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第十四話

俺は憂鬱な気持ちで今日も森に向かう。本当は何かの間違いであってくれと。今日こそ俺も「魔物」と戦えるんじゃないかって。


だが、何度やってもやはり、ヘロヘロパンチとへなちょこキックしか出なかった。俺は諦めが悪いので、未だにスライム狩り(泥沼)を続けている。

 

再びスライムに服を溶かされて半泣きになりながら関所に戻ると、見かねた番兵が服をくれた。ありがてぇ。


ネットで見たら、死んだ時に着ていた服装は、下着と靴以外は、生き返っても死んだ時のダメージを引き継ぐのが基本らしいんだが、鎧や防具を除く衣服は生き返る時にダメージを食らう前に戻る設定にできるらしい。


そう、ステータス設定の変更だね!

……クソ過ぎ。ほぼフンドシ確定やんけ。


俺は絶対に服を溶かされないぞ、という気持ちでまた森に向かい、ゴブリンに捕まって火炙りにされた。生きたままバーベキューされると思っていなかったので、逆に新鮮でした。リスポーンしたときに自分が焼かれた焚火のあとを見て、さめざめと泣いた。

 

関所の番兵も苦笑いで、もう一枚、着古した服をくれた。俺はそれを土下座する勢いで受け取り、森に向かう際は服を預けさせてくれと頼みこんだ。


 

フンドシ姿のF級冒険者は、今日も森を徘徊する。

スライムやゴブリンを見つけ、この恨み辛みをどうにか晴らせないかとばかりに。


見かけた冒険者パーティやほかのプレイヤー、通りすがりのNPCには陰口を叩かれた。

 

「無課金ユーザーがいるぞ」「フンドシ一枚だけで徘徊すんなよ」「スライムとガチ戦闘してて草」「あのプレイヤーの兄ちゃん、目が血走ってて怖いね」「こら!あっち見ちゃいけません!」


酷い言い草だ。無課金ユーザーは失礼だろこの野郎。憤慨しつつ俺は木の枝を一本だけ手に持って徘徊を繰り返す。この、「魔物と戦えない」という呪いについて、お蝶やDスラ先輩にどうすればいいか聞こうと思ったが、大人の意地を張ってしまって、まだ聞きに行けていない。それにあんな格好つけて冒険者にまでなったのに……


トボトボと関所に帰ると、服をくれた番兵の与兵衛さんが片手を上げて「おかえり、らいちゃん」と言ってくれる。与兵衛さんに預けていた服を羽織りながら、俺は若干、半泣きで「与兵衛さん、今日もダメだった!!!!」と叫んだ。


「まぁ、らいちゃん、精進しな」

「与兵衛さん、心折れそうだぜ……」

「……気分転換に街でも散歩してきな」


優しさが目に染みるぜ。俺はその言葉通り、1週間繰り返したスライムとの死闘を一旦やめ、街の中へ入った。


相変わらずの人混みで、江戸エリアは今日も活気にあふれている。何か買い食いでもしようかと思ったが、手持ちはずっとすっからかんだった。スライムとの死闘で腹が減ったら、ログアウトして飯食ってたしな。俺は完全に文無しのプー太郎である。


「金稼ぎしねぇとな」


例えば、武器。いくらこのクソみたいな呪いがあっても、槍や刀が有ればスライムに擦りさえすれば倒せるかもしれない。俺は今まで拳や投石、木の枝で頑張ってきたが限界がある。


この「呪い」を超えて、あの「悪魔」どもを倒すには、力と武器が必要だ。それに薬草だったり、回復薬も欲しい。


「あとは……蕎麦とかたべてえな」


パンゲアでは対価を支払えば飲食も可能だ。もちろん、仮想世界のアバターなので、現実世界には何の影響もないが、現実で食べているのと変わらない。幡随院屋敷での宴会でもつまみを食べたが、美味しかった。


そして何より、江戸エリアなんだ、江戸名物の蕎麦を食べたい。スルスルと麺を啜りたい!!


俺がパンゲアでの金稼ぎについて悩みながら歩いていると、向こうから大きな紙袋を持った女の子が走ってきていた。俺は体を斜めにして避ける。すれ違う二人。しかし、女の子が「……あれ、確か……ライモンさん!?」と俺のことを呼び止めた。


「あ……冒険者組合の」

「アリサです!もう!ライモンさんのこと探してたんですよ!」


冒険者組合本部の問題児、アリサが俺のところにトコトコと走り寄ってくる。俺は「まさか、侠客がバレたのか!?」と冷や汗をかいたが、話を聞くと、俺の冒険者としてのクエスト受注がゼロ件なので、このままいくと冒険者資格のはく奪になってしまう、という話だった。どうやら鑑定の儀をすっぽかして、職業をごまかした件はバレてないらしい。設定ザルか?


「それはまずいな」

「まずいですよ、何でもいいからクエスト一個でも受けてくださいよ!」

「……それって報酬が発生するんだよな?」

「?もちろんですよ。クエスト成功の際は、クリア報酬が受け取れますよ」

「良し、今すぐ受けよう。なんでも、受けよう」


俺がクエストを受けることを了承したとき、脳内にアナウンスが響く。


『特定シナリオ:犬探しを始めます』


唐突なアナウンスにびっくりした。ちゃんと聞くの初めてかも。そうかこれ、シナリオなのか。冒険者組合本部に帰るアリサと共に、俺は初めてのクエストを受注することにした。




 


「ポチやーい」


三ノ輪橋のあたりの裏路地を声をかけながら歩く。通りの幅が狭く、人とすれ違うのも苦労しそうな小道だ。両国の組合本部から外れてこっち側までくると、NPCの町民たちがのんびりと歩いたり、仕事をしている風景しか見えない。


「ポチ助やーい」


俺はその通りの一つに顔を覗かせて声をかける。犬探し。古今東西のお悩みの種。迷子になったのは、千住のお屋敷で飼われていたポチくん。お屋敷から組合本部に依頼がかかり、初心者向けクエストとして壁に貼ってあったのを受理してきた。


組合に足を踏み入れる時、バレないかとか、鑑定の儀してないけど、とヒヤヒヤしたが、特に問題はなかった。視線を少しだけ感じた気がする。まさか、与兵衛さんにもらった服が臭かった……?


「ポチくーん」


俺は、のんびりフラフラと瓢箪を片手に練り歩く。幾人かのNPCが、こちらを見てくるが完全に酔っ払いとして見られている気がする。


確かに酒が入ってるけども。酒呑童子からもらった時から入ってるし、なんなら魚河岸の情報屋の「ウワバミ」で買った酒もちょっと入れたし。手打ち式でもこの酒使ったな。


俺は下戸なので、一口も味わってないけど。

飲んだお蝶や新場は絶賛していたと思う。これは飲兵衛殺しだ!!とか言っていた。


「ポチやーい」


俺は相変わらず三ノ輪橋あたりを歩く。組合に寄せられた近所の人の目撃情報によれば、数日前に、この辺で見かけたらしい。

 

そのまま歩いていくと、隅田川にかかる大きな橋に出た。袂には「千住大橋」と書いてある。まさかポチくん、この橋を越えたのか?


俺は千住大橋を渡り、足立の方へと足を進める。先ほど少しだけ通り過ぎた千住は、街道の宿場町として大いに栄えていたが、橋の上から眺める限り、足立は奥手に田園がチラチラと見えるのどかな街並みであった。


江戸エリアはあまり高い建物が無いため、この千住大橋の上からでも、両国の組合本部の洋館や、江戸の真ん中に位置する江戸城の天守閣がよく見えた。


そういえば将軍っているのかな。全然知らないし話も聞いてないけど。綺麗な景色だなぁと眺めると、ふと、ポチくんがこの橋から落ちてないか不安になり、川を覗き込む。いくつかの小舟の船頭が威勢よく声を発し、魚取りをしているのだろうか。澄み切った川面が陽の光に照らされている。


「さすがにクエストだし、川には落ちてねえか」


俺は、気を取り直して橋を渡った。田園が奥に広がると言っても橋の袂は栄えている。俺は手近な店に入ると聞き込みを始めた。


「やまくじら」と大きく書いてある店は、まだ午前中だというのに繁盛していた。店先には様々な肉が所狭しと並べられている。


俺は読みやすいカタカナで「ホーンラビット」と書いてある肉を恨めしく眺める。愛想よく揉み手をしながら出てきた主人らしきNPCに「ここら辺で体は真っ黒で、顔に白い星形が入ってる犬を見なかったか?このぐらいの」と、30センチぐらいに手を広げながら聞く。


主人は「……いや、見てませんねえ」と俺の懐中の冒険者カードをまじまじと見ながら言った。なんだF級に文句あんのか。


その時、ドヤドヤと俺の後ろから冒険者の集団が入ってくる。みんなオレンジ色に輝くC 級のカードをぶら下げていた。


「親父さん!今日もいいワイルドボアが入ったぜ!」

「これはこれは皆さま、毎度ありがとうございます!」


主人は顔を綻ばせて、冒険者たちを出迎える。冒険者がステータスを開くと、手元に大きな肉の塊が現れた。主人はそれを嬉しそうに受け取っている。


戦士風の冒険者の1人が、口を開けてその肉を見ている俺に話しかけてくる。


「F級冒険者……初心者かい?」

「あ、あぁ、まだ冒険者になったばかりだ。この店にいつも肉を卸しているのか?」

「まぁ、ドロップ品はそうだな。今日はゴブリンの群れの討伐だったんだが、帰り道でコイツに出会ってな。クエストの途中で、依頼にない魔物を倒せたら、ここでこうやって売ってるんだよ」


彼は「これもドロップしたものだけどな」とゴブリンの耳が飛び出ている袋を掲げる。


「ゴブリンからドロップする耳は、クエストの討伐証明になるから。討伐証明は組合に持っていかないといけないけどな。小遣い稼ぎみたいなもんさ」


後ろでは、主人が冒険者たちに「1万バールでいかがでしょう」とお金を渡している。羨ましいな〜。俺も魔物を倒せば、こんな小遣い稼ぎができるのに。でもステータス開けない俺って、万が一、魔物を倒してドロップ品を手に入れても、手持ちになるのか。呪いを乗り越えて魔物を倒しても、ドロップ品の肉を片手に持って歩くのちょっとやだな。


「魔石とかもドロップするが、これも組合に持っていけば買い取ってくれるからな。これも小遣い稼ぎにはいいぞ」


と冒険者は言い残し、仲間たちと「飲み行こう!」と騒ぎながら、千住大橋の方へ去っていった。魔石は魔物の体内に含まれる石のようなもので、魔術の触媒や、燃料の一部として使われているらしいとネットで見た。それも組合で引き取ってくれるのか。


グラムいくらで取引されてるんだろうと思いつつ、ポチくんの捜索を再開する。だが、それからいくつかの店を回ったが、誰も見ていないらしい。気づけば町の外れに来ていた。


「いねぇなぁ」


俺は田んぼの畦に腰掛けつつ、田んぼを耕す農民と、鋤を引くツノが5本くらい生えてるウシみたいなのを観察していた。あれも魔物かな。上手いこと共存もしているんだな。



のんびりと座っていると、俺の後ろを子供たちがわらわらと走っていた。元気があってよい。田園風景と遠くの方に見える山々、そして木々のコントラストに元気な子供たちが走り回っている姿に癒されていると、数人の子供たちが俺を取り囲んだ。

 

「兄ちゃん、プレイヤーか?」「何してるの!」「遊ぼうよ」と口々にさえずる。俺は苦笑いを浮かべながら、ふと思いついた。


「なぁ、こんな犬を知らないか?」


いやー、子どもたちは凄い。近所の子供たちもすぐに集まり、「ポチ」の大捜索が始まった。何人もの子供たちがご近所ネットワークを駆使し、犬を探してくれる。そしてしばらくすると、一人の少年が、向こうの森の中にある農家で見た気がすると教えてくれた。俺は、子供たちに礼を言って、その少年の案内に従い、森へと入っていく。


雑木林と竹林が混ざったような森は、少しばかり薄暗い。少年は、森が怖くなったのか、俺に質問をしてきた。


「兄ちゃんは、プレイヤーで冒険者なんだろ?」

「おう、そうだな」

「冒険者って、でっかい魔物とか倒すのか!?」

「そうだな」

「でも兄ちゃん、武器とかなんも持ってないけど‥‥もしかして魔法使い?」

「いや、武器ないだけだぞ」

「じゃあ、素手で魔物をバンバン倒すんだ!すげぇ」

「‥‥いや、スライムも倒せないぞ…」


え…僕ですら蹴ったら倒せるのに…?とドン引きしながら言われた。うるさいよ。修行中なんだよ。少年が森の薄暗さと俺の弱さに震え始めたころ、森の中にある民家にたどり着いた。


「確か、その犬、ここに入っていくのを見たんだよ」

「わかった…おーい、すまんが、誰かいるか?」


俺は民家の扉をたたく。返事がない。留守だろうか。確かに午後の仕事の時間でもあるし、農家だと聞いていたから畑かどこかに行っているのかもしれない。


俺と少年が日を改めようとしたとき、家の裏手の方から「キャンキャン!」と犬の鳴き声がした。俺たちは目を合わせると、静かに裏手に回る。藪を抜けると、目の前は民家の裏庭だった。そこには、小汚い恰好をして手斧を持っている男と、それに立ち向かうように吠える真っ黒な犬。犬の後ろには住民だろうか、老いた農民の姿が見えた。犬の額には白い星型が入っている。あ、ありゃポチだ。ポチを見つけたが……これどういう状況?


手斧を持ったNPCの男は気配を感じたのか、振り返り俺たちを見つける。男は、「ちっ、押し込みを見られたか、プレイヤーとは厄介だな」と吐き捨てる。


えぇ、コイツ押し込み強盗かよ。だが、男は俺の首ぶら下がった青色の冒険者カードに目を止めると、ニンマリと笑った。


「F級の雑魚か、なら話は早いな。悪いが、死んでもらうぜ」と、こちらに徐々に進んでくる手斧の男。俺の隣にいた少年は袖を引っ張りながら「兄ちゃんまずいよ!逃げないと!」と踵を返そうとする。


だが、俺は足を踏ん張った。少年は驚いた声で「スライムにも勝てないんでしょ!駄目だよ!」とさらに俺の裾を強く引っ張る。そのやり取りを聞いた男は、笑みを深くした。


「F級なうえにスライムを倒せねぇ雑魚とは。悪いが、ここで皆殺しにさせてもらうぜ」

「兄ちゃん!」


俺は少年に下がってろ、というと一歩足を踏み出した。手斧の男は、「ほう、やろうっていうのか」と勢いよく肩を回す。そして、こちらに向かって駆け出してきた。


俺は、自分の中で急激に漲る力を抑えつけるかのように、じりじりと左足を僅かに後ろに引く。腰を静かに落とし、両手は軽く前へ。


避ける素振りも見せない俺に、手斧の男は舐め切った顔で、右手で水平に斧を振るってくる。腕がしなり、俺のこめかみ目掛けて斧が迫った。


腕の起こりを見て、体勢を低く抑えながら右足を二歩分ほど前に出す。間合いを詰められた男は僅かに目を見開いた。俺はそのまま斧を振るう腕の関節に左手を添え、右手を相手の右肩の下に差し込む。


下げていた左足を弧を描くように引きつけながら、俺は相手の肩に差し込んだ右手を勢いよく持ち上げ、添えた左手を捻りながら下に落とす。


「んギャァ!!」


ゴッと強盗の方が外れる音がする。強盗は斧を取り落とし、肩をブランとさせていた。


合気道の動画見てて良かった。これは使いやすい。

俺はそのまま、その顎に裏拳を打ち込む。強盗は「グッ!?」と言いながら昏倒した。ひとしきりの静寂の後、少年がポツリと漏らす。「にいちゃん、スライム倒せないって言ってたじゃん……」


俺はその顔を見ながら言った。


「……コイツ、スライムじゃないから」


悪人には勝てるんだが、スライムには負ける。そんな俺のスライム(魔物ども)への負け惜しみだった。……本当になんでだよ。





「手柄であったな……ライモンとやら」

「とんでもねえ」


足立の番所に縄で縛り上げた強盗を預けながら、俺は懐からひょっこりと顔を出すポチの頭を撫でる。あったかい。この黒柴、マジで可愛い。わふぅんと鼻を鳴らすポチに癒やされていると、番所の役人が「そういえば」と俺に袋を渡してきた。


「こやつに押し入られた農家の親父から、少なくて申し訳ないがこれをアンタに、とな」


そこには数万バールと小銭が入っていた。俺はしげしげと眺める。もしかしてパンゲアで初めて金を稼いだ!?いやー、ありがてぇなぁ。これで武器とか買えるかな!!!……俺はそこまで考えて、静かに首を振るう。


「二千と、三百バール。それだけでいい。あとは農家の親父さんに返してくれ。」

「……良いのか?」


森の中の、ところどころ朽ちかけた家で、細々と暮らす農家の親父から金なんてもらえるかよ。それに迷っていたポチを保護し、家で面倒を見ていてくれたらしいじゃん。

 

俺は、抜き取った二千バールを番所まで着いてきてくれていた少年に渡す。


「手伝ってくれた子供たちと、これで菓子でも買ってくれよ」

「え、兄ちゃんいいの!?」

「勿論……助かったしな」


喜ぶ少年の頭を撫でると、俺は番所から出る。足立郡は黄昏時の消えゆく夕日が。川面と田園に茜色の化粧を施している。残った三百バールを手で回しながら、俺は、ポチの頭を撫でる。


「これで蕎麦の一杯でも食おうか」

「ワフ!」



御厄介になりますが、何かございましたらご連絡ください。


一日一話を目安に、更新は朝の7時頃か、昼の12時頃を目指します。


どうぞよろしくお願いいたします。

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