第二十三話
更新遅くてすいませんでした。
微妙な距離感になった三郎と朝の奥飛騨を歩く。
なんていうんだろうな。こう、手を繋ぐか繋がないかの距離ぐらいの?
お団子ヘアがぴょこぴょこと揺れている。時折、俺と目が合うと、耳まで赤くして顔を背ける三郎。
待て。俺までなんか恥ずかしくなってくるだろ。やめろその反応。リアルでも不慣れなんだぞ。三郎はそんな俺にお構いなしにトテトテと俺の前に出る。今朝から奥飛騨を覆っていたモヤがわずかに晴れ始めていた。
「……兄貴」
「へい!」
「……あのバケモンは向こうの森から来ているらしいっす。宿屋のおかみさんが」
ちょっと浮かれてすいませんでした。
俺、仕事します。
奥飛騨温泉郷の外れにある森は、飛騨の深い山の裾野に広がる入り口であった。鬱蒼とはしているものの、決してジメジメとした感じではない。
どちらかといえば、世俗からは離れた異界ともいうべきだろうか。いや、そもそもがココ、ゲームだけど。
会長からは猿のバケモンの調査を依頼されている。森の奥で何が起こっているのかって言うシナリオなんだろうか。
三郎が森に入ることを尻込みしている。マゴマゴしているので「大丈夫か?」と声をかけると「も、もちろん!ビビってないし!」と勢いよく森に足を踏み入れた。
蔦や苔むした歩きにくい山道。獣道だろうか、細く一本の道筋がうっすらと見える。
「あまり先に行くなよ、俺の近くにいろよ」
コクコクと三郎がうなづいて、俺の後ろに移動した。見通しが悪いので、何が出てくるかわからないからな。NPCである三郎の安全を優先しないといけない。
しばらく道すがらを進む。何かしらの気配は感じるが、気のせいだろうか。俺は周囲を見つつ、トンデモ鑑定団に言われた祟りについて考えてみる。
決して、後ろにいる三郎が、険しくなってくる山道で息が上がっているのを意識しすぎて気が散りそうとか考えてない。ないったらない。
『殺意や敵意のない魔物には、本来の力の100分の1しか出ない』
とすれば、殺意や敵意のある魔物にはそれ相応の力が出せると言うことになる。つまり、本来であればこの祟りは、襲いかかってくるスライム君を、レベル2の俺が、レベル2の力で対応できると言うこと。
しかもお蝶の言っていたように、「侠客」のプレイヤーは、他のプレイヤーよりもステータス値が高く設定されている。
だから、その祟りがあったとしても。俺は襲いかかってくるスライムにレベル2以上の力で対応できることになる。それなのに、俺はタコ殴りにされている。レベル1と言われるスライムやゴブリンに。
だが、魔物以外では、全身が漲り、普段以上の動きを気張れる。チンピラ相手だったり、侠客相手だったり。
「つまり俺ぁ、魔物以外との戦闘になんらかのバフがかかっているのか……?」
そうか、対魔物戦で祟りが重なっているが、俺は対人戦では、その縛りがなく逆に補正が加えられている可能性がある。
「オイオイ……なおさら冒険者適正がねぇじゃねぇか……」
これ、いま魔物出てきたらどうするんだ。三郎を守れるのか?俺は振り返って三郎の目を見る。
「ヒャい!?な、なんだよ兄貴、そんなにアタシのこと見つめて……」
「いや……三郎、魔物と戦ったことあるか?」
「なんだいそんなことか。魔物だったら何度も。そりゃ兄貴、アタシだってね、伊那で追い剥ぎ団やってたんだ、多少は戦えるよう」
三郎は胸を張る。その言葉を信じるべきかどうかは悩むところだが、実際動き自体は卒ない。身のこなしは軽い方だろう。俺は正直に「祟り」の件を伝えた。
「あんなに強いのに!?だからゴブリンから逃げてたのか!?」
「強かねえが、魔物とは戦えねえんだ」
三郎が終始驚いている。だがすぐに「何でそんな祟りがあるのに冒険者やってるのさ兄貴」とジト目になった。
それな。俺もおかしいと思う。でも、冒険者でゲームしたいじゃん。
「難儀だね」
本当に、とそう思っていると、三郎がワナワナと震えながら「兄貴……!後ろ!後ろ!」と俺の背後を指差す。
そんな往年のコント番組じゃあるめぇしと振り返ると、鼻息の荒い豚頭の魔物が棍棒を握りしめていた。タイミング良すぎない?
「ブモ」
振りかぶった棍棒が、俺と三郎を撃ち抜こうと勢いよく振り下ろされる。俺は三郎を抱き抱え、後ろに飛んだ。
ドンッ!と、地面が揺れる。タメの長い振り下ろしは、細い獣道に小さくない穴を作った。
「あに、兄貴、オークですぜ、逃げなきゃ!」
「オークかぁ」
俺は三郎を立たせる。
そして、三郎に「先に逃げろ」と告げた。
「いや、兄貴も」
「俺はプレイヤーだ。別に問題ねぇ」
「そうは言っても!」
ごねる三郎を強引に送り出す。ここから森を出るまではそれほど遠くない。俺が時間稼ぎをしていても十分森から出れるだろう。
俺は三郎を見送ると、律儀に待っていてくれたオークを向かい合う。君、なかなか分かってるね。戦隊モノで変身を待つ怪人ぐらいお行儀が良いよ。
そういえば、スライムとゴブリン以外の魔物と戦うの初めてだ。コイツ、絶対レベル1じゃないだろうなぁ。
俺は少なからず時間を多く稼ごうと、腰を落とす。するとどうだろう。魔物相手だと言うのに、体が漲ってきやがった。
「何でじゃ……!?」
魔物相手じゃ祟りが発動するんじゃねぇのか!?俺のさっきの考察は何だったんだよ。トンデモ鑑定団の話は!?
俺が混乱している間にも、オークが棍棒を振り翳して走り込んでくる。ドスドスと地鳴りを響かせながら、汚い腰布をはためかせた。
だが、そんな動きも大した恐怖も感じない。まだ強盗の方が狂気に満ちていたぞ。緩慢なオークを相手に、俺は振り下ろされる棍棒を避けつつカウンターを入れようと左足を引いた。そんな俺の目の前に飛び込んでくる人影。
「兄貴!!!危ない!!!」
三郎が両手をいっぱいに広げて俺の目の前に立っていた。……逃がしたはずだろうが!俺は咄嗟に三郎の体を抱え、覆いかぶさるようにうずくまった。
ドン!!!とオークの棍棒が俺の背中を打つ。「んグゥ」と声が出た。結構な鈍痛が背中を貫く。そりゃクレーターが開くぐらいの威力だもん。だが、俺はなんとか
地面に手をついて耐えた。よく耐えたな偉いぞ自分。ビバ侠客耐久性。
オークは仕留めたとばかり、棍棒をどかす。うずくまったままの俺の下で三郎が「あ、あ、」と泣きそうになっている。
オークは勝利の雄叫びを挙げた。
父さんはアタシが小さい頃に、出稼ぎに行って死んでしまった。残された母さんとアタシは、村を追い出されるようにして出ていった。でもすぐに母さんは流行病で知らない田舎で死んで、幼いアタシは一人取り残された。
その話を、道中で兄貴にしたら首をかしげながら「……どっかで聞いたな」と言っていたけど、そんな話は掃いて捨てるほど転がっている。百姓だって商人だって、この世界はみんなそんなもんだ。
天涯孤独になったアタシは、気づけば街道筋を根倉にした追い剥ぎの一味になっていた。
旅人だったり弱そうなプレイヤーだったりを狙って身ぐるみを剥がす。特に弱いプレイヤーなんて、小金を持っていて弱っちい、いいカモだった。
だから、あの日も、いつものように弱いゴブリンに襲われて逃げていたプレイヤーに目をつける。ヒィヒィ言って逃げていたので、しばらく様子を伺ったが、こちらが悲しくなるほどへなちょこであった。衣服もボロボロだったが、プレイヤーで一文なしはいない。
一味のカシラが「よし、あのプレイヤーの小金でもいただくか。」と号令をかけ、ゾロゾロとヘナチョコを取り囲んだ。
「おい、お前。死にたくなければ金出せ」
「……ぇえ?」
「聞こえなかったのか?死にたくなかったら金を寄越せと言ってるんだ」
ヘロヘロになっていたプレイヤーの男は、軽薄に笑っていた。カシラはそれを見て胸ぐらを掴み、片手に携えたドスをチラつかせた。
「分かったら金を出せ雑魚!」
「雑魚たぁ失礼だな、ドサンピン」
それから。
アタシは暴風を見た。軽薄に笑っていた男は、カシラの頭を掴むと地面に引きずり落とす。カシラは地面に埋まった。取り囲んでいた他の奴らも一斉に飛び交かったが、破裂音と共に、拳や蹴りが炸裂する。
群がったヤカラが男の一撃一撃で、顔や足を撃ち抜かれていった。死屍累々。見ていた他の奴らはさっさと逃げ出していたが、アタシはおもわずへばり込んでしまった。だって、怖かったんだもの。あんなに笑いながら人をぶん殴る人、初めて見た。
兄貴に引きずられるようにアタシは連れて行かれた。道案内代わりに。でも、しばらく一緒にいるうちに、普通に優しい人だって言うのは分かった。アタシの腰につけていた魔物避けの鈴も「すげぇ!」ってニコニコしていたが、「寄越せ」とは言わなかったし。
普段は優しいんだろうな。敵には容赦しないけど。冗談と言ってくれるし、アタシはだんだん居心地が良くなっていた。何気ない会話もそうだ。怒鳴ったりもしない。
宿に泊まったときは、すごく緊張したけど。そんな、一緒の布団なんて初めてだし。
アタシは生まれてこの方、ちゃんと優しくしてもらったことがなかった。粗暴で、自己中な奴らの中で生きてきたから、自分の食い扶持しか興味がなかったんだ。
兄貴に逃してもらいながら、アタシはすぐに戻ることを決めた。兄貴を助けようとした自分に驚きながら、気づいたらオークの前に立っていた。今まで、自分の命のことしか考えてなかったのに。
アタシの上で痛みに顔を歪めてる兄貴。
こうなったのはアタシのせい。どうしよう、このままじゃ兄貴が。
「なに、泣いてんだ」
兄貴がアタシの頭を優しく撫でる。アタシのせいで、と言いかけたら兄貴はそれを遮るように、ありがとな、とヨロヨロ立ち上がった。
「あ、兄貴、魔物が」
オークがまた棍棒を振りかざす。兄貴はフラフラとそれを眺めていた。そして、後ろにいるアタシに
「ありがとな、三郎」
と片手を上げる。なおもアタシが助けようと腰を上げると、兄貴は駆け出した。
急に走り出した兄貴に、オークは「ブヒ」と鼻でせせら笑う。振り翳した棍棒を振り下ろせばいいだけ。オークはまた勝ちを確信してるかのようだった。
兄貴の頭上に棍棒が覆われる。「兄貴ぃ!!」と叫んだとき、兄貴の顔がチラリと見えた。あの人は。
兄貴は、オークを前に笑ってた。
「舐めてんじゃねぇよクソ豚」
兄貴はオークの前で加速する。振り下ろされる棍棒よりも内側に入り、体を捻った。軸の一点を回して繰り出される拳は、オークの土手っ腹に当たる。
ドン!!!と音がして、オークは大きく後ろにのけぞり、あとずさる。そして棍棒を振りかざそうとしたが、ダメージが効いていたのか片膝をついた。アタシは兄貴の顔を見る。兄貴は自分の撃ち抜いた右の拳をしげしげと眺めていた。そして、笑っていなかった。
魔物相手の祟りだと思っていたが、普通に殴れたな。ゴブリンやスライムには出せなかった威力が出ているし、体も反応がいい。ちょうど強盗団とかをボコした感じで動けた。
なぜスライムやゴブリンにはできないが、全くわからないが、悩んでいる暇はない。俺の前で片膝をついていたオークが棍棒を支えに立ち上がった。
「ブゥフゥ!!!!!」
怒ってんなぁ。あんまり怒るもんだから顔が真っ赤になってるよ。紅のオークだな。品がなさすぎる。
俺が身構えつつ、オークにカウンターでもぶち込もうとしていると、俺の横に三郎が並んだ。
「三郎、あんまり前に出るんじゃねぇ。危ねぇだろ」
「……」
「俺の後ろにちゃんといろ!」
「……」
「心配すんな、ヘマはしねぇからよ」
「兄貴……アタシはこっちだよ!?」
俺の後ろから三郎の声がする。
え?じゃあ俺の隣にいるのは?
俺は気配だけで三郎だと思っていた、隣の人をしっかりと見る。「ギ……ギ……」と、そいつと目が合った。
こんにちは、バケモンさん。
もうしばらく3日置きに更新します。
よろしくお願いします。




