第十六話
「皆さまぁ!よござんすか?よござんすね?」
「「ぉーぅ」」
「親のあっしが振らせていただきやす」
固唾を飲んで一同は丼を注視している。ゴクリと誰かの喉が鳴った。3つのサイコロを握り込んだ男が、勢いよく丼にサイコロを投げ込む。
カランカランカランンンン……一同は一斉に丼を覗き込む。サイコロを振った男の傍らにいた胴元が、「四の目!!!!!」と叫ぶ。
「ぁあー!!!」
一喜一憂する者たち。老若男女問わず、NPCやプレイヤーなど、集まった人々は阿鼻叫喚となっていた。俺は右のDスラ先輩に顔を向ける。「456だ、456を出せばいいんだ」とぶつぶつ言っている。左の佐之助は「嵐を……!起こす……!」とこれまたぶつぶつ言っている。
新場一家のとある賭場。
燻った色の座敷で、上裸の男たちが取り仕切るチンチロリンが繰り広げられていた。サイコロ三つを振り、出た目で競う賭博。例えば2つのサイコロが2の目、1つが5の目であれば、出目は「5」となる。胴元が固定されている「丁半」博打が開かれるのが通常ではあるが、この賭場では胴元、つまり親が順番に回ってくる。親は、親以外の子とそれぞれ出目を競い賭け金のやり取りを行う。出目によっては賭け金の倍(これを嵐という)だったり、マイナス倍になったりするのだ。侠客や博徒は胴元で稼いだりするらしいが、アイツらこれで稼げてんのかな。一緒に楽しんでるようにしか見えないけど。
丁半にはみんな飽きたらしいとDスラ先輩が言っていたので、恐らく楽しんでるだけだろう。Dスラ先輩が俺と佐之助を見て言う。
「次は俺の親番だ、だが手持ちが少ねえ。ここで一つ、提案があるんだが」
提案もクソも、ここに並んでる三人でさっきから負けっぱなしなんだけど。俺が白けた目をしていると、なぜかテンションが上がっている佐之助が「聞かせろ!」と言っていた。アンタ今日いくら負けてんだよ。
「俺たちの金を一つにまとめる」
「ほう?」
「そんで俺が親番で振るう」
「……」
「そろそろ来そうな感じがするんだ、ビッグウェーブがな!!!!俺を信じろ!」
「「…………」」
「だいたい、小金を勝った負けたとするよりまとめて一発で張った方がいいだろ」
「それはそうだ」
Dスラ先輩と佐之助はうなづき合う。話は決まったらしい。俺は何も言ってない。先輩はさっさと俺たちの金を集めると、回ってきた丼をしっかりと持つ。そして座敷を睥睨すると、大きく口を開ける。
「若輩者にはございやすが、新場が一家、マル森と発しやす。」
ヨッ!待ってました!と並み居る人々が合いの手を加える。
「渡る世間に情けば乞ひて、与太も張ったの博徒でござんす。カランコロンと丼に、手持ちの銭をばそっくり預けて、あっしの懐もチンチロリンでござい!さぁさ、おあにいさん、おあねえさんがたにおかれましてはァ」
あぐらをかいたま、ドン!と片膝を畳に勢いよく踏みつける。
「どうぞお立ち会いくだせぇ!」
座敷は先輩に対して万雷の拍手喝采を送る。さすが新場一家のモンだ、なかなかの啖呵を切りやがる、と佐之助が感心していたが、あそこにある金、「俺たち」の金だからな!子となった面々は、次々にサイコロを振るう。「3の目」「2の目」「3の目」……これは。先輩が4の目以上を出せば、この面々の賭け金は俺たちの総取りになるぞ!!!絶好の機会が巡ってきたようだ。
先輩は不敵な笑みを浮かべ、丼を片手に持つ。握り込んだサイコロを天に掲げると、一息に丼に叩き込んだ。一同が一斉に中を覗き込む。そこにあったのは。
パンゲアは、エリアごとによって季節の移り変わりがある。例えばヤマトの国では四季が存在する。今は晩秋の折、夜明けなものだから、体が芯から冷える風が吹き荒ぶ。
俺たち三人は東雲がたなびく町を、身を寄せ合うかのようにトボトボと歩く。隣のいちごパンツ野郎が「面目ねえ」といえば、フンドシに十手を刺した不良同心が「勝負は時の運ってな」と返す。うんうん。そうだな。しょうがない。……んなわけあるか!!
「なんで一二三なんざ出すかね、先輩!?」
チンチロリンにおける「一二三」とは三つのサイコロがそれぞれ「1.2.3」の目の役で、賭けた金の二倍を相手方に払わなければならない。圧倒的に支払う金がなかった俺たちは、笑いながら身ぐるみを剥がされた。先輩に至っては苦労して集めたアイテムや装備も持っていかれ、まろび出たイチゴ柄のパンツに悲鳴が上がっていた。かわいそうに。その人、あなたたちの賭場の一家の1人ですよ。仲間じゃないの?
佐之助は情けとばかりに、十手だけは取られなかったようだけど。一応、この人、同心だぞ……容赦ねえな新場一家の賭場。
初めて稼いだ金が……と俺は悲しむばかり。俺たちはしばし無言であった。素寒貧とは、まさにこのことである。……ん?そういえば、俺、なんか先輩に聞こうと思ったことがあったんだが、なんだっけ?
うーん。あ、そうだ。呪いだ。俺は「魔物と戦えない」この呪いをどうすれば良いかを聞こうか思ったんだった。俺はションボリしているイチゴ柄の馬鹿に、その件を聞いた。
「うーん、デバフ系統?でも呪いか?その獲得したかもしれないアナウンスが大事だと思うが、お前らはステータスが見えないからなんとも判断できないんだよな」
「どうすれば良いんだろうな」
「そうだな、あ、ここら辺は幡随院屋敷が近いな。あいつらなら知ってるかもしれないぜ」
先輩の一言で、俺たちパンイチ集団は幡随院屋敷へと向かった。明け方だというのに応対してくれたお蝶に「お前ら何歳だ!」と怒られた。至極その通りでございます。
「なるほど。……てか、侠客のことなら最初から私に相談しろって言ったろう」
「すいませんした、ちょっと1人で頑張ってみたくて」
「次からはちゃんと聞けよ!」
ふんす、と鼻息を荒くしながらお蝶が腕組みをしている。美人に怒られると恐縮してしまう。
「いずれにせよ、何かを獲得したのは間違い無さそうだ。だが、私らはステータスを見ることができない。だから「占易組合」で見てもらうんだよ」
「占易組合?」
「あー、その手があったのか〜。じゃあウチの親分も見てもらってるのか」
「多分、大安にいちゃんも、レベルや諸々の確認で見てもらってると思うぞ。侠客には必要なステップだからな」
お蝶が言うには、占い師や鑑定士が集まる占易組合で、自分のステータスを鑑定してもらえるらしい。しかも鑑定士ではなく、「古物鑑定士」でないと見てもらえないそうだ。先人のプレイヤーたちが見つけたそうだが、よくそんなこと見つけたな。
「私はいつも、その組合の中にある、「古物鑑定士協会」の一つ、「トンデモ鑑定団」にいつも頼んでる」
「本当に大丈夫なのかそれは」
トンデモ鑑定団は変人揃いらしいが、腕は確かだそうだ。よし、そこに聞いてみようと腰を浮かせたが「鑑定料は2万バールだぞ」とのお蝶の言葉に、浮いた腰を元に戻した。そんな金あるわけないだろう。
「はぁ……私が出してやる」
お蝶がため息をつきながら、流れるように懐から取り出した財布を開こうとするので、慌てて止める。
「そんなん受け取れねえよ!」
「うるせぇよ、返しきれねえぐらいの恩があるんだ、この程度で済むと思うなよ」
「え、脅し?……屈しねえぞ、金はいらねえ!」
「素直に受け取れよ!」
「いらねぇ!」
「なんだと!!!私の金が受け取れねえってか!」
5分後、雷門とお蝶は展開された決闘フィールドにいた。佐之助とマル森は外からそれを眺めている。騒ぎを聞きつけて、ログインしてきた銀次や他の幡随院一家の面々も集まってきた。
マル森と佐之助は、1人の大工が持っていた酒で宴会を開きながら楽しそうだ。
「にしても、幡随院のお嬢もわかりやすいよな。」
「そうでござんすね、やはり旦那も分かりやすか?」
「え、なに、幡随院の姫さんがどうしたんだ?」
「見てみろよ顔真っ赤にしてよ。ありゃホの字だぜ」
「え!?そう言うことなの!?俺てっきり喧嘩で盛り上がって興奮してるのかと思ったぜ!?」
「お嬢とは長い付き合い、というかあっしの妹ですから分かりやすけど、だいぶ惚れてそうでぇ」
「「え!?兄妹!?!?」」
「あれ、言ってやせんでしたっけ?」
銀次とお蝶が兄妹という謎の暴露を受けて佐之助とマル森は動揺していたが、決闘が始まるようだ。お蝶は身の丈よりもある大槌を肩に乗せ、腰を入れる。雷門も警戒する様に身をこわばらせた。佐之助がマル森に尋ねる。
「そういや賭場に行く前に、奴さんが冒険者になったって話聞いたけどよ、あいつ戦えんのか?」
「B級冒険者に勝ってるからなぁ、多分そこそこは戦えるんじゃねえか?さすがに幡随院の一家長には勝てないと思うけどな……銀次さんや、お蝶さんはレベルいくつなんだ?」
「確か、レベル23ぐらいだったような」
「げぇ、俺より遥かに高え」
「毎晩のように魔物狩りしやしたからね」
絶句するマル森の前で、お蝶が勢いよく大槌を回転させると、遠心力を使って雷門に肉薄した。フィールドの外にいるのに聞こえてくるブオォンという風切り音と共に、大槌が雷門の頭蓋を割ろうとする。
雷門はその大槌を後ろに下がることで避けようと体を倒した。そしてそのまま大槌に潰された。
「「「えぇー……」」」
あまりにも呆気ない幕切。静かになった屋敷で、佐之助がボソっと「あいつ、本当にB級に勝ったのか?」と言った。
決闘フィールドが解除され、ぶっ倒れたままの俺を見下ろすようにお蝶が仁王立ちをしている。その顔には、「あれ、こんな弱かったっけ?さっき、対人戦は力出るけど魔物とは戦うときは力が出ないって言ってたけど、私のこと魔物だと思ってんのか?」という言葉が滲み出ていた。戸惑うのやめろよ。俺も戸惑ってんだよ。あと長文を表情だけで伝えてくんな。
体が全く動かなかった為、避けようとしても間に合わないことに気がつくのが遅かった。この喧嘩なら力が漲るかと思ったんだが、そういえば普段通りだったし。
戸惑ってる間に潰されてしまった、と俺が酷く落ち込んでいると、佐之助が「あ!!」と急に声を出した。
「そういえば俺、雷門に頼もうと思ってる仕事があったんだ!!急ぎで!」
「え?」
そういうと、佐之助は俺の足を持って勢いよく引きずっていく。「手ェ抜いた上に逃げんのか!」とお蝶が叫ぶが、俺は手を抜いていないしそれどころではない。痛い痛い!と言っているのに止めてくれない佐之助は、そのまま幡随院屋敷から俺の足を引き摺りながら飛び出して行った。フンドシとフンドシが、夜明けのなかをどこまでも。
日暮里にある佐之助の自宅は、こぢんまりとした建物だった。中は乱雑で、書類や酒瓶やらが所々に転がっている。俺は佐之助に借りた衣服を纏って、炬燵に座り込んでいた。
「まぁ。幡随院お蝶といえば、江戸じゃ有名な女奴だ。負けて悔しがることでもねえ。それにあの場で残っても惨めに金もらうだけだったろ」
「……助かった」
決闘に負けた上に金を恵んでもらうフンドシの男は流石に格好が悪すぎる。助けてもらったようなもんだ。
「それに、お前さんに頼みたいことがあったのは事実だ、厄介な仕事でな」
「俺に?」
佐之助は勿体ぶってキセルをふかす。煙は煤けた天井に当たって溶けた。「火車が出たんだよ」と、ポツリとこぼした。
「火車?」
「棺桶に入った死人を連れ去ると言われる妖怪だよ。連れ去る死人は、生前に悪行を重ねた悪人と言われる。火車は老いた猫が猫又となったとも言われるが……まさかお前さん知らねえのか?」
「そんな常識みたいに言われても」
「常識だろうが」
佐之助はイライラとしながら、手元の鳥山石燕作「画図百鬼夜行」をバンバンと指差す。だいぶ使い込まれているうえに、佐之助が読み込んでいることがわかる。
いるよな。こういうオタク。君たちの常識は世間の非常識やで。でも、妖怪はパンゲアにはやっぱりいるんだな。
「火車が出たって言えやぁ、岡っ引連中も祟われるだの、験が悪いだの、言いやがって。知り合いのプレイヤー連中に聞いても忙しいとか断りやがって」
「奉行所の連中は?」
「あいつら、「死体が盗まれただけ」って言って取り合わねえんだよ。怪我人もいるっていうのによ」
結局、遺された家族が割を食うってわけよ、となんとも言えない顔をする。俺は一つ気になったことを聞いた。
「その持ってかれた死体ってのは、悪人なのか?」
「いや、そうじゃねぇんだよ。大概は善良な町民で、調べてもホコリの一つも出てきやしねえ。中には盗人とかもいたけどよ、お役目勤め上げて出てきて、しっかりと生きてる足洗った奴らだ。根っからの悪人なんざいねえんだよ」
棺桶から死体を奪う以外にも、埋葬された死体も盗んでいくのを見たって人もいるらしい。見境なしな妖怪だ。俺と佐之助はしばらく話し合い、後日、本格的に調査することにした。俺が佐之助の家から出る時、また脳内にアナウンスが響く。
『特定シナリオ:火車を始めます』
御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。
一日一話を目安に、更新は朝の7時頃か、もしくは昼の12時頃を目指します。
どうぞよろしくお願いいたします。




