母の面影
どれくらい意識を失っていたのだろうか?
気が付くと敏哉は一人になっていた。
明り取りの窓からの光より察するに昼頃だろうか?
すると半日くらい気を失っていたことになる。
そっと首筋を触ると小さな瘡蓋が出来ていた。
「瑠香はなぜこんなことを・・」
瑠香の夢みるようで焦点の定まっていないその表情には見覚えがあった。
母・塔子の最後の表情と一緒だった。
元々身体の弱かった母は瑠香を生んで直ぐに精神のバランスを崩し入院してしまった。
今でも最後に母のお見舞いに行った時のコトは忘れない。
白い・・・真っ白い病室で同じように精気がまるでない程に白くなった母は
とても綺麗だがその表情はどこか作り物めいていた。
「ぼうや、どこの子?」
もう子供である俺のことすら覚えていなかった。
「ママ・・・僕だよ?敏哉だよ?」
まだ現実を受け入れるのは幼かった敏哉は
母親を困らせるようなことを言ったのかもしれない。
「ひどいよ!ママ僕を忘れちゃったの?僕はいらないコなの?」
泣きじゃくりながら敏哉は母のベッドにすがりついた。
「・・・・ごめんなさいね・・・」
母の困った様な表情でありながら焦点の曖昧な眼差し、
そして優しい手が今でも思い出される。
母を見たのはそれが最後だった。
その日の夜、母の様態は急激に悪化し延命治療もむなしく
その日のうちに帰らぬ人となってしまった。
瑠香は母と似ている。
それは顔立ちや体質だけではなくおそらく精神的なものも似通っていたのかもしれない。
もう母のように正気を失ってしまったのだろうか?
だからって何故、吸血鬼の真似事みたいなことをするのだろう?
いや、真似事ではなく本当に吸血鬼なのだろうか?
兄を地下室に閉じ込める。
ここまでは確かに常軌を逸した行動ではあるが物理的に可能な出来事だ。
しかし牙で血を吸い、噛み跡が消える傷を首筋につける・・・。
これは人間離れしている芸当としか言いようがない。
瑠香は少々引っ込み思案なところはあるが普通の女の子だ・・・
と兄の目からは思っていた。
普通に学校に行き普通に友達と遊び普通に家族と暮らしている。
いつからおかしくなったのだろうか?
そしていつ正気に戻るのだろうか?
いいや。もう戻らないかもしれない。
母が正気に戻ることなくこの世を去ってしまったように・・。
「それならば・・・」
自力でここを出るしかない。
そしてこんな馬鹿なコトは止めさせて今までのような普通の生活に戻るんだ。
敏哉はいつもほとんど手を付けていなかったベッドサイドの食事に手を伸ばした。
(体力が落ちているのが判る・・・これじゃあここを自力でなんか出られない)
少し味の薄いシチューをただただ機械的に喉に流し込みながら現状を再認識していた。




