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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
再戦
95/104

4.昼夜空美

「──『キガントファイアー』ッ!!」


 一瞬稲荷様の身体がガクンと大きく揺れたような気がしました。が、次の瞬間にはそんなの気のせいだと言わんばかりの速さと熱量で、焔で型どられた腕から真っ赤な炎を放っています。でも、違和感が。

 あれは、稲荷様ではない……?

 姿は稲荷様のままですが、何となく雰囲気が、仙人さん……いえ、暁さんのような……。


「チィッ、やっぱりかき消されちまうですだな……」


 炎を当てた、と思えばすぐに後ろに跳んで撤退して、忌々しそうに舌打ちをする彼女。やっぱりそうですよね、暁さんですよね!

 狂偽さんは暁さんの炎を何でもないように片手でかき消していて、その右腕は地面に突き刺さっていました。どうやら、暁さんはそれを回避するために後退したみたいですね。


「黒岩暁、何故お前が……稲荷様はどうした」


 その突然の変異に気付いていたお姉ちゃんが、暁さんの近くに寄ると怪訝そうな顔で聞きました。露骨に稲荷様の方がよかったって顔しないでほしいな、お姉ちゃん。

 でも、なんで急に稲荷様じゃなくて暁さんに変わったのかは私もすごく気になります。何かの策って訳でも無さそうですし……。そもそも、お二人が入れ替わったのって、稲荷様が暁さんに力の使い方を教えるため、でしたよね?


「何故も何も、これは儂の身体ですだ。クソ狐のもんじゃねーですだからな」

「いや、そういう問題ではなくてだな……」

「いーや、そういう問題なんですだよ。大丈夫、状況はクソ狐を通して全部聞いているですだ。やることもわかってるですだよ」


 そう言って暁さんはニッと笑いました。一体、この人は何を考えているのでしょう。猫さんではありませんが、全く読めません。

 それに、稲荷様を通して状況を把握しているのなら、もう分かっているはずです。

 私たちと狂偽さんの間には絶望的な力量の差があるってこと。

 一撫でされただけで、稲荷様すら骨を折られてしまっていること。

 笑っていられるような状況じゃないはずですし、笑っていられるような痛みでも無いはずです。

 なのに……。

 なんて考えている暇を狂偽さんは与えてくれません。そうですよね、邪魔物は殺すとか物騒なこと言ってましたもんね。

 のんびりとお散歩を楽しむように歩いて、ニコニコと愛想を振り撒く笑顔で、狂偽さんはこちらに近寄ってきました。


「ねぇ、そろそろ聞いてもいいかな。俺の音無は、一体どこにいるんだい?」

「あー? 口を開けばお前は音無音無って、本っ当に喧しいですだな! 音無が出てこない時点で、その足りねぇ頭でよーく考えてみろってんですだ!」


 フレンドリーを心掛けながら話し掛けてきた狂偽さんを心底バカにするような顔で、トントンと人差し指で自分の頭を指差す暁さん。……暁さん? あの、貴方は一体何を。

 その挑発的すぎる発言に、狂偽さんがフレンドリーを心掛けた笑顔のまま固まってしまっています。ちょっとどころではなく、嫌な予感しか、しないのですが……。


「はい、時間切れー! 正解は、『お前に会いたくもないし、顔もみたくない』。フッツーに考えればすぐ分かるもんですだよな!」


 ハキハキと、よく通る声で、『よく聞こえませんでした』なんて言い訳を最初からさせないような聞こえやすさで暁さんはそう言いました。言ったというからお腹の底から叫びました。叫びやがりました。

 ちょっと!? どういうつもりですか!?


「あ、あの、暁さんッ」

「大丈夫、大丈夫、皆まで言うな、ですだ」

「なんでそんなに得意顔なんですか!?」


 狂偽さんには極力聞こえないようにあくまで小声で叫びます。気を抜いたら大きな声が出てしまいそうです。

 本当に何を考えているんですかね、この人。何を分かっているんですかね。あまりの出来事にお姉ちゃんがフリーズしちゃってるじゃないですか! もう、なんで稲荷様と交替しちゃったんですか! なんでそんなこと言っちゃったんですかー!


「二人とも、儂から離れてろですだ。魔王が来るですだよ」

「──え?」


 最後に、暁さんは私の耳元でそう囁いてニヤリと笑いました。


「『ドライブ』!!」


 狂偽さんはまだ動きません。

 暁さんが叫ぶと、暁さんが身に纏っていた炎の火力が、先程とは比べ物にならないくらいに増しました。


「あ、一つ言い忘れてたですだ。儂のことは、仙人と呼べってんですだよ!」


 最後にそう言って、暁さんは狂偽さんめがけて勢いよく突っ込んでいきました。結局自分から行ってるじゃないですか。


「──そうかい、そんなに死にたいのなら、まずは君から消してあげるよ」

「くっくっく、儂は負けねぇですだよ!」


 笑みの消えた狂偽さん。対照的に悪そうな笑みを浮かべる暁さん。

 気付けばもう、暁さんは驚異的なスピードで狂偽さんの顔面めがけて拳を放っていて、その拳は狂偽さんが片腕で止めていました。でも、そのまま力の拮抗は続いています。最初みたいに、軽くあしらわれてしまうこともありません。


「その拳、掴んだままでいいんですだか? 折角の右腕が使えなくなっちまうですだよ──『メテオ』!!」


 暁さんが掴まれていない左腕を振り上げて、すぐに降り下ろしました。すると、いつ用意したのかも分からない巨大な隕石がいくつもいくつもお二人目掛けて降り注ぎ始めました。


「……ッ、どこにこんな魔力が……」

「離れよう空美。巻き込まれるぞ」


 とどまることを知らない隕石は何時までも降り続いています。岩は全部狂偽さんによって砕かれているのでしょうか。暁さんはこの術にどのくらい魔力を消費しているのでしょうか。


「お姉ちゃん、私たちどうしたら……」

「見守るしかないだろうな。悔しいが、そうなるようにあの女がしている」

「えっ?」

「ちゃんとやるべきことを知っているようだ。その上で、私たちに出番がないようにしている」


 炎の火力が更に上がりました。隕石は未だに降り続いています。その音が激しすぎて、炎の中でどんなやり取りがされているのかは全くわかりません。

 でも、だからといって何もせずに見守り続けるわけには……。


「ッ、空美!」

「ごめんなさい!」


 やっぱり見ていられなくて、私はお姉ちゃんの制止も聞かずに飛び出しました。未だに炎が燃え盛っているので無事だとは思いますが、落ちたものが全て無くなっているのでまだ相手も元気です。暁さんが魔力切れを起こしてしまえば、一気にやられてしまう可能性だってあります。そうなる前に、何とかしなくては!


「お、お邪魔します!『空間移動(テレポート)』!」


 どうしたらいいか分からなくて、一声かけつつ炎の中に飛び込んでみました。

 まず視界に入ってきたのは、狂偽さんの右腕をがっしり掴んでいる炎で出来た腕。次に目に入ったのは、今にも倒れそうな程ボロボロの、肩で息をする暁さん。


「ああ、片割れの子だっけ? そろそろこれに飽きてきたところなんだ。丁度よかったよ」


 狂偽さんは飛び込んできた私に対して、呆れつつもそう言って笑いました。その身体は無傷で、今も尚降り注ぐ隕石を左手で適当にあしらっていました。


「な、なんで、きた……ですだか、空美……さっさと戻れです、だ……」

「『回宙刃(ジャグリングナイフ)』」

「あぐッ」

「暁さんッ」


 なんで、なんでこの人が音無さんの召喚術を!

 もしや、もしかして、暁さんは今までずっとこうやって攻撃を喰らい続けていたのでしょうか。だからこの短時間でこんなにもボロボロに……ッ!


「じゃあ君にはもう用はないから──『王ノ制裁(シュトラーフェ・ロワ)』」

「させませんッ!『奇術舞台(トリック・パレード)』! 『空間移動(テレポート)』!!」


 狂偽さんが何かを放った、その瞬間に、対抗して私も何かを放ちました。何が出たのかは分かりません。それと同時に、私は暁さんに飛び付いて無理矢理狂偽さんから引き離し、その場から離脱しました。暁さんの身体がどんなに焼けるように熱くても、気にしている場合ではありません。

 もう、目の前で誰かが倒れるのは嫌なんです。


「きゃんッ」


 移動先を考えていなかったお陰で、転がるような着地になってしまいましたが、真っ赤だった視界は元に戻りました。離脱は成功です。でも、これからどうしましょう……。とりあえず暁さんを診てもらわなくては……。

 辺りを見回してみます。狂偽さんの姿は見えますが、他は誰も見当たりませんでした。そして、それは狂偽さんも同じのようで、狂偽さんは真っ直ぐ私たちの方へ向かってきます。


「──ッ」


 戦うしか、無いですよね。

 暁さんがこうなってしまった以上、私一人でどうにかするしかありません。

 覚悟を決めましょう。そうとなれば先手必勝です!


「『空間移動(テレポート)』──『昼夜流格闘術……」

「遅い」


 死角に一瞬で回り込んでからの攻撃。だったはずなのに、私はいつのまにか物凄い衝撃と共に飛ばされて、気付けは地面に転がっていました。速すぎて、何をされたのかも分かりません。


「──う、うぅ……」


 ゆっくりと歩いて、飛んでいった私の方へ狂偽さんがやって来ます。早く、早く立ち上がって次を考えなきゃ。

 なのに。

 それなのに。


「ふふ、あの頃の音無みたいだね。震えちゃって可哀想に。俺が怖い?」

「…………」


 穏やかな声で狂偽さんは言います。私は顔をあげることもできなくて、彼がどんな表情を浮かべているのか確認できませんでした。ただ、視界には彼の足が映っています。

 だけど私の身体は一向に動きません。声を出すことすらできません。それじゃダメなのに。動かなきゃいけないのに。どうして、どうして!


「でも残念。俺は君を見逃さない。君は音無じゃないから、生かしておく理由がない」


 っ、そんな、なんとか、なんとかしないと。こんなところで、こんなにあっさりとやられるわけには。まだ、死にたくありません。どうしたら、どうして、誰か……誰か……。


「……なんだ、まだ立ち上がれたのか。君はもう飽きたんだけど?」

「うるせぇ、飽きたとしてもまだ終わっちゃねーんですだよ!」


 頭上で鈍い音が響きました。

 その声を聞いて安心したのか、動くようになった身体を動かしてみると、暁さんが狂偽さんの顔面を思いきり殴り飛ばしているところが目に入りました。

 それだけじゃありません。


「『四封神縛姫札ナイトメア・アリス・トランプ』!」

「おとなし……ッ」


 殴り飛ばされた狂偽さんめがけて飛んでくる真っ黒のトランプ。それら狂偽さんに弾かれてしまいますが、それが狙いだったのか狂偽さんを囲うように地面に突き刺さっていきます。


「う、おッ……」


 真っ黒なトランプはやがて紫色の光で出来た鎖を放ち、狂偽さんの身体を動かしてみると、捕縛します。初めて狂偽さんが膝をついた瞬間でした。


「遅くなってすみませんでした!」


 その背後、やや離れたところで音無さんはそう叫びます。音無さんは、分厚い本を左手に構え、宙に現れた魔方陣の上に乗っていました。

 ああ、よかった。私たちの時間稼ぎは間に合ったんですね。

 その証拠に、音無さんは次にこう言いました。


「兄さん、もう一度封印させてもらいます!」

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