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9/13

中部太平洋の戦い

 ソロモン諸島でマッカーサー軍が苦戦している頃、同じくマーシャル諸島に侵攻したニミッツ大将指揮下の部隊は、日本側の抵抗が微弱ということもあって、距離的な関係や、慎重を期した結果として、時間は掛かったもののウォッゼを始めとする環礁を次々に占拠した。


 そして残るはクウェゼリン環礁のみとなったが、ここからが大仕事となった。


 日本側はこのクウェゼリンの航空基地に航空戦力を集結し、さらには対空砲や対空機銃なども集中配置していた。


 そのため3月10日に米機動部隊による空襲が始まるが、それまでとは打って変わっての日本側の激烈な抵抗に遭遇した。


 同地に展開した航空隊は、基本的に戦闘機と偵察機のみであった。陸攻や艦攻と言った貴重な対艦兵力は、トラック島から出撃し、クウェゼリンには給油と弾薬の搭載、あるいは被弾時の不時着場としての役割のみを担わせていた。


 このため、米機動部隊の第一波200機が来襲した際、迎撃に出動した戦闘機は、礁湖に展開した水上戦闘機も含めて150機あまりであった。


 数や戦闘機の性能などを見れば、日本側戦力は見劣りするが、それでも迎撃する側は容易に不時着と脱出が出来るなどの、精神面も含めたアドバンテージがあった。


 さらに他の島嶼を放棄してまでも集中させた猛烈な対空砲火も、米軍機には大きな脅威となった。


 結局、米軍側は延べ500機による空襲を行い、日本側戦闘機100機あまりを撃破し、飛行場設備にも甚大な損傷を与えたと見込んだが、未帰還ならびに帰還後の破棄による機体の損失も150機に及んでおり、翌日の空襲を躊躇せざるを得なかった。


 その間に日本側はトラック島からの長距離夜間航空攻撃を試み、米空母「レキシントンⅡ」に魚雷を命中させ、戦線から離脱させたが、めぼしい戦果はこれだけであった。


 3月13日、後方の護衛空母から補充機を受け取った米軍は、二度目の大空襲を掛けたが、それでも日本側が80機あまりの迎撃機を出してきたことに驚愕した。これはトラック島から前日のうちに派遣された増援を加えたことや、日本側が滑走路を必死に修理した結果である。


 とはいえ、この日の米軍の空襲も延べ400機に及び、対空砲火と合わせて、その内の80機あまりを撃破したが、飛行場設備へのさらなる被害を受け、これ以上の航空戦力による迎撃は不可能となった。


 このため日本側は同日クウェゼリンの放棄を決定し、まず航空隊関係者が残存航空機とトラック島から派遣された飛行艇や陸攻で脱出を開始した。


 また負傷者から優先して、潜水艦による脱出も始まった。


 もちろん、米軍側はこの撤退行動を妨害したが、日本側も引き続き夜間航空攻撃でこれに応えた。


 3月14日、米側は三度の空襲を掛けるが、日本側の迎撃機が出てこなかったことや、対空砲火も弱まっており、飛行場や基地設備に甚大な損害を与えたと判断し、翌日から艦隊を環礁に接近させて包囲、艦砲射撃を3日間徹底的に加えた後、上陸することを決定した。


 一方日本側は既に戦線を後退させることを決定していたため、前回のような主力艦隊は出さず、ガダルカナルと同じく潜水艦と高速駆逐艦部隊による急速撤退を行うこととした。


 この駆逐艦部隊は2日前にトラック島を出港し、その後敵航空機の活動圏外ギリギリの海面で待機していたが、撤退作戦発動を知らせる「黄泉つ平坂昇れ」を受信すると共に、一気にクウェゼリンへと突入した。


 結果から言えば、この撤退作戦は成功を収めたと言っていい。不幸にも帰路で改「島風」型の駆逐艦「晴風」が敵機の銃撃で中破し、乗艦していた将兵に多数の戦死傷者を出したものの、機関部に損傷がなかったため、僚艦とともにトラックまで駆け抜けている。


 対する米軍はこの日本側の撤退の動きを把握したが、万が一の残兵などにそなえて空襲と艦砲射撃を1度ずつ行い、全くの抵抗がないことを確認した上で上陸している。


 もっとも、日本側もただで明け渡す気はなかったために、島内には時限爆弾をはじめとするトラップがあり、また日本兵の幻影におびえた兵士による同士討ちも発生し、最終的に100名あまりの死傷者が出たが、これは本格的な地上戦闘を行うことを考えれば僅少とも言うべきものであった。


 こうしてクウェゼリンを巡る戦闘は1週間あまりで終結し、航空戦こそ激烈であったが、艦隊戦や地上戦は生起しなかった。


 このことがマッカーサー元帥の耳に入ると、彼はニミッツに猛烈な抗議を行った。


 マッカーサーからすれば、自分たちは二流の艦隊戦力しか与えられなかったために制空権や制海権の奪取に苦労し、陸戦でも苦戦したと考えたわけだ。


 確かに、仮に空母任務群のうちの一つでもソロモンに派遣されていれば、ここまでの苦戦はなかったであろうが、もちろんニミッツからしてみれば自分たちの方は日本の連合艦隊の本拠地の目と鼻の先での戦闘であり、さらにガダルカナルとマーシャルでは地理的要件も違いすぎる。


 それでも、マッカーサーは太平洋艦隊の空母部隊のうちの任務群の一つを自分の下に寄越すよう要求した。


 結局、これはワシントンの統合作戦本部などが調整して、マッカーサー軍に対して、艦隊空母の代わりに護衛空母12隻を増勢することでお茶を濁した。


 しかし、このために船団護衛や前線への航空機輸送戦力が大きく削がれてしまい、日本の潜水艦や陸攻に付けいる隙を与え、せっかく占領したマーシャル諸島の整備を3ヶ月も遅らせる要因となった。


 


 

 


 

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― 新着の感想 ―
ニミッツとマッカーサーの対立が史実よりも厳しいものとなってますね。戦略にも影響はかなり大きいようですし、被害の違いや空母の能力差は揉める元ですね。 つけ入る隙を見つけた日本が鹵獲艦をどう駆使するのか…
改島風型の晴風?
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