第二十五話
本当に大変お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
(深夜、会社で三途の川を渡りかけてました。)
ゴドウと共に、白猿を足止めしつつ後継者を探す作戦を立てている時、俺はいくつか白猿に対抗する術を習った。さっきの真言である「ボジソワカ」もその一つだ。
かつ、ゴドウが結界に割く力を、事が事ならば全て封印の堂に注ぎ込むとのことだった。
俺の背負い投げを食らった白猿は、ノソノソと這い出してくる。
「ちっ、まだ本調子じゃないか……弱い小童ごときに投げられるとはな」
「軽口叩けるぐらいには余裕ってか」
「目障りな小童だ。さっさと瓢箪渡してくたばれ」
白猿は勢いよく息を吸い込むと、地面をドンと足で叩く。すると、俺と三郎が吸い込まれた猿のバケモンが地面から何体も出てきた。
「んなっ」
「ちっ……儂の残滓もまだこの程度か。まぁ良い。カスでも数がいればな」
「ギ……ギ……」とうめき声を上げつつ、二、三体のバケモンが俺を取り囲むように来る。真っ黒な眼孔と大きな口を開けて。
「こいつらは儂の力の残り滓みてぇなもんだが、小童一人取り押さえるぐらいには動くからな」
「……クソが」
俺は悪態をつきつつ迫ってくる真っ黒なバケモンから逃げ続ける。だが、足がもつれて転んでしまった。
「ざまぁないな小童!引っ捕らえろ!」
一匹(?)のバケモンが俺にのしかかってくる。俺は無我夢中でソイツの横っ面を叩いた。すると、「ギ!」と叫び、ソイツが俺の上から転がった。
おい、こいつ殴れんのかよ。しかも結構弱い。
そうとくりゃ
「オラァ!!邪魔だコラァ!」
俺は向かってくるバケモンどもを蹴り飛ばし、投げ飛ばし、ビンタをかましていった。
しかし、いくら投げ飛ばしても倒せている訳でもなく。仁王立ちをしている白猿の足元からは続々と新しいバケモンたちが湧き上がってくる。
「キリがねぇ……!」
段々と俺の息も上がってきた。白猿は「酒まであと少しあと少しだ」とブツブツ言っている。ただのアル中じゃねえか、もう面倒臭いから瓢箪渡そうかな。と俺が思っていると
「その酒さえ飲めば儂はここから出れるほどの力を得られるんだからなぁ!」
と叫び始めた。
嘘だろ、渡す訳にいかねえじゃねぇか。
バケモンたちの勢いが増す。俺は手近なバケモンの頭を蹴り飛ばすと、空いているスペースを見つけて走った。
振り返ると視界を埋め尽くすほどのバケモン。「「ギ……」」と言う大合唱。
今度こそ詰んだか、これは。と俺が荒い呼吸で辺りを見回すと、群れの奥のほうにいた一匹のバケモンの目が赤く光っていることに気がついた。ソイツの口がパクパクと動く。はて。俺は目を凝らしてソイツの口の動きを読んだ。
「……(ヒョウタン……ヲ……コノクチへ……ゴドウ……)」
ゴドウの野郎、式神混ぜ込みやがった!有能すぎるだろ!俺は友達いなさすぎて習得した読唇術に感謝しつつスクラムを組んでいたバケモンの背を飛び越える。
その頃になってようやく白猿も
「虫ケラが一匹混じってやがるな……!」とか言い出したが、もう遅い。俺はバケモンの群れをかき分けて、赤い目のやつの口に瓢箪をタッチダウンした。
ギュルルと瓢箪が吸い込まれ、バケモンも泡のように消える。堂の外側からゴドウが「シカト、アズカッタ」と大きな声を張り上げた。
白猿は悔しさのあまり雄叫びのように唸り、堂の扉へと突進する。ドォン!と音がなり、堂全体が軋むが、扉は開かなかった。気づけば、バケモンの群れも掻き消えている。
「小童ァァ!!!」
俺は怒り狂った白猿に轢かれて無事に死亡した。
……タイムリミットまで、あと18時間。
それから俺は何度も死んだ。いや結構頑張ったよ?でもこのアル中、怒りが収まらないのか毎度毎度、踏み潰すように殺しに来るもんだから、避けるのも精一杯だった。
幾分か目が慣れてくると、そのうち白猿も、俺たち「プレイヤー」の存在を理解してきたようで、
「また湧きやがって雑魚が」
と悪態をつきつつ迫ってくるようになった。リポップするモンスターたちの気持ちが分かりましたよ。きっと、血走った目で襲われるスライムくんたちもこんな気持ちなんだろうなって。
しかし、時間が迫るにつれて堂の封印も解けてきたのか、白猿の動きが格段に速くなってきた。それまでは少しばかり余裕を持って避けていたが、それもない。
「ぬぅあ!っぶね」
危ねぇ危ねぇと俺は地面を転がる。掠めただけで両腕を持っていかれたわ。俺は残った足を懸命に動かして逃げる。
「つくづくおかしなモノだな、ぷれいやーというのは」
白猿が半ば呆れているように言いつつ追いかけてくる。こうも何度も顔を合わせていると、白猿もシステムのアップデートがあったみたいで、俺たちの存在を理解したらしい。そのまま捕まり、俺は首を捩じ切られた。
残り2時間と少し。俺が死ねるのもこれが最後。
頼みの綱の三郎たちはいまだに来ない。
リスポーンすると、タイムリミットのアナウンスが脳内に響いた。
『祀わぬ白猿神の解放まで、残り5分です』
非常にまずい。内心、さっき死んだあとに三郎たちがきてくれていないかと期待していたが、まだ来ていないようだ。
「ゴドウ!!!」
俺は堂の扉に駆け寄り、外にいるはずのゴドウを呼ぶ。弱々しい声で、ゴドウは軽く返事をした。
「マダダ……スマヌ……耐エテクレ」
「……わかった」
増援はまだ来ず。俺は振り返る。
さっきまで(俺がさっき死ぬまで)あくびを噛み殺すように俺を殺していた白猿は全身の毛を波打たせていた。
「随分、やる気じゃねぇかあんさん」
「当たり前だろ。千年ぶりだぞ、小童、ようやっと、ようやっとここから出れる」
一歩、また一歩と白猿はこちらに向かってくる。その足取りは千年分の重みを乗せていた。
だから俺も、同じように前に進む。
「……?この丸一日逃げ回っていただろう」
「そうだな」
「なぜ今頃、儂に向かってくる?儂の解放はもう目の前。貴様らが使っていた真言やら封印やらの小技は、もはや通用せんぞ」
俺と白猿の距離はもう既に数メートルであった。アヤツがその気になれば一瞬で俺の頭を吹っ飛ばせる距離。
「いや、ちげぇな」
俺は僅かに首を傾げる。直前まで俺の頭があった場所に、轟音を立てて石が飛んだ。白猿は怪訝な顔をする。その直後、大きく一歩を踏み込むと、白猿は上から叩きつけるように拳を振るう。
俺は体を左に捌きつつ、合気道の要領で関節を逆手に取り後ろに放り投げる。
グルングルンと白猿は宙を舞ったが、ストンと着地をした。その顔は驚愕に染まっていた。
「なんだ小童!儂の封印は解けかけ、力は戻っているんだぞ!初めにぶん投げられたような儂ではない!」
驚愕と共に、若干の怯えだろうか。それもそうだろう。さっきまで逃げ回り、何度も他愛無く死んでいたニンゲンなんだから。俺は腰を落として身構え、不敵に笑み浮かべた。
「遊んでやるよ寝坊助」
白猿は堂が崩れるほどの叫び声を上げた。
いや、本当に何のことはない。ただ、白猿の攻撃パターンと技の起こりを何度も体で覚えたから。それこそ死にながら。
いちいち痛いんだもん、嫌でも攻撃パターン読めるようになるだろ。
それに、ゴドウが力を振り絞って、俺にバフをかけてくれてるみたいだしな。さっきから体の調子がいい。
俺は激昂する白猿を片手でいなしつつ、三郎が今に扉の外から俺のことを呼ぶんじゃねぇかと待っていた。
信じるしかないからな。
全然きてくれないけど。
無常にもアナウンスが『残り1分です』と告げる。いよいよ白猿も本気を出してきたのか、ぬるり、と拳を握り込むと、黒い炎が白猿の片手を覆う。「やっと妖術が使えるようになったわい」とほくそ笑むと
「火遁……黒漆!」
白猿の咆哮と共に、黒い炎がのたうちながら襲いかかる。やべぇ!こいつぁ初見です!!!
なんとか転がって避けるが俺は左の腕をごっそり、肩ごと持っていかれてしまった。
白猿が高らかに笑う。そして再び手を握り込むと先ほどの黒い炎が何本も立ち上がった。白猿はそれを振り回すように放つ。と、同時に俺の後ろにあった堂の扉がギリギリと音を立て開き『タイムアップです。』とアナウンスが鳴る。
「行かせて貰うぞ小童ぁ!!!」
俺は迫り来る何本もの黒い炎を見据え、避けようとして辞めた。白猿の笑みが深くなる。次の瞬間、炎が地面に着弾し、爆音が響く。
土煙が消えたあと、そこにはもう何もなかった。白猿は「消し飛んだか……ようやっと……出れるわい!!」と満足そうにノシノシと歩く。そんな白猿の股間を
俺は思いっきり後ろから蹴り上げた。
「ギィィヤアア!!!!」
と白猿はのたうち回る。俺が蹴り上げたとはいえマジで痛そうだし、可哀想。あ、うずくまっちゃった。
「おま!!!グゥ……お前!!消し飛んだはずだろう!!!」と白猿が股間を押さえて、息も絶え絶えに言う。俺は地面を指差す。
「身代わりのヒトガタをもらったからなぁ」
地面には焼け焦げてバラバラになったヒトガタが散らばっている。ゴドウに危なくなったら使えと渡されていた
ので、着弾する瞬間にそれを使っていたのだ。
白猿はうめきながらヨロヨロと立ち上がる。「小童ぁ、貴様は許さん……!」と怒り狂った形相で俺を見据えた。
俺は白猿に駆け寄る。白猿は「えっ、ちょっ待て」と股間を押さえているがそんなものは知らない。
白猿の目の前で左足を思い切り地面に突き刺し、俺は右拳をヨロけている白猿の顎先に叩き込んだ。
「グムぅ」と白目を剥くと、大きな猿はそっくりかえるように倒れた。それを見届け、俺も倒れ込む。
「つ、疲れた……!!!」
三郎たちは来なかったが、白猿をのすことはできたようだ。俺はひとしきり地面に横たわり息を整える。制限時間を超えてしまったが、まだしばらく時間稼ぎができる。俺はそう思い、のんびりと体を起こす。
「……嘘ぉ」
「……ゆ、るさ、んぞ、」
白猿さんが、仁王立ちになっていた。その姿は怒髪天であった。……あらまぁ。金玉蹴り上げて顔面にモロに食らっているのに。白猿さんは唸り声と共に、黒い炎を腕に纏わせる。
「覚悟しろよ小童ぁ!!!!」
俺には、もう避ける余力も残っていなかった。迫り来る拳は、どこか覚えがある。……あぁ、酒呑童子にぶん殴られた時みたいだな。風切り音と共に黒い炎が殺到する。すまん、みんな。俺もう無理。そう思った時だった。
「詠唱破棄――大炎弾」
背後から強烈な熱風に襲われる。数えきれないほどの炎の球が、黒い炎の腕もろとも、白猿に着弾した。既にフラフラであった白猿には、それがトドメとなった。
ドッとその巨軀は倒れる。俺の後ろから、大きな魔女帽子を被った冒険者がスタスタと歩いてきた。
「油断大敵は冒険者の鉄則」
「……ス、スミレ!?」
「お礼なら、このサブちゃんに」
堂の扉の前ではボロボロの姿になった三郎が「兄貴ぃ」とか細い声で呼んでいる。その後ろには、倒れ込んだゴドウと、必死に印を結ぶ蕎麦屋の親父がいた。
蕎麦屋の親父が「結印!」と叫ぶと、倒れ伏した白猿が荒縄で締められ、堂はみるみると修復された。俺はスミレに引きずられるように堂の外に出る。
扉が閉まると、蕎麦屋の親父が、文字の書かれた紙を堂の扉に貼り付け、「ひとまずはこれで問題ないかと」と、倒れ込んだゴドウに言った。
俺はギャン泣きで取りついてくる三郎の頭を撫でながら「お前ら……ありがとうな」と礼を言った。その時、アナウンスが鳴る。
『祀ろわぬ白猿神の再封印に成功しました。』
どうやら危機は去ったらしい。
俺は安堵し、気を失った。
目覚めると、どこかの和室の布団の上に寝かされていた。そばには寝息を立てている三郎がいる。俺はそっと起き上がると、傍にいたスミレに気づいた。
「お疲れさま、かしら?」
「……あぁ、ありがとな。」
「私は特に何もしてないけどね」
スミレから聞くところによると、三郎とは江戸市中でたまたま出会ったらしい。上野あたりで半泣きで右往左往しているのを見かねて声をかけたら、小汚いフンドシを見せられ、俺の名前を出されたと。
「因縁かしら……と思ったけどね」
その後、二人で卍先生のところを訪ね、ニャン助を借りて人形町へと向かい、蕎麦屋の親父に事情を説明。親父は一にも二にもなく快諾し、三郎と親父はニャン助に連れられ、スミレは冒険者組合本部のワープ機能で岐阜まできたらしい。
「お前ら……でも、よくニャン助を許容できたな」
「初めて見た時は度肝を抜かれたけど、慣れれば良い子じゃない」
しかし、奥飛騨温泉郷まで着いたところで、人々が今にも神社へ攻め込もうと武装していたらしい。三人でなんとか宥めるのに時間がかかり、ギリギリになってしまったと。
「温泉郷の人たちがこっちに来ないよう、ニャン助ちゃんに見張りを頼んできたのよ」
ニャン助、有能すぎるだろ。あとで会ったらたくさんカツオ節をあげようと決めた。スミレの話を聞いていると、「ン……」と声を上げ、三郎が起きる。
「……あ、兄貴!」
「ありがとうな、三郎。お前のおかげで本当に助かった」
「兄貴〜!!!!」
抱きついてくる三郎の頭を撫でていると、蕎麦屋の親父がガラガラと障子を開けて顔を覗かせる。
「旦那、気がつきましたかい」
「親父!すまねぇな、こんなこと頼んじまって」
「なんの、旦那には世話になりましたから。つなぎの神主ぐらい、朝飯前ですよ」
そしてその後ろから、ゴドウがカタカタと頭蓋を揺らしながら俺に言う。
「オイ……コノ者ハナンダ……コノ梧桐ヨリ遥カニ実力ガアルンダガ……」
蕎麦屋の親父はただもんじゃないと思ったが、本当にただもんじゃなかったらしい。俺はゴドウから瓢箪を受け取ると、ゴドウの肩を叩く。ゴドウはガックシと肩を落とした。
再び封印された白猿は、蕎麦屋の親父によればもうしばらくは出てこれないらしい。引き継ぎの神主が見つかるまでは、もうしばらく現世に残れそうなゴドウと、親父がここを見張るとのこと。スミレは、助太刀に来てレベルも上がったと足取りも軽く帰っていった。
ちなみに。
三郎は蕎麦屋のオヤジが探していた娘ではなかった。
俺が聞いた時、親父から言われた。境遇が似てたからもしかして、と思ったけどなぁ。
生まれた村が違うらしい。そりゃ残念。
次の日、ニャン助を伴い俺は三郎と板橋にいた。
卍先生の家を尋ねると、お茶を出される。
「今回も災難だったようだねえ」
「まったくだ」
卍先生は戻ってきたニャン助にご苦労様とカツオ節を渡しながら、俺のことを労ってくれる。
「三郎ちゃんが駆け込んできた時は慌てたけど、間に合って良かったよ」
卍先生は、ニッコリとほほ笑む。俺の窮地を伝えながら三郎が江戸エリアを駆け回ったことが、幡随院一家や佐之助に話が伝わったらしく、俺を助けるため、幡随院一家が奥飛騨に乗り込みかけたらしいけど。マジでお蝶に会うのが怖くなったじゃん。
俺はしばらく卍先生と話し、しばし三郎を預ける。
そして、今回の大きな原因である両国へ、組合本部へ向かう。
ズカズカと組合本部の扉をバァンと開く。
中にいたプレイヤーたちが一瞬振り返るが、さほど気にはしていないようだ。
しかし、そのプレイヤーのなかをかき分けて、一人のNPCが俺の目の前に走ってくる。
そして、そのままスライディング土下座をかました。
「この度はあああああああああああああマジですいませんでしたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うるせぇ馬鹿」
アリサは、大理石の床に額をこすりつけながら俺に謝罪をしている。
それもそうだ。俺は「薬草採り」の依頼を頼んだんだぜ。封印された白ゴリラと丸一日、タコ殴りにされる依頼を受けた覚えはねぇよ。
「実はかくかくしかじかで……」
要は、奥飛騨からの緊急依頼を重く見た岐阜の冒険者組合が、人手不足もあって、ここ冒険者組合本部に依頼を転送したらしいが、アリサが中途半端に聞いて、中途半端に取り次いだせいで
本来ならAランクパーティ推奨のクエストを、俺に回してしまったと。
「このお詫びはなんでもしますからぁ許してくださいぃ」
「……なんでも?いま、なんでもって言ったか?」
「はぃ…………ま、まさか、わ、私のか、からd!?」
「3つだ」
「……はい?」
俺は青くなったり赤くなったりと忙しいアリサの顔面に3本の指を突きつけ、一本一本数える。
「ひとつ、冒険者組合として奥飛騨、白猿神社の神職の後継者を探すこと」
「ひとつ、いま、引き継ぎで代わりに神職をしている人の娘を探すこと」
「ひとつ、俺に飯を奢れ」
「は、はい!……え、めし?」
目を白黒させながら懸命にメモを取るアリサの顔を覗き込む。
そしてもう一本指を立てた。
「あとな、それからもうひとつだ。」
「な、なんですか!やっぱり、私のからd」
「今すぐ休みを取れ!お前ら職員全員ちゃんと寝ろぉ!」
俺がそう叫ぶと、後ろのカウンターで様子を見ていた他の組合職員が拍手をしていた。
何人かは泣き崩れている。アリサも俺を相手に跪き合掌し始めた。
末期で草。マジで組合長呼んで来い。
それから少しして。アリサは休みを取れた(もぎ取った)らしく、俺と共に組合本部から外に出る。飯を奢ってもらうために、俺も待っていた。2人で外に出ながらアリサは怪訝な顔をする。
「ホントにこんなのでいいんですか?」
「まぁ、幸い、死人も出なかったしな。アンタも悪気があったわけじゃねぇだろ」
「……怒らないんですか?」
「そこまでブチぎれることか?」
「プレイヤーの皆さんは、私が何か失敗すると、すぐ怒られる方が多いですから……」
うーん。
NPCにキレるプレイヤー……だせぇ。
「それに、ウチの組長に休みを取れだなんて掛け合ってくれるし」
あのあと、組合長の部屋に怒鳴り込んで職員を休ませねぇと許さねぇぞって啖呵を切っちゃったんだよな。めっちゃびっくりしてたな、あそこの組合長。なんかヤクザの親分みたいな組合長だったけど。
ちょっと怖かったけど、僕、言い出しっぺなので頑張りました!
「職員、みんなライモンさんに感謝してましたよ」
「そいつぁよかった。上司で苦労すんのはどこでも同じだからな。」
俺らがそう話しこんでいると、目の前に見知った屋台が出ている。
あれ。蕎麦屋の親父じゃねぇか。
「あ、旦那ぁ!」
「おう親父、神社はどうした」
「いやなに、ゴドウさんが「この結界ならしばらく持つ」とのことだったので、仕込んでいた蕎麦だけでも売り切ってから戻ろうかと」
「急な話だったもんな、すまねぇ」
「水臭いことを言わないでくだせぇ旦那ぁ」
アリサが「このお蕎麦屋さんは……?」と言ったので、「今回の立役者。いま、仮の神主してくれてる親父さん」と紹介する。
「ええ!?お蕎麦屋さんが!?」
と、聞いた人ならそうなるよなぁというテンプレの反応を見せる。
あ、そうだ。
「さっき冒険者組合での俺からのお願いに、この親父の話も入ってんだ。……そうしたらよ、俺に蕎麦奢ってくれ」と頼む。
アリサは戸惑いつつも快諾し、二人で屋台の暖簾をくぐった。
親父は快く準備を始める。俺は今回は大盛りを頼むんだ!
俺が蕎麦屋の親父の人探しの話をアリサにしようとする。
だが、アリサはクマだらけの目をキラキラさせながらテンションが上がっていた。
まぁ、その話は食い終わってからでいいか。
「実は私、蕎麦好きなんですよね!!」
「へぇそうなのか」
俺は親父が手際よく準備をしている丼を眺める。
よし、ちゃんと洗ってあるようだ。
「お父さんが、たまに蕎麦を打ってくれたんですよ、私の小さい時ですけど」
「へぇそうなのか」
親父がぱっぱと蕎麦の湯切りをし、盛り付ける。
「いまだに、覚えてるんですよね~、父の味って」
「へぇそうなのか」
親父は盛り付け終わった蕎麦を、トン、とカウンターに置いた。
ついでに大根おろしも添えて。
「わぁ!!美味しそう!いただきまーーす!」
アリサは、嬉しそうに蕎麦を啜り始める。
親父はニコニコとそれを眺めていた。だが、すぐに「むぅ」とアリサの箸が止まり、彼女は箸を置いた。オヤジはひどく慌てた。
「どうなすったお嬢さん!な、なんか入っていやしたか!?」
アリサは「いや……」と首を振る。
「これ、お父さんの味に似てます!」
「……そいつぁ良かった。光栄なことです」
俺はしみじみとしているアリサを横目に蕎麦を啜る。
相変わらずの蕎麦だが、この濃いめの味付けがたまんねぇ。俺は品が悪いが、蕎麦をすすりながらアリサに聞いた。
「親父さんは蕎麦屋なのか?」
「いえいえ、全然違います……もういないんですよ」
「む、これは嫌な事聞いちゃったか」
「いいんですよ。」
ちょっと気まずい。俺が黙っているとアリサは蕎麦をチビチビと啜りながら話し始めた。
「私、越後のど田舎生まれで。下魚沼村っていう何にもない村なんですけど。のどかでいい村で……と言っても小さい時なんであんまり記憶にないんですけどね」
「へ、へぇ」
下魚沼村?あれ、どっかで聞いたな。
蕎麦屋の親父の手が止まる。
「お父さんは小さい時によく蕎麦を打ってくれましたけどね……でも、お父さんは小さい時に出稼ぎに行って帰ってこなかったんですよ、炭鉱の崩落だったかな?に巻き込まれて死んじゃって。だから、残ったお母さんと私で、ツテを頼って江戸に出てきたんです!今でも二人暮らしなんですけどね〜、もうお母さんも元気いっぱいで毎日私に魔剤を持たせてくれるんですよ!」
「……」
「天国のお父さんが心配しないように!」
「……」
「私が頑張って働いてるんです!」
蕎麦屋のオヤジが俯いている。
丼を持つ手がわずかに震えていた。
まさか。
「お嬢さん……名前は」
「……アリサですよ?」
「お母さんの名前は」
「?オキヨですよ」
「……あぁ、そうか、そうか」と親父は洗っていた丼を置く。
そして、静かに涙を流し始めた。
俺は白猿の依頼でさっきもらった報奨金を全部、ドンとカウンターに置いた。
暖簾をくぐって蕎麦屋から出る。
後ろからアリサが「ライモンさん!?私の奢りじゃないんですか!?あと、仕事の話も聞いてないです!」と俺を呼び止めるが、俺は振り返らずに、親父に声をかける。
「蕎麦。べらぼうに美味かったぜ」
それからしばらくのち。
暖簾の奥には、泣きながら抱き合う父と娘の姿があった。
また次回からは、新しい話に入っていきます!
もう少し時間がかかるかもしれませんが(そんなにお待たせはしません多分、三日ぐらいかと)
今後とも続けますのでよろしくお願いいたします。




