が届きつつあった。王家資金横領の件で。


『僕が守る』——その誓いがどれほど空虚なものか、彼はまだ知らない。



深夜のヴァイスブルク公爵邸。


リーゼロッテの私室の奥には、一般の来客には決して見せることのない空間があった。薬品棚。壁一面に並ぶガラス瓶には、様々な色の液体や粉末が収められている。


蝋燭の明かりだけを頼りに、リーゼロッテは作業台の前に立った。パステルカラーのドレスの上に、実験用の白い前掛けを着けている。銀灰色の髪は高く結い上げられ、その表情は真剣そのものだった。


「月光草の精油……霜花石の粉……黄昏蜂の蜜蝋……」


独り言のように呟き、彼女は棚から瓶を取り出し始めた。


青い液体——『月光草の精油』。魔力の流れを可視化する触媒。銀色の粉末——『霜花石の粉』。術式を一時的に凍結させる効果がある。琥珀色の結晶——『黄昏蜂の蜜蝋』。効果の持続時間を延長する。


「致死毒ではない。殺すのは、まだ早い」


リーゼロッテは薄く微笑んだ。その笑みには、氷のような冷酷さが宿っていた。


「聖女様には、まず仮面を剥がしていただかなければ」


彼女の手が、正確無比な動きで材料を調合していく。蒸留器が静かに湯気を上げ、液体が混ざり合う音だけが室内に響いた。


毒物学——それは、母から受け継いだ知識だった。エリーゼ・フォン・シュヴァルツェンは治癒術の達人であり、同時に毒物にも精通していた。毒を知らずして、解毒はできない。それが母の教えだった。


「……母上」


手が一瞬、止まった。


「貴女が教えてくださった知識が、今こうして役に立っていますわ」


しかしすぐに、リーゼロッテは作業を再開した。感傷に浸っている暇はない。


三十分後。透明な液体が、小さなガラス瓶に収められた。一見すると、ただの水にしか見えない。香りもない。味もない。


しかしこれを摂取した者は——


「これを摂取した者は、魔力が一時的に封じられ、隠している術式が全て無効化される」


リーゼロッテは瓶を光にかざした。月明かりを受けて、液体が微かに虹色に煌めく。


『真実を暴く薬』。聖女の『奇跡』が、実は禁術——他者の生命力を吸い取る忌まわしい術式であることを、白日の下に晒すための道具。


「聖女様の『奇跡』が偽りであることを、みなさまにお見せしなければなりませんわね」


「聖女様」


リーゼロッテは呟いた。蜜のような微笑みが、薄い唇に浮かぶ。


「貴女の仮面を剥がすお手伝い、させていただきますわ」



薬瓶を懐にしまった時、部屋の扉が静かに開いた。


「お嬢様」


エルザが入ってきた。その手には、一通の封書が握られている。蝋で封印された、王家の紋章入りの招待状。


「何かしら、エルザ」


「婚約発表パーティーへの招待状が届きました」


リーゼロッテは招待状を受け取り、封を切った。豪華な金縁の便箋に、流麗な文字が並んでいる。


『王太子エドワルド・ローゼンクランツ殿下と聖女マリアベル・エーデルシュタイン嬢の婚約発表パーティーにご出席賜りたく……』


「あら。わざわざ私を招待してくださるとは、殿下もお優しいこと」


「来週でございますね」


「絶好の機会ですわ」


リーゼロッテは便箋を畳みながら、冷笑を浮かべた。


「お嬢様、レオンハルト様がエスコート役を申し出ておられます」


「そう……氷の公爵子息がエスコート。社交界は騒ぎになるでしょうね」


エルザは無表情を保ちながらも、目には鋭い光が宿っていた。


「それも計算のうちでございますか?」


「いいえ」


リーゼロッテは珍しく、本音を零した。


「……お嬢様?」


「彼の申し出は……純粋に、ありがたいと思っていますわ」


エルザは一瞬、目を見開いた。しかしすぐに元の表情に戻り、恭しく一礼した。


「かしこまりました。準備を進めさせていただきます」


エルザが退室した後、リーゼロッテは懐から薬瓶を取り出した。透明な液体が、夜明けの光を受けて煌めいている。


窓の外で、夜明けを告げる鐘が鳴り始めた。新しい日が始まる。そして——復讐劇の、新たな幕が上がろうとしていた。


「聖女様」


リーゼロッテは囁いた。その声は甘く、しかし致命的な毒を孕んでいた。


「貴女の仮面を剥がすお手伝い、させていただきますわ。……来週の晩餐会で」


薄紫水晶の瞳に、冷酷な決意の光が宿る。蜜のような笑顔の下で、毒は静かに牙を研いでいた。


『真実を暴く薬』を手に、リーゼロッテは婚約発表パーティーの夜を待つ。


聖女の没落が、もう間もなく始まる——。

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