第4話 悪しき学者 <2nd サイコ学者>
ソニアの案内でハヤト達は学者の住まう屋敷に到着した。
屋敷の入口には長身の男が立っている。
男の年齢は30代前半で褐色の肌に灰色の瞳をしている。
頭に赤のターバンを巻き上着は黒い布を腹に白い布を巻いている。
ズボンは黒い布を履き腰に曲刀を携えている。
――あの肌はトルクート人か。傭兵か? にしてもあの男、平然としてやがる。
ハヤトは男の存在に疑問を抱く。足を止めると彼はクラウスに声をかける。
「アイツは感染していないようだな」
「そのようだね」
男は平然としており疫病に感染している様子は無い。2人は男を警戒した。
「皆気を抜くな。彼はただ者じゃない」
クラウスの助言も空しくソニアは男に近付いていった。
――あの馬鹿! 何1人前に出てんだ。
ハヤトとクラウスは焦った。ほぼ敵な相手に近付くなどただの無謀にしか見えない。
ソニアは男の前で立ち止まった。
「童は歴史学者のソニアだ。アルマはおるか?」
「……はい。案内致します」
男は低い声で答えるとソニアを屋敷の中に招き入れた。
その光景を見て2人の男は茫然となっている。
「あっ…… あっさり入れたよ」
「そのようだね…… うん」
2人が固まっている横ではセーラが1人元気そうにしている。
「あんな方法があるんだねぇ。ソニアってば凄ーい!」
ドラクロ人の正体を知ったせいか
セーラはソニアへの恐怖心がすっかり消えていた。
――いや、普通ガサ入れに来た輩を館に入れるか? 絶対何かあるだろ。
ハヤトは男の行動に違和感を抱く。
彼は違和感が抜け切れないまま他の2人と共に屋敷に入って行った。
褐色の男を先頭にハヤト達は屋敷の中を歩いている。
屋敷の中は薄暗い。
至る所に灯りが置かれているものの外が曇りというのもあって明るくなかった。
屋敷は年数が立っており壁やドアに老朽化が見られる。
床は綺麗に掃除されているが天井の隅には蜘蛛の巣などが見られる。
ハヤトはソニアの後ろにいた。ソニアの背中を見て彼は先程の会話を思い出す。
――ソニアって学者だったんだなぁ。
ハヤトは少し驚いていた。
ソニアが貴族の娘という事は知っていたが、まさか学者だと思わなかった。
ハヤトはもっと別の役職を想像していたのである。
――考えてみると、王と肩を並べていたし、発言も威勢があったな。
ハヤトは目を細めソニアの背中から目を離さなかった。
――ただ者ではないな、このお嬢さん。
着ている格好といい何を隠しているか分かったもんじゃない。
暗い屋敷に入ってもソニアはフードを脱がなかった。
クラウスのおかげで身体が光っているもののソニアの格好は不気味に見える。
セーラはハヤトの目線に気付き声をかける。
「どうかしたの?」
「いや……」
ハヤトはソニアに目を向けたままセーラに身体を寄せ小声で話しかける。
「なぁ、日中あんな格好して暑くないのかねぇ?」
セーラも小声で返す。
「そうだねぇ、フードも被ったままだし。
病気で見せたくない部分でもあるのかなぁ?」
「それはないだろう。
王宮で病気なんぞ効かないって言ってたし、外傷とかじゃねーか?」
「傷なんかない。日を避けているだけじゃ」
突然ソニアは口を開いた。それを聞いてハヤトとセーラは驚く。
ソニアは後ろの会話を聞いていたようだ。
ハヤトは「そうなんだぁ」と適当に返事をした。
――ドラクロ人って耳が良いんだな。気を付けよう……
それから間もなくして男は立ち止まった。男はソニアに身体を向ける。
「……ここです。お入りください」
男はドアを開き扉の端に移動した。ソニアを先頭に4人は部屋の中に入って行く。
部屋は広く50メートル以上の幅と奥行きがある。
天井は高く部屋というより倉庫に近い空間だ。
ハヤト達が入った事を確認し男は外側から扉を閉めて姿を消した。
部屋は実験室だった。部屋の入口から端まで円柱型の水槽が幾つも置かれている。
水槽は均等に並べられ水槽間は1人分の肩幅しかなく狭い。
それでも入口から奥までの道は2人分の肩幅があった。
ハヤト達は部屋の奥を目指しながら水槽に目をやる。
水槽の中には無数の人体が入れてある。どれも生きている様子がなく死んでいる。
人体の幾つかは異常な形をしていた。
頭が陥没している者、口が異常に開いている者、腕が3つ折れになっている者
どれも不気味だ。セーラは恐怖を覚える。
「ねぇ…… 何か変な形のがあるんだけど……」
「奇形児か? にしても異様だ。人為的にされたとしか思えない」
ハヤトは顔を引きつらせる。セーラは両手で棒を掴み怯えている。
クラウスは真剣な顔をしている。ソニアは1人怒りに震えていた。
――これもアヤツの実験材料か…… 許せん!
ハヤト達は水槽を抜け奥の広い空間に出る。
壁には実験器具を置く棚や本棚が置かれている。
間の中央には細長いテーブルが置かれている。
テーブルの上では何かの実験がされており
赤や青といった色のフラスコから蒸気が出ている。
テーブルの右隣には牛皮で作られたソファが1つ置かれている。
ソファには誰も座っていない。ソニアはそのままソファの向こうに歩き出す。
ソファの向こうには手術用の台があった。
台には血まみれの死体が置かれている。
台の前には黒いコートを着た銀髪の女性がいる。女性は死体を解剖していた。
「……アルマ」
ソニアはぽつりと女性に問いかけた。女性はメスを置き後ろを振り向く。
「あら驚いた。私以外に生きていられる人がいるなんて」
この女性がアルマだ。
彼女が過去に細菌兵器を作った学者でライールや村人を殺した人物である。
「久しぶりじゃな。アルマ」
ソニアとアルマは同じ大学にいた旧知の仲である。
再会の言葉とは裏腹にソニアはアルマを睨み付けていた。
「なんだ? 2人は知り合いなのか?」
ハヤトとセーラはそこら辺の事情を聞いていなかった。
しばらく間を置いた後アルマはソニアの事を思い出しす。
「あー、ソニアか。随分久しぶりね」
アルマは手に付いた血をタオルで拭き取る。2人が再会するのは5年振りの事だ。
――ここにいるって事はマハドが案内したのね。
マハドとは先程いた褐色の男である。彼はアルマの従者だ。
「それで? 何しにきたのかしら?」
「そんな事、聞かずとも分かるであろう。お主、村の者やライールを殺したな?」
アルマは鼻で笑った。その様子から反省の色など少しも見られない。
「まぁ結果的にそうなったわね」
アルマは何の悪びれる事もなく答えた。ソニアは必死に怒りを殺して話を続ける。
「……何故殺す必要があった?」
「実験の為よ。おかげで良い成果が出たわ。まぁ、あの黒騎士はおまけだったけど」
最後の言葉を聞いてソニアは怒りを抑えられなくなった。
彼女は口より先に手を動かした。ソニアは背中から剣を抜きアルマに斬り掛る。
アルマはふわっと浮かび攻撃を避けた。彼女は台の後ろに着地する。
「あー怖い。貴方のそういう熱烈な所、昔のまんまね」
――ここで暴れられても困るし。少し場所を変えるか。
アルマは右手を上げると指を鳴らした。
「ハヤト君!」
クラウスの掛け声でハヤトとセーラは後ろに目をやった。
後ろでは水槽の間から数十体の何かが出てくる。
「何だコイツ等……」
ハヤトはとっさに右手を柄に掛けた。
現れた物体は人型をしている。
顔や上半身に色あせた白の包帯を巻き腹には白い衣を巻いている。
下には黒い衣を履き片手にはナイフを持っていた。
水槽の方に目を向けながらアルマは人型の説明をする。
「それはミイラ兵って言って昔ドラクロ人が使っていた死人の眷属よ」
「ミイラ?」
セーラは思わず口を出してしまう。
「ちょっとやそっとじゃ死なないから、まぁ気を付けてねぇ」
そう言葉を言い残すとアルマは身体を浮かせその場から立ち去っていく。
「待て!」
ソニアはアルマを追って水槽の間に入っていった。
「おい!」
ハヤトが言葉を放った時、既にソニアは姿を消していた。
ソニアが通った隙間はミイラに塞がれてしまう。
剣を抜くとハヤトは中央にいるミイラに狙いを定める。
だが、突然セーラが前に出てきた。
「ここはセーラさんにお任せください」
ハヤトとクラウスは後ろに下がりこの場をセーラに任せる事にした。
セーラの顔は自信に満ち溢れている。
「それじゃ私のとっておきを見せますか」
セーラは両手で棒を持ち棒を身体の左後ろに向ける。
彼女の姿勢は何かの構えと見える。
「ホワイトブレス!」
セーラは棒を左から右へと大きく振った。
棒の先端からは白い冷気が放たれミイラ達に降り掛る。
冷気はすぐに晴れた。
セーラの前にいるミイラや水槽は白く凍っている。
ミイラは完全に沈黙していた。彼女の技を見てハヤトは驚く。
「お前天装使いだったのかよ」
セーラの持っている棒は氷の天装である。
彼女はそれをセルディカの戦いでは使わず今初めてハヤトの前で使った。
セーラはハヤトに身体を向ける。
「うん。私の場合天装 槍士って言うんだけどね」
――槍士? お前が持っているのは棒だろう。
ハヤトはセーラが言葉を間違えたのだと思いあえて言及しなかった。
セーラは誇らしい顔をしている。
「どーお? 凄いで」
セーラはミイラの方に振り向く。すると、先程の顔はどこかに吹っ飛んでしまった。
「……って動いているし!」
何体かのミイラは身体を動かし始めていた。
それでもセーラの攻撃が効いていたようで動きは遅い。セーラは動揺している。
「何で動けるの? 身体の芯まで凍らせたはずだよ?」
クラウスは腕を組みながら自身の見解を述べる。
「彼等はアルマの眷属…… そう簡単には死なないという訳か……」
「そんなぁ……」
セーラが落胆しているとハヤトは1人先行し足でミイラを蹴り飛ばす。
「コイツ等が鈍っている今がチャンスだ! 早くソニアを探すぞ!」
後ろから目を離すとハヤトは真っ直ぐ入口に向かっていった。
「ちょっと待ってよハヤト!」
セーラとクラウスはハヤトが蹴り開いた道を走っていく。
「もう、世話のやけるオーナーだなぁ」
「ハッハッ、私は頼もしいと思うがね」
ハヤトはドアを開け2人を待っていた。そそかっしい所はどこかの少佐に似ている。
「よし、良くぞ」
2人と合流したハヤトは実験室を後にしてアルマとソニアを追った。




