第十八話
日暮里の佐之助宅で、俺たちは作戦会議をしていた。あのあと、追いかけてはみたものの、足が早すぎる火車には追いつけずに行方知れず。故人を持っていかれてしまったあの親族や婆さんは泣き崩れていた。
流石に俺たちも雰囲気は暗い。佐之助も、襲ってきたら斬れば良かろうとばかり思っていたので、あの素早さは想定しておらず、ツメが甘かったと後悔していた。
「棺桶を鎖で巻くとか、空の棺桶にしておくとか、色々しておけば良かったな」
「さすがにあんな速さなのは想像以上だった。仕方ねえよ」
後の祭り(葬式)だが、俺たちはどうするべきかを悩む。卍先生がまた呪いの物体を描いているが、あまり見なかったことにしよう。
実際、相手の力も未知数なのだ。佐之助がうまく斬りかかれたとしても、どのような行動に出てくるかはわからない。場所も悪かった。田んぼの一本道で遮蔽物もない開けた場所での犯行。
少し能天気すぎたかも知れない。あの婆さんたちには悪いことをしてしまった。うーん。だが問題はあの速さか。佐之助が思い出したように、「そうだ」と言い始める。
「偽の葬式でもあげるか」
先ほどの暗さはどこへやら。また下品な笑顔を浮かべている。こいつ、マジで不謹慎すぎねぇか?
「お嬢、元気出してくだせぇや。ほら、近所でも評判の「まろり屋」の菓子買ってきましたぜ。わけぇ衆が朝から並んで買ってきてくれやしたから」
銀次は、部屋の隅っこで体育座りをしているお蝶に流行りのお菓子を差し出す。だが、お蝶は見向きもせずに「なんで私あんなことしちゃったんだろ」とブツブツと呟いていた。我が妹ながら、面倒くさい。
雷門との決闘からずっとこんな感じで、現実でもウジウジとしていた。実家で同居しているので朝とかすごい暗い顔で食卓に出てきて、そのまま仕事に向かうものだから、彼らの両親が「あの子どうしちゃったのかしら」と心配し始めるぐらいに。
遊びに来ていた新場大安も心配そうにその姿を見ている。彼は、雷門との決闘の場にいなかったが、後から自分の一家の面々に顛末を聞き爆笑していた。だが、お蝶がこの調子なので、些か不安らしい。
「リアル兄貴さんや、お蝶さんは大丈夫なんでしょうか?」
「わからねぇ、アイツ惚れると惚れたで一直線なもんだからなぁ。リアルでもずっとこんな感じで拗らせまくってございまさぁ」
「だいぶ重症ですねぇ」
2人は、お蝶を応援をしようとは思ってはいるが、何を話しかけてもずっとこんな感じなので考えあぐねていた。まどろっこしいので、雷門を引きずってきて、今の微妙な距離感を縮められれば話が早いのに。銀次が、妹を心配するあまり、行方知れずの雷門の誘拐及び連れ去りを画策しようとした時、幡随院一家の冒険者組である弓使いの2人が帰ってきた。
「なぁ、グリン。今日よ、俺、大塚辺りを散歩しに行ってたんだけどよ」
「そういえば、向こうに美味い焼き魚屋があるって言ってたなグラン。そこいったのか?」
「あぁ。結局、あまりの行列に諦めて戻ってきたんだが、道中の民家が通夜支度をしていてよ」
「通夜支度ね。パンゲアのNPC、葬式あげるもんな、そういえば」
「……だよな?けど、なんか、その家によ、「故雷門」って書いてあったんだが……」
「え?」
「NPCなら苗字なり、村の名前なりで、名前だけじゃないじゃん?……で、俺たちの知ってる雷門って、プレイヤーだよな?なんで葬式になってんだろ」
たしかにリスポーンがあるプレイヤーの葬式とは、不思議だ。冷静に考えて、その雷門が知っている雷門であれば、何かやっているのだろうか?
お蝶が体育座りからスクっと立ち上がった。目がらんらんとしている。あれはどう言う感情なのか、銀次にもわからなかった。
「……銀次ぃ」
腹から響く声で銀次は「へい」と思わず背筋を伸ばす。
「……馬を引き、具足を持てぃ。」
それじゃあ合戦だよ、とツッコミをしたかったが、妹のあまりの剣幕に銀次は言い返すことができなかった。
幡随院一家にログインしていた数名と、新場一家も数名連絡をし総勢十人くらいで、グリンとグランが言っていた家に向かう。一応、NPCの葬式の際に着た服も持っている。
件の家に着くと、たしかに軒先に「雷門」と書いてある。なんでプレイヤーなのに葬式あげてんだよ、と銀次は言いたかったが、その文字を見るなり血相を変えて飛び込んでいくお蝶を止められなかったので、慌てて一緒に中に入る。
中には、祭壇と共に布団が敷いてあり、人が横たわっていた。白い布切れが顔にかかっている。
片眼鏡をしていた葬儀スタイルに身を包んだ書生風の男が「何事!?」と慌てており、なぜか隣にいるこれまた葬儀スタイルの同心、岡田佐之助が「あちゃあ見つかったか」と言っていた。
お蝶はそれに気づかず、布団に駆け寄ると恐る恐る布を捲る。そこにいたのは。
「……ら、らいもん……?」
お蝶がワナワナと震え始める。彼女がずっと想っていた人が、真っ白な顔をして横たわっていた。死化粧だろう、朱引が唇の上に塗られ、その目は固く閉じられていた。お蝶は震える手で雷門を揺さぶる。
「お、おい起きろよ……雷門、起きろよ、なぁ!まだ、私と話が終わってないだろ!!……私はまだアンタに謝ってないんだぞ!なんでこんなことに……一緒に幡随院盛り立てていこうって約束したじゃんか……!」
「してないよ」
してないよ。なんで俺が頑張って死体のフリしてるのにこの人、力強く揺さぶってくるの?フゲとか声出ちゃったよ。たしかにちょっと寝そうになってたのは否めないけど。急にそんな泣きながら来られたら困るでしょ。
「え……いま、雷門の声がした気が」
「してるよ」
俺がカッと目を開くと、お蝶がヒィと声を上げた。俺は口を塞いでお蝶の頭を自分の方に寄せる。そして小声で耳打ちした。
「いま、作戦中なんだ静かにしろ」
「………………オイ、タチの悪い冗談だな」
お蝶はもはや怒りの目をしているが、俺はプレイヤーだぞ。死ぬわけないだろ。ほら後ろ見てみろよ、住職がびっくりしてるじゃねぇか。
その後、小声で佐之助に作戦を聞いたお蝶は部屋の隅っこで体育座りを始めた。恥ずかしかったのだろう、耳まで真っ赤にしてたもん。
あのあと、佐之助の出した案に俺たちも乗っかり、色々と作戦を立ててみた。要はこうだ。まず偽の葬式を出す。それはもう本格的に。こないだの住職にも頼み込み、一件の農家を借りて通夜支度をする。今回の死人は俺。納棺され、火車が奪いにきたところを俺が抑え、その隙に佐之助が斬る算段だ。だが、このガバガバ作戦だと、俺が抑えられなかった時が危ない。
なので、今回はピンチヒッターとして、足の速さでは並ぶものなし「回向院」くんを呼んできました!
「忙しいのに」とブツブツ言っていたが、佐之助の頼みを断れない回向院君は渋々手伝ってくれることとなり、部屋の端に立っている。
彼は俺らが取り逃した時、火車を追いかける仕事を頼んでいる。住処が見つかれば御の字だ。
作戦名は「私、雷門!普段はちょっと天然だけど、やるときはやる子なの!でも今日もまた学校に遅刻しそうになっちゃった!急いでパンを咥えて走ってたら、曲がり角で飛び出してきたゴツいマッチョに撥ねられて、不運なことに後頭部を強打。不慮の事故で死んでしまった私の死体を毛むくじゃらのキショいのが連れ去ろうとするの!私、これから一体どうなっちゃうの〜!!」だ。なげぇよ名付け親。(卍先生)
時刻は夜。
しとしと降る小雨は、農村を艶やかに濡らす。草木の露が提灯の灯りを反射しながらぽたりと地に落ちる。農家ではしめやかに葬儀が行われていた。咽び泣くような声と読経の声が誰もいない農道に響いていた。
「おいうるせぇよ旦那」
「しょうがねえだろマル森。腹出して寝てたら風邪気味なんだよ」
住職が懸命にお経読んでるのにお前ら真面目にやれよ。俺だって真面目に死体やってんだぞ。俺はこめかみをピクピクとしながらツッコミを入れたくなる気持ちを頑張って抑えていた。
卍先生が「本当に侠客の一家しかいないじゃないか……!怖いよ……!」と恨めしそうに俺をみている。まぁ、俺も侠客だとは言ってなかったけど。善良な市民(生産職)である卍先生にそこまで言わなくてもいいかと思ってたからね。勝手に押しかけたのこいつらだから。打首通報しないでね。
「妖怪見物ワクワクするな〜」とかDスラ先輩も鼻ほじってるし、そんなに怖くないよコイツら。あと真面目にやれや。
住職のありがたい(長い)読経が終わると、納棺になる。本来の葬儀であればこの手順ではないが、今回は特別仕様だ。前列でありがたい読経に心を打たれ深く瞑想していたバカどもが、ヨダレを拭きながら俺の体を持ち上げ、棺に収める。そして参列者が一人一人花を添える時間なのだが。
「雷門、お前はいいやつだったよ」
「本当な。俺たちを助けてくれたもんな。」
「だから安心して逝ってくれ」
「お嬢の寵愛を受けてるのが許せないけど」
「そうだな、許せないね」
「幡随院一家は、お嬢様のファンクラブなんだぞ」
「こいつ一回ここで燃やしとこうか」
「あと、トトの件もあるな?」
「あの決闘でお前に賭けてた俺たちがスカンピンになったのも許してやるよ」
「しょうがないからな」
「そうだな」
バカどもは俺の棺に花の代わりに紙を詰め始める。薄目を開けて確認すると、クシャクシャになった春画とか鼻をかんだちり紙とか、決闘のトトで使った掛け札とかだった。人の棺をゴミ箱代わりにしてんじゃねぇよぶち殺すぞ。
棺の蓋が閉められ、侠客たちは懐に武器を仕舞う。佐之助も刀の差し込みを確認すると、「よしいこうか」と棺を先導するように外に出た。
俺は変な匂いのする棺の中で、火車が来なかったらどうしようと不安になっていた。今更だが、来たりこなかったりするんだろその妖怪。ここまでして火車が出なかったら、こいつら悪ノリの勢いで俺のこと火葬して笑いそう。……やりそう。
棺がゆっくりと農家を出る。俺が不安がっていると、遠くからゴロゴロと雷鳴がした。あ、良かった。来てくれたみたい。俺は待ち合わせに待ち焦がれた人が来たような気持ちになった。
ゴォォと風が吹く。俺は気付けば凄い勢いで毛むくじゃらの腕に抱かれていた。王子様が助けに来てくれたお姫様みたいにちょっとドキドキした。(なんか違う)
俺はドキドキした顔で見上げる。牙がひん剥かれた野生の顔にムッキムキの腕。毛むくじゃらこっわ。トキメキ返せや。
俺は正気を取り戻すと火車を取り押さえようと手を伸ばすが、痛え、ちくっとしたと思ったら矢がケツに刺さってる。あいつらの方を見ると、矢を持った数人が「あ、やべ、変なとこ当たった」とか言ってる。
おい、お前ら本当は俺のこと抹殺しようとしてない?その勢いのまま矢がいくつか俺の方に向かってくる。だが、それを勢いよく火車が弾き飛ばした。王子様の火車さん……!俺はまた軽くときめいていた。火車さんはそのまま凄い勢いで逃げ出す。早いな、まるで風になったようだ。
俺は軽くときめいた自分を叱咤激励し、火車を取り抑えようと手を伸ばすが、毛むくじゃらのたくましき腕が俺の気道を極めてることに気がついた。苦しいなって思ってたんですよね。これときめきの息苦しさじゃなくて、落とされる息苦しさかぁ。俺はそのまま意識を失った。
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