第3話 吸血鬼の国 <3rd 雷の猟兵>
王宮までの大通りを大きな牛車が進んでいる。
牛車は6匹のバイソンが引いている。
荷台は紺色の鉄製で作られ幅が8メートル長さが10メートルある。
荷台には竜が乗っており前には御者がその後ろにハヤトとブラントがいる。
牛車の左右には6匹の馬が並走している。
一番右の馬にクラウスが乗り、その後ろにセーラが乗っている。
他の馬にはドラクロの兵士が乗っている。彼等は牛車の護衛だ。
竜の足枷は依然付けられたままで鎖は荷台に繋がれている。
しかし、竜は落ち着いていた。
牛車の進む速度は遅い。ハヤトはすぐに暇になりブラントに話を持ちかける。
「あんな調子でよくここまで竜を連れて来れたな」
ブラントは軽く笑うとこれまでの道のりを語り出した。
「元々竜には睡眠剤を打ってたんだ。
だが恥ずかしい事に、王都に着く前部下が浅く打ち込んでね。
効き目が薄くなったせいであんな事態になってしまったという訳だ」
通り沿いの人々も護衛の者も竜に目線を向ける中
セーラはハヤトだけを見ていた。
――あんな大きな動物を1人で宥めるなんて……
セルディカにいた時、セーラはハヤトの過去を知った。
だが、それはほんの一部でハヤトが竜を使いこなせる事までは知らなかった。
竜は依然落ち着いている。ブラントとの話を終えるとハヤトは竜に声をかける。
「お前、出身はガスコインか?」
グワァッ、竜は鳴いた。ハヤトはそれを『違う』と受け取る。
「じゃあ、ウィートベルト?」
グワー―、竜は長く鳴いた。ハヤトはそれが出身だと判断する。
「そうか、ウィートベルトかぁ。俺まだ行った事がないんだよなぁ」
ハヤトは友人にでも話しかけるかのように竜と会話をしている。
それを見てブラントは驚いた。
「貴方は竜と会話ができるのですか?」
「いや。ただ、そんな感じがするだけ」
「えっ……」
ブラントは言葉を失った。
――普通に会話しているのに、ただそんな感じがするって……
ブラントは少々疑いながらハヤトの言葉を信じた。
「隊長、着きましたよ」
御者の声でハヤトとブラントは前を見る。牛車は王宮の門に辿り着いた。
王宮は黒い鉄の柵で覆われている。
宮殿までの道は庭園になっており入口から宮殿まで1キロ近い距離がある。
宮殿は白い壁で覆われ所々黒の模様がある。屋根は赤一色だ。
ハヤトとブラントは荷台から降りた。セーラとクラウスも馬を下りている。
ブラントは門番に話に行っている。
ハヤトが竜の右に立っているとクラウス達が近寄ってきた。
「全く。先程の行い、身震いが止まらなかったよ。
まさか竜を手懐けるとは、恐れ入った」
クラウスはうんうんと首を縦に振っている。
「ホントねぇ。ビックリしちゃったよ。ハヤトは竜使いなの?」
「うーん、乗れるけど『竜乗り(ライダー)』には及ばないなぁ」
「ライダーって何?」
「竜を自在に乗りこなす操縦士の事だ。
俺はまだ、ライダーのように自由に飛ぶ事は出来ない」
「自由に飛べなくても、乗れるだけで凄いと思うけどなぁ」
ライダーでも竜を手懐けるのは難しい事だ。
しかし、ハヤトは竜を簡単に手懐ける事が出来る。
それは彼が動物に好かれているという事もあるが
それ以外に竜を魅了するモノを持っているからである。
竜は賢い動物。
大抵の竜は人間を小さな動物と判断し自分より下の者だと見下す。
だが、ハヤトのように見識があり敬意を払う人間には従う習性がある。
何故なら、その人間に従えば自分の扱いを良くしてもらえると判断するからだ。
竜が現れた事で宮内は慌ただしくなっていた。
牛車を門内に入れるとブラントは宮殿の前で牛車を止めた。
御者や兵士がバイソンを連れて行く。
ブラントは宮内の兵士にあれこれ指示している。
ハヤト達はそのまま待機するようにと言われた。
竜は首をキョロキョロとし王宮を見渡している。
ハヤトが宮殿を見ると窓から人の顔が多く見られる。
皆、竜を見ようと顔を出しているのだ。
突然、ゴォーという音と共に宮殿のドアが開く。
ドアからは5人の男達が現れハヤトの方へと向かってくる。
男達の真ん中の2人は黒騎士。
後ろの2人は側近で2人とも違う服を着ている。
男達に共通している事といえば全員がドラクロ人で
赤い瞳と銀髪をしているという事だ。
ブラントは先頭にいる男に目を向ける。
「陛下だ! すまないが私は説明に行かせてもらう」
先頭の男がドラクロ王フェリクス・スタンバーグだ。
フェリクスは120の年齢を迎えているが容姿は40代の男性と変わらない。
服は赤い上着を着て黒いズボンと靴を履いている。どれも上等な物だ。
背中にはシルクのマントを羽織っている。マントは内側が赤色で外側が黒色。
左腰に銀と宝石が装飾された豪華な剣を携えている。
耳には赤色のピアスが付いており首には銀色のネックレスがある。
ブラントはフェリクスの元に向かった。
ハヤト達はブラントが説明している光景を黙って見ている。
ブラントの説明が終わりフェリクスが1人でハヤトに近付いていく。
すると、突然横から1人の男が現れフェリクスの前に立ちはだかった。
「いけません陛下! こんな猛獣どこから…… 貴様か!」
男はハヤトを睨み付けた。
男は20代後半の年齢で青い瞳のオールバックの金髪。
全身が緑のコートとズボンで構成されている。
黒いブーツを履き首から赤いマフラーを垂らしている。
腰には丸めた黒い鞭を止めていた。
男の登場により竜が騒ぎ始める。ハヤトは竜の前に立ちすぐに竜を宥めた。
後ろを振り向くとハヤトは男に叱りつける。
「竜はデリケートな生き物なんだ。いきなり現れてデケェ声出すんじゃねーよ」
ハヤトは男を睨む。彼が怒るのは無理もない。竜は神経質な生き物なのだ。
「竜だと? 貴様、陛下を殺めるためにこんな怪物を。許さんぞ!」
「おい、ブルーノ。これはだな」
フェリクスが何かを言おうとするが男はそれを遮った。
「分かっています陛下。陛下自らが怪物を退治しようとしていたのでしょう?
陛下の出るまでもありません。
お任せください。その務め、この私が全うしてみせます」
フェリクスは顔に手を当て首を横に振っている。
男の名はブルーノ。彼はフェリクスに仕える戦士で王宮の警備をしている。
「おい、話の分かる奴はいないのか?」
ハヤトは誰もブルーノに事情を話さない事に苛立っていた。
「そこをどけ黒人! 竜は、私が成敗する!」
しかし、ハヤトはどこうとせず竜の前に立ったままだ。
「誰が黒人だ。竜を倒したかったら、まず俺を倒してみろ」
「面白い。ではまず貴様から倒す事にしよう」
フェリクスは手を下げ取巻きを下がらせる。
反対側では竜がキョトンとしている。
竜の左側にはセーラとクラウスがいた。クラウスは目を細めている。
「これは大変な事になってしまったなぁ」
「しょうがないよ。ありゃ、話の通じる相手じゃない」
2人はこの場をハヤトに任せる事にした。
ブルーノは腰に掛けている鞭を取り出す。鞭は巻いている状態。
彼は鞭を止めているバンドを外した。鞭はひらひらと解け地面に垂れ下がる。
鞭は黒いゴムで覆われ丸い灰色の点が幾つもある。
「鞭?」
ハヤトは少し驚いた。
――鞭を戦闘で使うなんて面白い奴だなぁ。
本来、鞭は動物などの調教に使われる道具で戦闘向きの物ではない。
戦闘で使ったとしても殺傷力は低く精々相手を威圧する程度だ。
ブルーノは左半身を前に向けると右腕を大きく振り鞭を地面に叩きつけた。
バリバリッ、鞭からは虫の鳴き声のような音が鳴っている。
おまけに青色の火花も散っていた。
――なるほど。やはり天装か。
ハヤトは薄々気付いていた。
彼は欧州に来てから天装使いばかりに出会っている。
そのため、ブルーノも何か持っているのだと考えていた。
ブルーノの鞭は雷の天装だ。
鞭の表面をゴムで覆っているのは使用者への感電を防ぐためである。
よく見ると彼の両手には黒いゴムの手袋がしてあった。
「これに当たれば火傷じゃ済まないぞ」
ブルーノは先程と違い真剣な顔をしている。彼は本気でハヤトと戦う気だ。
――ハヤト君は一体どうするんだろう……
クラウスはハヤトの展開が気になっていた。
彼はまだハヤトが戦っている姿を見た事がない。しかも、相手は天装使い。
クラウスは生唾を呑んでジッと目の前の光景に目をやった。
「いいから早く掛ってこい。お前と長く遊んでる暇はないんだ」
ブルーノの鞭を見てもハヤトは冷静だった。
それ所か、戦いの後の心配をしている。彼の発言はただの挑発に過ぎなかった。
――ふんっ、威勢だけの戦士かどうか試してやる。
鞭を地面に叩きつけるとブルーノはハヤトに向かって走り出した。
それに反応しハヤトは抜刀の体制を取る。
「届け! 我、迅雷!」
ブルーノはハヤトの数メートル前に来ると鞭を真っ直ぐに伸ばした。
鞭は電気を帯び青色に光っている。鞭はハヤトに襲い掛る。
――抜刀……
剣を抜くとハヤトは鞭の左側を通過して行った。
2人が交差したのは1秒程度の事。
ハヤトは電撃を受けていなく全身無傷だ。
――流雷。
ハヤトの剣には電気が帯びている。
彼はブルーノの電撃を剣に受け流したのである。
ハヤトはケロっとした顔で後ろを振り向いた。
後ろではブルーノが地面に跪いている。
――たく、みね打ちなんて、させるんじゃねーよ。
ハヤトはブルーノの腹にみね打ちを喰らわせた。いつもの彼なら斬っている所。
だが、相手が国王の臣下だと悟り手を抜いたのである。
ブルーノは左手で腹を抑えている。
――何だ今のは。全然見えなかった。
ブルーノは自分の身に何が起きたか把握していない。
それほど、ハヤトの抜刀は早かったのだ。
剣を鞘に戻すとハヤトは金髪の戦士に身体を向ける。
「これで落ち着いただろ? もうやめにしようや」
ブルーノは全身の力を振り絞り立ち上がった。
彼の口からは血が流れている。口元を拭くとハヤトの方に振り向いた。
「やるなぁお前。ゼスト志願者である、この俺を圧倒するとは。中々の強者と見た」
ブルーノはあえて自分が弱いという表現はしなかった。
あくまでハヤトの方が強いという言い方にしたのである。
――ゼスト志願者って。コイツもか!
ゼスト志願者と聞いてハヤトは目を見開いた。
――今、目の前に俺と同じ者がいる。
ハヤトは心の中がおかしくなりそうになった。
ゼスト志願者を豪語する者はまずいない。
いたとすれば余程の馬鹿か実力のある者のどちらかだ。
――気が変わった。コイツとは、もっと戦ってみたい。
ブルーノがゼスト志願者だと分かりハヤトは考えを改めた。
彼はブルーノへの興味が増し戦う事に駆り立てられている。
ブルーノはハヤトの全身を見渡した。
――コイツ、無傷だ。俺の電撃はあの剣に吸い取られたという事か。
ハヤトの状態を見てブルーノは何が起きたかを把握した。
これも、武人による戦闘能力と言える。
「次は当ててみせる。行くぞ!」
ブルーノはハヤトめがけ鞭を振った。それに反応しハヤトは剣を抜く。
両者、鞭と剣のぶつかり合いで拮抗していた。
ハヤトは時折後ろに下がり鞭を剣で弾き返す。
ブルーノはハヤトの間合いを恐れ定期的に後ろに下がる。
お互い足を前に出してはすぐ後ろに戻す。その動作の繰り返しだ。
2人の戦いは激しい剣舞を見ているようで見ていて退屈しなかった。
「これは凄い。お互い戦う事を楽しんでいる」
クラウスは手に汗を握った。
剣舞といえどここまで激しい戦劇を見られる機会は早々ない。
――私ももう少し若ければ……
クラウスは少しハヤトを羨ましくなった。
フェリクスや兵士達も興味を示し時折声援を送っている。
ハヤトとブルーノは所々擦り傷を負っている。
しかし、2人共楽しげな顔をしていた。
剣と鞭の電気がぶつかり合う音が辺りに轟いている。
竜は首をコンコンと縦に振りその光景に見入っていた。
皆が楽しんでいる状況の中、1人楽しんでいない女性がいた。
セーラだ。彼女は真面目な顔で目の前の光景を見ている。
――セルディカではあっさり人の首を跳ねていたのに
今はどうして普通に戦っているの?
セーラは疑問が消えなかった。確かにハヤトは簡単に人を殺める。
エーゲの海賊といいトラキアの革命軍といい
ハヤトは容赦のない戦い方をしてきた。
そんな冷酷な彼が今戦いを楽しんでいる。
彼女はハヤトという男が分からなくなった。
ハヤトとブルーノは5分くらい続いていた剣舞を一旦中断し
一時の休息を取っていた。
――分かっているなぁコイツ。戦いはこういうのでないと始まらん。
ブルーノは心の中でハヤトを賞賛した。2人は楽しむ戦いをしている。
その為、お互い必殺技など使わないでいるのだ。
――こーいう実戦は久しぶりだ。相棒とやった時以来だな。
ハヤトは普段手合いなどしない。
しかし、以前トラヴィアにいた時相棒と度々手合いをしていた。
ハヤトはその時から手合いを好きになり始めていた。
――人を殺めない戦いを楽しむ。
全く、欧米人って奴は狂ってやがる。
だが、そこが最高に良い。
剣を持ち直すとハヤトは再びブルーノに向かって行った。
その時、横から声が入ってくる。
「無用な戦いはやめよ!」
声を聞いてハヤトとブルーノは手を止めた。2人の間には1人の女性が立っている。
女性は20前後の年齢で赤い瞳に銀の短髪。
全身に紺色のローブを着ており頭にフードを被っている。
背中には細い剣を背負っていた。
小柄な女性はズカズカとブルーノに詰め寄る。
「客人に手を上げるとは何事か!
お主、母国でどういう礼儀を習ってきたのじゃ!?」
「あっ、あのですね。姫君、私は……」
ブルーノは動揺している。女性はブルーノの言い訳を遮った。
「愚か者! この方はエーゲの使いの者。
それに手を出すとは、お主戦争でも始めるつもりか!」
女性の説教を受けブルーノは跪いた。
彼女の言葉は少々大げさだったが正論である。
一国の外交官に戦いを仕掛けるなど戦争の原因になったとしても仕方のない事だ。
「いやいや。受けてたったのは私です。彼は何も悪くありません」
仕掛けたのはブルーノ。
しかし、ハヤトは自分も楽しんでいた事を考慮しすぐにブルーノの弁解をした。
「本当に申し訳ない。全く、陛下がおられるというのに、何という様だ!」
女性はフェリクスを睨みつけた。そしてすぐハヤトに目線を戻す。
「話は先程兵から聞きました。
竜を王宮まで護送してくださったそうで誠にかたじけない」
――このお嬢さん、少し言葉が変だな。
女性の言葉に違和感を抱きつつハヤトは自らの身分を明かす。
「問題ありません。私の名はハヤト・スサノメ。
エーゲの外交官をしています。失礼ですが貴方は?」
「ワラ、じゃない。私の名はソニア・ガヴィスト。
トランシルヴァニアが領主、ルドルフの次女でございます」
「トランヴァシア?」
「うーん…… 簡単に申せば、貴族の娘という事です」
――貴族の娘かぁ…… でもさっき姫君って聞こえたけど……
ハヤトはすぐに頭を切り替え深く詮索しない事にした。
ソニアの登場を見てフェリクスが近付いてくる。
「おぉソニアよ。元気そうだな」
「陛下こそ、元気そうで何よりです」
ソニアは半目でフェリクスを見ている。
彼女は戦いを止めなかった国王に腹を立てているのだ。
「そう怖い顔をするな。ブルーノも悪気があってした事ではない。
コヤツも私を思っての事なのだ」
「まぁ今回は水に流しますが、今後こういう事はやめてください。
中立国の使者に剣を向けるなど
一歩間違えれば戦争にだってなりかねないんですぞ!」
ソニアはフェリクスに詰め寄る。彼女は上目使いでフェリクスを睨んだ。
「わっ、分かった。全く、お前には敵わないな」
恐王と呼ばれている男に対しソニアは大きな態度を取っている。
それ程、彼女は国王にモノを言える立場にある。
ブルーノは鞭を畳み跪いたまま口を閉ざしている。
「してソニアよ。いつ城に着いたのだ?」
「つい先程です。ハヤト殿が参られる少し前でしょうか」
ソニアはハヤトの方に身体を向けた。
フェリクスはそれに反応しハヤトに身体を向ける。
「よく来てくれた大使殿」
「こちらこそ、お会いできて光栄です」
一国の主に対しハヤトは面と向かって立っている。
礼儀としては失格な行いであるが
彼の口調や言動は決して悪いものではない。
ハヤトはフェリクスと握手を交わした。
「先程の無礼を許されよ。ブルーノも反省しておる」
「気にしていませんよ。お強い戦士をお持ちのようですね」
フェリクスは顔に笑みを浮かべ笑った。
「貴公の方がもっと強いと、私は思うがな」
国王に招待されハヤト達は王宮の中に入って行った。
フェリクスは真っ先に奥へと向かい姿を消す。
ソニアの姿もどこかへと消えていた。
ブルーノはミスター勘違い君です。
やっとこソニアの登場です。
彼女は4話の主役となる人物なので目が離せませんね。




