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10/13

その時世界は・・・ ①

 少しばかり時計の針を巻き戻した1942年後半の世界、日本の主戦場である太平洋・アジア方面から遠く離れたヨーロッパに目を移せば、前年にソ連に侵攻し、さらにイタリアを助ける形で北アフリカまで戦線を広げたドイツの攻勢が頭打ちを迎えていた。


 ドイツ自身の国力の限界に加えて、アメリカ参戦によって英ソなどに対して始まった膨大な援助が、その原因であった。


 この援助物資は東部戦線や北アフリカ戦線に届くと、そこで戦う英ソを始めとした連合軍を大いに助けることとなった。


 このため、ドイツ側としてはこの援助物資のルートを潰そうと躍起になるわけだが、大西洋をアメリカ・カナダからイギリスに向かう大西洋航路は、充分な護衛艦や哨戒機がつき、さらに対潜技術の向上で、Uボートによる戦果は1942年に入ると下降気味となった。


 こうなると「戦果の挙がる場所で稼ぐ」となるのが戦術の常道で、注目されたのが援ソルートの主軸である北極海、援ソならびに援英ルートであるインド洋である。


 しかし、北極海は気象が荒く潜水艦としては小型のUボートでは活動に制限があり、一方インド洋は本国から遠く離れており、同盟国日本の助けを借りてもその活動には制限がある。


 結果として北極海では残存水上艦艇が活躍することとなり、インド洋では基地の設置などで、同盟国日本の助けを借りることとなった。


 このドイツ海軍の戦略方針は、最終的には半分成功の半分失敗となった。


 確かに北極海では、ドイツ水上艦隊が航空機や潜水艦の活動が制限され、しかも1942年以降のヒトラー総統直々の梃子入れにより、1944年10月のノルマンディー上陸作戦まで優勢を保っていた。


 またインド洋でも、日本側の協力で展開したUボートに加えて、日本の潜水艦や仮装巡洋艦部隊、さらには時折巡洋艦や水雷戦隊、航空隊も投入して通商破壊を実施し、大きな戦果を挙げた。


 しかし、それら戦果をもってしても完全な援助物資ルートの寸断はならなかった。


 1943年3月には一度は完全占領したスターリングラードの放棄となり、さらに1943年8月には北アフリカの枢軸軍が完全降伏に追い込まれてしまった。


 枢軸軍にとって1943年は、かなり旗色の悪い状況に陥っていたわけだが、では連合軍はと言えば決して優勢というわけでもなかった。ようやく枢軸国の攻勢を止めて、反撃に入ったばかりであったからだ。


 しかも1943年10月に、情勢が激変した。ドイツのヒトラー総統が暗殺されたのである。


 この暗殺自体は、組織性のない1人の士官が自らの命を道連れにした自爆テロであったのだが、当然ドイツ国内は大混乱に陥った。


 次期総統の座を狙ってゲーリング空軍元帥、ヒムラーSS長官、ゲッベルス宣伝大臣が権力争いを開始したが、最終的に国家の暴力装置を手にしていた国防軍内部から、ちょうど北アフリカでの激務後帰国し療養中だったロンメル元帥が総統に就任した。


 当人は全くその気はなかったが、戦時中であることや、国民的英雄としてドイツ国を一つにまとめられるのは他にいないとして、周囲から圧される形で渋々就任したが、実際のところ多くのドイツ国民は熱狂したのだから、そういう意味では間違いの無い人選だった。


 加えて彼がナチス党員でなかったことや、発表された閣僚名簿もナチス色を大分薄めていた(さすがに完全排斥は無理だった)のも、軍民の士気を上げた。


 ただし、国内で人気があるのと、それと外交や戦争に影響を与えるのは別問題だ。たしかにロンメルは、ヒトラーに比べれば「まだマシ」と思われたが、国防軍出身であり、ヒトラーに引き立てられた存在である以上「信頼するに値しない」と言われてしまえば、それまでだった。


 結局ヨーロッパでの戦争が終わる兆しはなかったが、それでもドイツ側から中立国を介した休戦交渉が始まったのは、一歩前進であった。


 また空海軍からは、陸軍出身の彼は陸軍や武装親衛隊(ヒトラー政権後も、とりあえず残置されていた)を依怙贔屓するのでは?と警戒されたが、ロンメルがこの方面に口出しすることもほとんどなかった。


 彼は「自分は政治のことも知らないが、空軍や海軍のこと、兵器生産のことも知らん。そこは専門家に任せる」という方針であった。


 良い意味で、ロンメルは自分が知らないことが多いと自覚しており、結局海空軍のことについては、ほとんど両軍上層部と前政権から留任した数少ないシュペーア軍需大臣に丸投げしたが、逆にこのことが有利に働いた面さえあった。


 ヒトラー政権下では、ヒトラーの気まぐれで行われた兵器開発への横やりがなくなり、海空軍とシュペーアは衝突しつつも、現実的な兵器生産を行うことができた。


 特に空軍がMe262ジェット戦闘機やHe219夜間戦闘機を早期に配備できたことは、連合軍を苦しめることとなった。

 

 ちなみに海軍で関わることと言えば、建造が再開されていた空母「グラーフ・ツェッペリン」が1943年9月に完成したが、当初は連合国の攻撃を怖れてバルト海に籠もりつつ、艦載機の訓練に励んだが、これもヒトラー政権の瓦解とゲーリングの失脚の結果として、早期に海軍直轄の航空隊を手に入れられたのが大きかった(艦載機はFw190と日本から提供された「彗星」艦爆の設計図を元に生産されたAr236)


 


 

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― 新着の感想 ―
ヒトラー暗殺、ロンメルが総統に。歴史の転換点でしょうがヒトラーのせいにして休戦は連合国からすれば納得は無理でしょうね。 ドイツの落とし所と連合国の落とし所が噛み合わない以上何処かで決戦になるのかな。…
アツタの元になったDB601→603に換装した彗星とか胸熱ですよね。 アラドって所がまた良いですw あとはルーデル閣下に乗って貰いましょうww
ヒトラーの存在が戦争継続に影響を与えていないとは・・・ 始まってしまったものは、米英側の思惑があるから簡単には終わらんのだろうなぁ
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