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第十五話

「親父、かけひとつ」

「へい」


俺は念願の蕎麦屋に来ていた。蕎麦屋と言っても店構えがしっかりしているところではなく、足立の千住大橋の袂にあった屋台の蕎麦屋。一杯300バールのお値打ちだ。ふふ、俺はポチを探しついでに値段を確認していたのだ!蕎麦屋の親父がいそいそと麺を茹で、温めたつゆに蕎麦を入れ、小ネギを振りかけた。


「へい、お待ち」


はっや。1分もしてないよ。俺は湯気が立ち上る蕎麦を受け取る。でも本当にいい匂いだ。カツオの出汁が軽やかに香り、濃いめのつゆ。無造作に振りかけられた小ネギもまた良い。俺が、熱々の麺を一息に啜ろうとすると目の前にコトリ、と小皿に盛られた細かく刻んだ大根。


「親父、頼んでねえぞ」

「……お連れさんの分です」


親父はこちらを見ずにサラッと言い放つ。俺の懐で尻尾が嬉しそうにモゾモゾと動いているのがわかった。親父め、小粋なことをしやがる。礼を言いつつ、俺はポチを懐から取り出し、下に小皿を置いてやる。ハフハフとかじりついているのを見つつ、俺も蕎麦を啜った。


「あぁ〜」


値段の安さと相応に、別に高級なものを使っている訳ではないだろう。だが、このしっかりと煮出された出汁が舌の奥に残る。蕎麦も粗めだが、どことなく懐かしさと共に、郷愁を感じさせた。空き腹にこのコクは奥深い。俺は一思いに食べ終わると、300バールを台に置く。


「美味かった……このコクはどうやって?」

「そうですねえ……客が使った器は洗わないで次の客に出すとかですかね。継ぎ足しってやつで」

「頭かち割るぞ」


汚ねえな、急に後味が悪くなってきた。なにがコクだ。親父は冗談って言ってたけど、客の前で飯屋が言っていい冗談じゃねえよ。心なしかポチも店主をジト目で見ている。


俺たちが店を出ようとすると、親父もそそくさと店じまいを始める。


「あれ、親父。これからじゃねえのか夜鳴き蕎麦は」

「ここらは日が落ちると客もすっかりでして。夜は両国の方でやってるんですよ」

「奇遇だな、俺たちもこれから両国に向かうんだよ」

「ほぅ……良ければ?」

「おう、一緒に行こうか」


俺とポチは、屋台の主人と並んで歩き始める。ごろごろと慣れた手つきで屋台を引く親父と、他愛ない話をしながら千住大橋を渡る。日もすっかり落ちた橋は、人通りもない。数人が行き交うだけで寂しいものだったが、今日は綺麗な月が出ているためか、江戸中が薄く銀色に輝いて見えた。


「ありがとうございます」


親父が屋台を後ろから押している俺に礼を言う。伊達政宗公が寄進したと伝わる、高野槙(こうやまき)を使った杭で作られた千住大橋は、なかなかの勾配があるからな。橋の真ん中あたりまで押すのを手伝おうかな。ポチもヒョンヒョンと跳ねながら楽しそうに歩いている。可愛い。尻尾フリフリじゃねぇか、ご機嫌か?あの犬、撫で回したい。


「じゃあ旦那はまだ、冒険者になりたてってわけですか、そのカードを見るに」

「あぁ、つい、こないだにな。まったく飛んだ目にあってるよいつも」

「そうは言いつつも、なんだか楽しそうじゃありませんか」


親父は軽く笑みを浮かべながら俺に言う。確かにそうかもしれない。スライムとか言うクソ悪魔にボコされてストレスが溜まっていても、俺はこのゲームを楽しめているのかもしれない。


さっき、強盗も殴ったし、スッキリしてる。

なお経験値は全く獲得できていないし、文無し。この文無し問題とスライム問題。ここをまずどうにかしないとな。


親父は遠い目をしている。俺は、「親父はどこに住んでるんだ?」と聞いた。そうすると「へい、人形町の貧乏長屋に」と返してくる。長屋か。江戸エリアの町民は皆長屋に住んでいるらしいと言うのは聞いたが、どう言うところなのだろう。家族で住んでいるのだろうか。


「妻と娘とは何年も前に生き別れましてね……1人やもめの長屋住まいですよ……あいつら、元気にしてるかな……」

「親父……」


聞いてない聞いてないよそんなヘビーな話。住んでる場所聞いただけじゃねえか。親父は遠い目をしたまま語り始める。越後にある下魚沼村の神社の神主だった親父は、日々神事に努めつつ村のために頑張ってきたらしい。魔物や妖怪が出れば鎮めにいったり、雨乞いをして畑に水を呼んだり。……え、すごくね?めちゃくちゃ強いじゃん蕎麦屋の親父。あと妖怪もちゃんといるんだ……ここ……たしかに、酒呑童子もいたしなぁ。


妻ができ、娘も生まれて村の中でも重宝されていたが、近くに冒険者組合の支部ができたことで、神主としての仕事はドンドン減り、神社を訪れる村人も少なくなった。雨乞いも魔術や魔法で代用できるから、と。稼ぎの少なくなってきた神社から、親父は出稼ぎのために色々と慣れない仕事をしたらしい。出雲の炭鉱で崩落に巻き込まれて大怪我を負い、病気の治療で長いこと村に帰れなかった。親父が帰った頃には、神社は廃れ、家族は行方知れず。幼かった娘と妻を探してヤマトの国中を探し回ったが、見つからないと。金も無くなった親父は、江戸で蕎麦の屋台を引きながら金を貯め、まだ生きていると信じている自分の家族を探しに行こうとしているらしい。


「……親父ぃ」


俺は気付けばボロボロと涙をこぼしていた。いかん、この年(?)にもなると涙脆くてしょうがねえ。世知辛いの世の中といえばそれまでだが、親父の苦労と悲哀はお涙頂戴もんだろこれ。NPCなのにそんな設定を持ってくるなよパンゲア。


「俺は親父の店で蕎麦食いまくるからよ!!」

「へへ……ありがたいです旦那」


俺たちは橋の真ん中にきた。俺は屋台の真横に並び、登った月を見上げる。少しかすんでら。いや、涙のせいじゃねえぞ!そんなダサいことするか。


顔を正面に戻すと、ちょうどNPCの侍が俺の横を通るところだった。侍が「御免」と呟いたので、俺も「すまねぇな」とぶつからないように少し避けると、ズンと音がして俺の左腕が下に落ち、エフェクトを散らして消えた。


「ッッッはッ!?」


斬られた!?いま、抜きの瞬間さえ()()()()()()()()

遅れたように漲った体を、反転させるように右足で回し蹴りをするが、侍は軽々と飛んで避ける。


顔は黒々とした頭巾で覆われており、月夜の晩というのに顔は一切分からず、鋭い三白眼だけがこちらを見つめる。こいつ、「辻斬り」か!?しかもめっちゃ強い気がする。このピリついた感覚は久しく忘れていたが、酒呑童子と対面した時のような。剣筋すら見えなかったコイツに、勝てる気がしない。対人戦は力が出せるとはいえ、これは……死ぬんだが。


俺は左腕を失った鈍い痛みに耐えながら後ろでまごついている蕎麦屋の親父に叫ぶ。

 

「さっさと逃げろ!!俺の行き先わかってんな!」

「でもよ旦那ァ!見殺しにするわけには!」

「俺はプレイヤーだ、知ってんだろ!」


俺はプレイヤーだからここで死んでも、時間が経てば復活する。しかしNPCである親父は違う。このシナリオ次第では、辻斬りに切られてそのまま死んでしまう可能性だってある。そんなのは許さねえ。


「けど」

「……娘に会うんだろ」


親父は、俺の言葉に意を決したようにガラガラ!と屋台を勢いよく引いて逃げていく。ポチも屋台に乗せてるな。俺は、改めてしっかりと辻斬りの侍に相対する。いやぁ、格好つけたはいいものもコイツは格が違うな。俺の付け焼き刃の体術じゃ、なますに切られちまいそうだ。


「……偽善か?」


侍は低く腹に響く声で言う。既に納刀していた手は、未だ鍔からは離れない。俺は左腕を失って重心がズレそうになるのを抑えながら言った。


「礼だよ…………大根のな」


辻斬りがわずかに腰を落とす。来る!俺は残った右腕で瓢箪を引き抜こうと動く。瞬く間に間合いに入ってきた侍。そして、ザンッと俺の前でエフェクトが散り、刀の鍔で俺は鳩尾を殴られる。


ゴロゴロと転がるが、這いずるように立ち上がった。やはり剣筋は見えない。居合い抜きだろうか。俺は増えた鈍痛にうめき声を上げる。


両手を持って行かれた。大根の礼にしちゃ結構な代償だ。次に親父に会ったら、絶対蕎麦大盛りサービスだぞ。俺は履いていた草履に力を込めて、また鷹揚に納刀していた侍に向かって一気に駆け出す。侍は左足を後ろに下げると腰を落とした。左手の鯉口は背中に回して、右手は体の前に。

居合い抜きの構えだ。動画で見たことある。


俺は勢いを殺さず侍に肉薄する。そして相手の腰が下がった瞬間に、直前で体を捻りながら目の前で宙返りをする。わずかに侍が目を見開いた。


そして一回転の勢いでカカト落としを決めようと足を振るうが、振ってる最中に、右足がエフェクトになっているのが見えてしまった。


刀が早すぎる。マジで見えない。俺は足を失ってドンッと橋に無様に落ちる。侍は目の前であった。侍は抜き身の刀を軽く持つと、左足一本になった俺に振り上げる。


「……B級冒険者にしては弱いと思ったが、F級か。……月光でカードの色を見間違えたか……」


その言葉が俺が聞いた最後の言葉になった。次の瞬間には俺の視界は暗転する。首でも切られたのかしら。




俺はヘッドギアを外しながら嘆息する。いや、すいませんでした。調子乗ってました。もしかして俺って対人戦の戦闘センスあるのかも?とか思ってました。剣筋は全く見えず、太刀打ちもできなかった。しかも、最初に蹴りを入れて避けた位置からアイツ、一歩も動いてなかった。やば過ぎだろ。


ネットで軽く調べても、あの千住大橋で辻斬りが出た話は出ていなかった。だが、辻斬り自体はパンゲアにはいるらしい。討伐クエストにもなっているらしい。


バカじゃねえの?あんな強いのとどう戦えと?


対人戦で負けたことは悔しいが、親父たちは無事に逃げられただろうか。そこが心配で、俺はゲームに戻るまでの15分間をソワソワと過ごした。不安だ。何かに巻き込まれてないだろうか。


あと、冒険者カードを「見間違えた」とか言ってたな?つまり、B級冒険者を狙っていたのか?それと間違えて俺を斬った……なんかムカついてきたな。


ログインの時間だ。ヨシ。

俺はヘッドギアを再び装着する。今日は休みだからな。時間はたっぷりある。




体が戻ると、千住大橋のど真ん中に立っていた。人通りは全くない。てっぺんに輝いていた月も傾いている。さっきの辻斬りはもういなくなったかと見回すと、俺は一つのことに気がついた。


「服……着てる!!!!」


両袖はスッパリ持って行かれて半袖になってるし、足元も切り込みが入っているが。でも!


「フンドシじゃない!!!!」


あの辻斬りめ。アイツは許さないが、服を全部斬らないでくれたことには感謝してやろう。俺は半袖の服を纏い、両国の組合本部へと走る。


30分ほど走っただろうか。息切れがすごい。侠客は体力も数倍の補正があるとお蝶から聞いているが、単純に俺のスタミナがないんだよなぁ……


俺は息を整えると、組合本部洋館前の階段の端にちんまりと犬と共に座っている親父の前に立つ。


ポチはふりふりと尻尾を振り、親父の手の内から飛び出して俺に擦り付いてくる。親父も「旦那ぁ!」と顔を明るくした。


「無事だったか、親父」

「えぇ、もう脇目も振らず走りましたから!」


俺を斬ったあと、この親父を斬りに行くのでは、と不安であったが、親父もポチも無事でよかった。親父いわく、少し離れて見ていてもあの辻斬りの刀の速さは異常だったらしい。そして、別格の強さ。この腕のたつ元神主も言っているので、アイツは本当に強かったんだな。一瞬、俺が弱すぎなのか?って考えちゃったよ。


親父は「旦那ぁお世話になりました、また食べにきてくださいや」と言い残し、路地に隠していた屋台を引っ張り出して、ペコペコとしながら人形町へ帰っていった。 


俺はそれを見送ると、また懐に潜り込んでいるポチの頭を撫でながら組合本部へと入っていく。パンゲア時間では、深夜2時だが、中にはまばらに人がいた。お分かりだろうか?そう。組合本部は24時間営業。コンビニか?まぁ、ゲーマーに合わせたらそうなるよな。



俺は受付の端っこで「オメメサメール」と書いてある色んな薬物が入っていそうな飲み物の缶を片手に、虚空を眺めるアリサのところに向かう。アンタ、昼も仕事してたよな?……組合もブラックだな。


「フワ!フワ……!イヌ!ナデル!イヌ……カワイネ……テツヤダメ……イッショニネヨウ……フワフワ」


仕事のし過ぎもよくないね。ポチを見せた瞬間に変な方向に壊れてしまったアリサを置いておいて、脇にいた別の職員にクエスト達成を報告する。職員はスムーズに書類などの処理を行ってくれるが、彼の手元にも「イツカトベール」と書いてある変な色の飲み物が。「五日飛べる」なのか「いつか飛べる」なのか、分からないね。


……もうお前ら仕事やめろ……限界じゃねえか……

 

お化け屋敷よりも恐ろしい、ブラック企業の真髄を見た気がして、俺はまだまだホワイト企業に勤めてるわと安心した(しない)


ポチを探すクエストを終えると、俺は報奨金として数千バールを受け取る。え、嬉しい。ポチと会えなくなるのは寂しいが……まぁ、元気でやってほしいな。


さて、初めてマトモに「金を稼いだ」ぞ。!!!

何を買おうか。武器だろうか?薬草か?やはり武器だろうな。辻斬りもそうだが、魔物にも対応するためには素手ではどうにもならん。


まずは、何かオヤツでも食べようかなと組合本部を出ようと歩き出すと、見知った顔に話しかけられる。


「お!雷門!久しぶりじゃねえか」

「あれ、Dスラ先輩。」


久しぶりに見たDスラ先輩は手に袋を抱えている。ちょっと気まずい……連絡無沙汰だったし。だが、先輩は「最近仕事忙しかったのか?」とあまり気にしていない様子だった。ところで、と先輩。


「なんでお前半袖なんだ?」

「ノースリーブだよ」

「そうか、ノースリーブか。悪いな、ファッションはからっきしでな。その膝下の切れ込みもダメージジーンズみたいなもんか?」

「……バカなの?」

「なんで!?」


俺は辻斬りに斬られて死んだ話をする。Dスラ先輩は、「あぁ〜」と同情するかのような返事をしてきた。


「……高ランク冒険者狙いの辻斬りだろう?こう黒い頭巾を被った侍で、居合の使い手。」

「そう!」

「ありゃ、死亡フラグだぜ。出会ったら斬られる。よほどの高ランク冒険者じゃないと対応できない、会ったら死ぬ、「会死」って言われてる辻斬りNPCだな。」

「なんで、そんなのが街中歩いてんだよ……」

「さぁて、パワーバランスの調整だとか色々言われてるけど、実態は不明だな。奉行所も見つけられてないし……まぁ運が悪かったと思え。それに、どうせお前のことだ、文無しだからデスペナもあまり影響なかっただろ?」

「……まぁね」


何を町に解き放ってんねん運営。なまはげみたいなことすんなよ。洒落にならんぞ。


俺は不貞腐れて、手元の金を数える。そんなNPCに喧嘩売ろうとして武器を買って特攻しようとしていたが、考え直す。まず、レベルを上げることだろう。そのためには魔物と戦えるようになるのも必要だ。どうすればいいのだ。この呪いを解くためには?


全く見当もつかない。そう。そんな時は先輩に聞くまで。大人なのに恥ずかしい、と意地を張ってばかりではいられないのだ。意を決して聞こうとする。


Dスラ先輩は、俺が手元で持っている金をめざとく見つけると「お、クエスト達成したのか?」と聞いてくる。


「あぁ、ナァ先輩。この金で」

「皆まで言うな。わかってるよ」


嘘だろ!?わかってんのか!?……でもそうか。俺が呪いにかかっているとして、スキルか何かで「鑑定」とかを持っていれば俺が呪い状態なのもわかるか!俺は感服して次の言葉を待つ。


「そうしたらこの先輩が、良いところを教えてやろう」



御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。


一日一話を目安に、更新は朝の7時頃か、もしくは昼の12時頃を目指します。


どうぞよろしくお願いいたします。

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