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招かれざる客

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

午後の柔らかな陽光がヴァイスブルク公爵邸の私室に差し込む中、リーゼロッテは窓辺の長椅子に腰掛け、刺繍枠を手にしていた。しかしその白い指先は、針を動かすことなく静止している。薄紫水晶の瞳は、窓の外で風に揺れる春の薔薇を見つめているようで、実際には遥か遠くを見ていた。


「お嬢様、お手紙が届いております」


静かな足音と共に、エルザが銀の盆を手に入室した。その上には一通の封書が載せられている。深紅の封蝋には、見慣れた紋章——シュヴァルツェン伯爵家の黒鷲が刻まれていた。


リーゼロッテは刺繍枠を脇に置き、封書を手に取った。


「……シュヴァルツェン家の紋章ですわね。父からの手紙など、随分と久しぶりですこと」


「封蝋に細工はございません。ただ……内容が気がかりでございます」


エルザの声には、抑えた緊張が滲んでいた。リーゼロッテは封を切り、便箋に目を通す。その薄紫水晶の瞳に、かすかな冷笑が浮かんだ。


「……晩餐会への招待ですわ。父からの。療養の見舞いを兼ねた親子の晩餐、とありますわね」


「伯爵様から? お嬢様、これは明らかに——」


「罠、でしょうね」


リーゼロッテは便箋を折り畳みながら、淡々と続けた。


「王宮で聖女の禁術が暴かれた直後にこのような招待……偶然とは思えません」


「わざわざ私を呼び出すほどの用件があるということ。王宮から何らかの圧力がかかったのでしょう。あるいは……マリアベル様からの働きかけかもしれませんわ」


「ならば欠席を——」


「いいえ」


リーゼロッテは立ち上がり、窓の外を見つめた。公爵邸の庭園では、春の薔薇が鮮やかな花を咲かせている。その紅は、まるで血の色のようだった。


「行きますわ、エルザ。父が何を企んでいるか、確認する必要がありますもの」


「しかし、お嬢様の身に何かあれば……私は……」


エルザの声が震えた。普段は冷静な侍女が見せる、稀な感情の発露だった。


「何かある前提で準備をしておけばよいのです」


リーゼロッテは振り返り、微笑んだ。それは社交界で見せる儚げな笑みではなく、策略家としての冷たい笑みだった。


「解毒剤の用意、護身用の魔道具、そして……万が一の脱出経路。あなたなら完璧に整えてくださるでしょう?」


「……かしこまりました。全て抜かりなく準備いたします。ワインへの混入を想定した吸収布、三種の解毒剤、そして脱出用の合図も手配いたしましょう」


「ありがとう、エルザ」


リーゼロッテは再び窓の外に視線を向けた。実家の伯爵邸は、この公爵邸から馬車で半刻ほどの距離にある。かつて母と過ごした場所。そして母を失った場所。


「……父上、私を甘く見ていらっしゃるのね」


その呟きは、誰の耳にも届かなかった。



翌日の昼過ぎ、リーゼロッテは離れの応接間でレオンハルトと向き合っていた。窓から差し込む陽光が、彼の漆黒の髪に青い光沢を与えている。


「伯爵から招待状が届いたと聞いた」


レオンハルトの声は低く、抑制されていた。深い紺碧の瞳が、リーゼロッテの顔を真っ直ぐに見つめている。


「レオンハルト様。ええ、療養の見舞いという名目ですわ。実際には何を企んでいるのか……確かめに参ります」


「俺が同行する」


簡潔な、しかし有無を言わせない響きだった。


リーゼロッテは首を横に振った。


「ありがたいお申し出ですが、お断りいたしますわ」


「なぜだ」


「これは家族の問題ですわ」


リーゼロッテは穏やかに、しかし毅然と答えた。


「父と私の間には、長年積み重なったものがあります。貴方を巻き込むわけには参りません」


「巻き込まれることを望んでいると言ったら?」


レオンハルトの言葉に、リーゼロッテの心臓が小さく跳ねた。しかし彼女は表情を崩さなかった。


「それでもお断りいたしますわ。ヴァイスブルク公爵家の名を、シュヴァルツェン家の醜聞に関わらせるわけにはいきません。父がどのような手を打ってくるか分からない以上」


「……分かった」


意外にもあっさりと、彼は引き下がった。しかしその声には、完全に諦めたとは思えない響きがあった。


「……あら、意外と素直にお引き下がりになりますのね」


リーゼロッテが軽く眉を上げると、レオンハルトは無表情のまま言った。


「だが、何かあれば必ず俺に知らせろ。約束できるか」


「ええ、お約束いたしますわ」


「……気をつけろ。お前の父は、お前が思っている以上に追い詰められている」


その言葉に、リーゼロッテは微かに目を細めた。


「存じておりますわ。追い詰められた獣ほど危険なもの……私も、それは心得ております」


レオンハルトは彼女の顔をじっと見つめた後、小さく頷いた。その深い紺碧の瞳は、彼女が部屋を出ていくまで、一度も逸らされることはなかった。



リーゼロッテが応接間を去った後、レオンハルトはしばらくその場に立ち尽くしていた。彼女の後ろ姿を見送った窓に、傾き始めた陽光が差し込んでいる。


彼は傍に控えていた使用人に命じた。


「エルザ・ミュラーを呼べ」


使用人が去ると、レオンハルトは使用人控室へと足を向けた。主人の応接間ではなく、あえて使用人の領域で話をする——それは、この件を極秘にしたいという意図の表れだった。


程なくして、エルザが姿を現した。栗色の髪をきっちりと結い上げた彼女は、いつも通り背筋を伸ばし、鋭い茶色の目でレオンハルトを見つめた。


「お呼びでしょうか、レオンハルト様」


「リーゼロッテが伯爵邸に行くことは知っているな」


「はい。既に準備を進めております」


「俺の配下の護衛を同行させたい。お前の手配する者とは別に」


エルザの表情がわずかに曇った。


「……お嬢様は、単独で行くとおっしゃっておいででした」


「知っている。だからこそ、表向きは単独のまま、裏で守りを固める。お前が先に伯爵邸の周囲に人を配置しろ。俺の護衛はその外側を固める」


「……お嬢様の意向に反することになりますが……」


「あの方を——」


彼の声が、わずかに震えた。氷の公爵子息と呼ばれる男が、感情を露わにする稀有な瞬間だった。


「あの方を守りたい。俺には、それしかできない」


エルザは目を見開いた。そして深く頭を下げた。


「……かしこまりました。連携いたします、レオンハルト様。お嬢様には内密に、万全の態勢を整えましょう」


「頼む」


その二文字には、公爵家嫡男としての命令ではなく、一人の男としての懇願が込められていた。


「レオンハルト様。私からも一つ、お願いがございます」


「何だ」


「万が一の際には……躊躇なく突入してくださいませ。お嬢様は、ご自身の身の安全より計画を優先なさる方ですから」


「……ああ。分かっている」


レオンハルトの声は低く、決意に満ちていた。



数日後の夕刻。シュヴァルツェン伯爵邸の正面玄関に、一台の馬車が停まった。御者が扉を開け、リーゼロッテが優雅に降り立つ。


淡いラベンダー色のドレスに身を包んだ彼女は、まさに「療養中の令嬢」の役を完璧に演じていた。頬には薄く紅を差し、儚げな印象を強調している。袖口には、エルザが仕込んだ吸収布が隠されていた。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


出迎えた使用人の顔には、困惑と安堵が入り混じっていた。婚約破棄後、一度も戻らなかった令嬢の突然の帰還。屋敷の空気は、どこかよそよそしい。


リーゼロッテは微笑みを浮かべながら、玄関ホールを進んだ。かつて母と駆け回った廊下。幼い日の笑い声が、今も木霊しているような気がする。しかしその記憶を、彼女は表情に出さない。


晩餐の間への扉が開かれた瞬間、リーゼロッテは足を止めた。


「リーゼロッテ。よく来てくれた。さあ、こちらへ」


テーブルの上座に座っていたハインリヒが立ち上がった。その顔には——信じがたいことに——穏やかな笑みが浮かんでいた。銀灰色の髪に冷たい灰色の瞳を持つ父の顔が、こうして笑みを浮かべているのを見るのは、母が生きていた頃以来だった。


「お招きいただきありがとうございます、父上。お久しぶりでございますわ」


彼女は優雅に一礼し、示された席についた。テーブルには既に料理が並べられ、燭台の炎が銀食器を照らしている。


「療養が順調で何よりだ。顔色も随分と良くなったな」


ハインリヒは杯を持ち上げながら言った。その目は、娘を値踏みするように動いている。


「ええ、皆様のおかげでございますわ。ヴァイスブルク公爵家には大変よくしていただいております」


「そうか。公爵家との縁は、我が家にとっても重要だ。……さあ、乾杯しよう。娘の健康を祝して」


「父上の健康にも」


ハインリヒがグラスを掲げる。リーゼロッテも同じようにグラスを持ち上げた。


その瞬間、彼女の鼻腔がかすかな異臭を捉えた。通常なら気づかないほど微量の——しかし彼女の訓練された嗅覚には明確な——苦味を伴う香り。それは眠りを誘う薬草と、記憶を曖昧にする毒物の混合物だった。


「どうした、飲まないのか」


ハインリヒが訝しげに眉を上げる。


リーゼロッテは何食わぬ顔でグラスを傾けた。しかし液体が唇に触れる直前、彼女は巧みに袖口のレースを口元に当てた。まるで咳き込むような仕草で。


ワインは彼女の唇ではなく、仕込んでおいた吸収布に染み込んだ。


「あら、失礼いたしました。少しむせてしまっただけですわ。ご心配なく」


「……そうか。体調が万全でないなら、無理をすることはない」


ハインリヒの目が、かすかに細まった。娘のワイングラスの減り具合を注視している。


「お気遣いありがとうございます、父上。……今日はどのようなご用件でしょうか。わざわざ晩餐の席を設けてくださるなど、珍しいことですわね」


「用件か……そうだな」


ハインリヒがフォークを置いた。穏やかな仮面が、徐々に剥がれ落ちていく。


「お前に話しておかねばならないことがある」


「何でしょう?」


「王宮から圧力がかかっている」


ハインリヒの声は、先ほどまでの穏やかさを完全に失っていた。冷たく、事務的な響き。


「……圧力、でございますか」


「お前が聖女を陥れたという噂が広まっている。婚約発表の夜に起きた騒動の黒幕がお前だと」


リーゼロッテは驚いた表情を作った。


「私が……? そのような……心外でございますわ。私は何も」


「言い訳は聞いていない」


ハインリヒが遮った。


「事態を収拾するため、お前には暫く修道院で暮らしてもらう。聖ベルナルディーナ修道院……王都から三日ほどの山奥にある。そこで静かに祈りの日々を送れ」


リーゼロッテの胸中で、冷笑が広がった。


修道院送り。体のいい幽閉。そして証人の排除。


「修道院、でございますか」


「ああ。騒ぎが収まるまでの間だ。お前のためでもある」


嘘だ、と彼女は思った。これは父の保身のため。そして、おそらくマリアベル側からの圧力への屈服。


「父上」


リーゼロッテは静かに口を開いた。儚げな仮面は、もう必要なかった。


「私が従うとお思いですか?」


その声は、氷の刃のように鋭かった。


ハインリヒの顔色が変わった。


「……何だと?」


「私はもう、貴方の駒ではありませんわ。王太子との婚約が破棄された時点で、シュヴァルツェン家の道具としての役目は終わったはず。違いますか?」


「口の利き方に気をつけろ、リーゼロッテ。お前はまだ私の娘だ」


「娘?」


リーゼロッテの声が、かすかに震えた。それは怒りではなく、長年抑え込んできた感情の波紋だった。


「私を娘として扱ったことが、一度でもおありでしたか?」


ハインリヒは沈黙した。そして、その沈黙の中で、彼の目に危険な光が宿った。


「……お前は分かっていないようだな」


「何をでしょう?」


「従わねば——」


ハインリヒは言葉を切り、娘の目を真っ直ぐに見据えた。


「お前の母と同じ運命を辿ることになるぞ」


時が、止まった。


燭台の炎が揺らめき、銀食器が鈍く光を反射する。その中で、リーゼロッテの薄紫水晶の瞳だけが、絶対零度まで冷えていった。


母と同じ運命。


病死と発表された、あの日。十五歳の自分が母の冷たくなった手を握りしめていた、あの日。


「……やはり」


リーゼロッテの声は、恐ろしいほど静かだった。


「何がやはりだ」


「母を殺したのは、貴方だったのですね」


ハインリヒの顔から、一瞬血の気が引いた。自らの失言に気づいたのだ。


「……何を馬鹿な」


「ずっと疑っていましたわ。でも確信がなかった。証拠を集めても、どこかで信じたくない自分がいた。実の父が、母を……」


「黙れ!」


ハインリヒが怒鳴った。しかしリーゼロッテは微動だにしなかった。


「貴方の口から、聞けるとは思いませんでしたわ。『母と同じ運命』……つまり、貴方の手にかかって死ぬということですわね?」


「お前は……お前は、いつから……」


「いつから? そうですわね……母が死んだあの日から、ずっと」


その言葉を最後に、二人の間に重い沈黙が落ちた。


——その時だった。


晩餐の間の扉が、音もなく開いた。


「あら、親子水入らずのところをお邪魔してしまいましたかしら?」


甘い、しかしどこか毒を含んだ声が響いた。


扉の向こうに立っていたのは、蜂蜜色の巻き毛と翡翠色の瞳を持つ女——マリアベル・エーデルシュタインだった。


純白のドレスに身を包み、銀の髪飾りを戴いた姿は、まさに「聖女」そのもの。しかしその目には、禁術の疑惑で追い詰められた者特有の、狂気じみた輝きが宿っていた。


リーゼロッテは瞬時に状況を把握した。


父とマリアベルが繋がっていた——そしてもう一つ、彼女の頭の中で疑問が閃いた。王宮で謹慎を命じられていたはずの彼女が、なぜここに? 国王の命に背いてまで、この場に現れる理由とは——。

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