3.黒岩暁
音無が覚悟を決めたところで、俺様たちは仁王目指して全速力で走っていた。
あんなもん目の前に出てきたら誰だって怖じ気付く。ましてや、昔からそれを目の当たりにしてたんだ。音無の決断は中々に早かったんじゃねーの? むしろ、俺様たちが狼狽えちまったよ。
あのイカれた兄貴、暁じゃなくて俺様の拳を止めやがった。海菜の刀の片手間で、だ。その後でご丁寧にぶん投げられた。そんなことされちまえば、どうやったところで、どんな力を振るったところで、アイツには届かないと悟ってしまう。現に俺様は悟っていた。無理だと諦めていた。だって、あんな化け物クソじじい以来だ。あのクソじじい以上だ。クソじじいですら手がつけられなかったのに、それ以上の化け物なんてどうしろってんだ。
まあ、俺様よりずっと無力な音無に覚悟を決めた目でお願いをされちまったんだ。精々足掻いてやるけどな。
俺様ってば、お願い事には弱いんだよな。神様だから。
「空美! 俺様をあの中に飛ばせ!」
走りながら、どこかにいるであろう空美に向かって叫ぶ。
畜生、あのクソッタレ、何がしたいのか全くわかんねーが、辺り一体をぶっ壊しやがった。目の前ではそこそこ高さがあったであろうビルが砕かれて崩れていっている。そんで、あの落ちていく瓦礫の中に仁王が居やがる。
仁王も仁王だ。まさか、自ら進んであれを起こしたんじゃねぇよな?
「叫べ──『燐火』!」
一瞬にして視界が変わり、俺様の身体は空中、落ち行く瓦礫の中に放り出される。いいタイミングだ。俺様も丁度、火を放ったところだった。
放った火は小さなものだった。だがそれは瓦礫に燃え移ると、次第に大きくなり全てを包み込む業火へと姿を変える。そしてコイツは、全てを消し炭にするまで消えることはない。
「諦めてんじゃねぇぞ仁王!」
ごうごうと燃える炎の中で、目を閉じた少年を見つけてすかさずキャッチ。目を開くと、少年は驚いたような表情で俺様を見てやがった。なんつー顔をしてるんだ。本当に諦めてやがったのか?
「アンタがくたばっちゃいよいよお仕舞いだ。まだ分かるんだろ? 最善って奴。だったらさっさと俺様に教えな」
サクッと業火から脱出しつつ腕の中の仁王に言う。どこにいてもらうのが一番安全なのかわかんねぇが……まあ、無難に前神ジャージのとこにでもいてもらうかね。
そうと決まれば仁王をさっさと預けて俺様は再び瓦礫の方へ向かっていく。うだうだ考えてる時間なんてねぇ。そこで気が狂ったように叫び回る狂偽をぶっ叩く使命があるからな。
「お前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいでお前たちのせいで!」
呪詛のように何度も何度も同じ言葉を繰り返す狂偽。なにこれ怖っ。何をどうしたらここまでぶっ壊れるんだよ。
「ま、知ったこっちゃ無いけどな! 叫べ──『燐火』!」
瓦礫を消し炭にした要領で目の前の狂人に火を放つ。勿論、それだけで終わるとは思っていない。放った火よりも速く駆け抜けて地を蹴り、狂偽を飛び越えつつ追撃を放つ。
「降らせ──『夜這星』、掲げろ──『幻創焔』!」
上からは炎を纏う岩の群れ、下からは細かく打ち上がり燃え広がる大量の小さな炎。そして逃げ場を失ったがら空きの背中に俺様渾身の拳を叩き込む!
逃れる術はない。すべて奪った。万が一これを凌いだとしても、空美の力で同じものがもう一度飛んでくる。
狂偽が振り返った。俺様と目が合う。だがもう遅い。俺様の方が速い!
「吹、き、飛、べ!!」
手応え十分。恐らく顔面にモロに入った。ついでに俺様の放った火も全部当たり、狂偽は炎に包まれた。
「や、やりましたか!?」
「……いんや、まだだな」
真っ赤な炎に包まれ過ぎて姿がよく見えないが、その身体が黒焦げになる気配はない。悔しいがまだまだだな。精々、炎が消えるまでの足止め程度か?
「海菜、今のうちに斬撃を飛ばしまくれ。絶対に近づくなよ」
「御意」
俺様の指示に素直に頷くと、海菜は一瞬にして消える。そして次の瞬間には真っ赤な炎の周辺に現れては消えて、全身の刃をこれでもかというほど振るった。俺様の隣では、そんな海菜をテレポートさせ続ける空美がいる。全く、恐ろしい姉妹だな。こうも完成してると、流石の俺様も相手にしたくないぞ。こうしたの俺様だけど。
「────」
なんてことを思いながら悠長に海菜を見守ることおよそ三十秒。聞き逃してしまっても不思議ではないほどのか細い声が何かを言うのを俺様は聞いた。その内容までは分からなかったが、その声の主が誰かなのかは分かる。
「離れろ海菜!」
「ッ!」
海菜が飛び退く。それとほぼ同時に、さっきまでごうごうと燃え盛っていた炎が弾けて消えた。海菜が放った斬撃は周辺の地面を切り刻んだがその中央の男はどうすることもできなかったようだ。
そう、狂偽は無傷だ。
みたところ、火傷ひとつ、かすり傷ひとつついていない。どうしろっつーんだ。
「……そうか、つまりお前たち全員をぶっ殺して、この世界を俺と音無だけのものにすればいいんだ」
しかも『俺、悟りました』みたいな顔してやがる。いやいやいや、その発想おかしいだろ。トチ狂ってるだろ。何がしたいんだよコイツ。何がタチ悪いって、コイツがやろうと思えばそれができちまうってことだ。
もう音無のお願いだから、とか言ってる場合じゃねえな。生きるために、生き抜くために何とかしなきゃなんねぇ。暁の身体を使っといて死ぬわけにはいかねぇよなぁ!
「──まず、お前が一番邪魔だな」
「ぐっ!?」
油断してた訳じゃない。だが気付けば狂偽は目の前にいた。そしてなんの変徹もない拳を俺様はモロに喰らって、アホみたいな勢いでブッ飛んでいく。物凄い速さで景色が流れていって、それが止まった頃には俺様はコンクリートにまみれていた。
「……は?」
痛い。痛いってレベルじゃねぇ。痛すぎて最早分からん。痛いって感覚を久々に味わって、何なのか全く分からん。ついでに何が起きたのかも全く分からん。
「ぐ、ぅ……ッ」
とりあえず身体を起こそうとすると激痛が走った。多分肋骨辺りが逝ってやがる。一撃でこの様かよ。やってらんねぇよ。
「……ッは、弱音を言ってる暇もねぇな」
悪い、暁。ちょっと『稲荷様』としての本気をもって相手をしないと死にそうだわ。多分何らかの後遺症が出てくると思うけど許してくれ。
そう、心の中で謝りつつ俺様は魔力の出力をあげる。耳と尾だけだった炎は、手足に広がり、やがて手足を炎が型どるようになる。
「まだ昼夜姉妹に手を出されるわけにもいかねぇんでね──」
そう呟きながら立ち上がり、地を蹴り、炎の出力を更に上げて速度をあげながら俺様は狂偽目掛けて突っ込んでいく。
そして右手に作った真っ黒い炎を狂偽の顔面にぶち当て──
「あ、かつ、き……?」
──俺様の意識はそこで途絶えた。




