その時世界は・・・ ②
ヒトラー総統暗殺と、それに伴う政変はドイツ国内に多少の混乱をもたらしたものの、戦争の終結に繋がるものではなかった。
しかしながら、新総統のロンメルは自らが不明であることを自覚する故に、軍の行動に関しては、かなりのフリーハンドを与えることとなった。一方で、さすがに調整が付かない場合は、シュペーア軍需相や旧知の軍人たちからレクチャーを受け、総統命令で解決を図った。
その中でも特に重要な決定となったのが、1944年1月に出された今後の戦争方針であった。
この時点でドイツは中立国を介した講和交渉を米英ソ等に対して開始していたが、もちろん連合国側が受け入れるはずもなく、返答は降伏勧告のみであった。特に国土の多くを焦土にされたソ連からは、旧政権関係者の逮捕や領土の割譲に加えて現物賠償という厳しい内容を迫られていた。
ロンメル自身は東部戦線での戦闘経験はなかったが、挙げられた報告や帰国した将軍たちから、その実相を聞かされて、天を仰ぐのみであった。
「総統(彼が言うのはヒトラー)あなたは、やり過ぎたのですよ」
しかし、そうは言ってもソ連軍は着々と東部戦線で反撃の度合いを大きくしつつあった。援ソ物資輸送への妨害から、必ずしもソ連の思惑通りとは言ってなかったが、それでもスターリングラード撤退以来、ドイツ側の敗勢は明かであった。
このため新たな戦争方針では、陸上兵力を優先的に東部戦線に派遣し、それとともに海軍による援ソルートへの積極的な攻撃な攻撃が決定された。加えて、連合軍が北アフリカ方面から攻撃の兆しを見せ、戦争からの脱落が懸念されるイタリアに関しては、できる限りの燃料や兵器援助を行うと共に、地中海方面の空海軍を増強した。
そして米英と対峙する西部戦線は、新型ジェット戦闘機Me262をはじめとする新鋭機を優先配備して戦略爆撃を抑えつつ、Uボートの一部を大西洋での通商破壊から、沿岸防衛に専念させる方針をとった。
つまりは三方向に対して、完全な防御への転換であった。
これに伴い、ドイツ海軍では唯一の水上艦隊と言うべきノルウェー駐留艦隊をできうる限り増強し、援ソ船団への攻撃を仕掛けた。
この艦隊には新たに空母「グラーフ・ツェッペリン」が配備され、またその護衛艦艇もオランダやフランスなどからの鹵獲艦艇を動員して、精一杯増強された。
北洋の厳しい海象では「グラーフ・ツェッペリン」の艦上飛行隊が活動できる場は限られていたが、一方で活動出来る日であれば、航空隊の活躍は目覚ましいものとなった。わずか40機あまりの艦載機であったが、艦隊防空、敵船団の発見や攻撃、味方の誘導など、さらには他国からすると不必要なほどの搭載砲も、直接船団を襲撃するのに役だった。
「グラーフ・ツェッペリン」は空母にも関わらず、その生涯で相手が商船とは言え、砲撃による撃沈5隻と鹵獲2隻のスコアを挙げている。
こうしたドイツ水上艦隊の動きに、もちろん英海軍も黙ってはいなかった。
ただし、この頃英海軍は主力艦も含めたその艦艇を、インド洋、地中海、そして北大西洋と三分割せざるを得ず、ドイツ艦隊に全力投球できないジレンマを抱えていた。
特にインド洋方面と地中海は、それぞれ日伊の艦隊が健在であるがために、例え戦闘は起きなくとも全戦力を引き揚げられなかったのだ。
その結果として1943年8月には地中海にいた戦艦「リベンジ」が、ドイツ軍の滑空型誘導爆弾のフリッツXによって撃沈され、また43年12月にはマダガスカル沖で戦艦「マレーヤ」が日本海軍潜水艦の魚雷で撃沈されている。
既に旧式の部類に入る2隻とは言え、貴重な戦力であることに変わりは無く、決して小さくない打撃であった。
そして1944年1月に発生した北岬沖海戦は、久々の独英艦隊の正面からのガチンコ対決となった。
この頃度重なる援ソ物資輸送を妨害し(ついでに時たまタンカーや貨物船を鹵獲して物資を強奪していた)ドイツ水上艦隊の動きは、ソ連の反攻に多少なりと影響を与え、ソ連のスターリンをして米英にドイツ艦隊排除を依頼させるほどとなった。
これに対して米英は戦艦「ロイヤル・ソヴリン」と「ペンシルヴァニア」などを貸与して「自分たちでも何とかしろ!」としつつ、英本国艦隊主力を動員して一大決戦を試みた。
この結果発生したのが、極北の海での北岬沖海戦で、援ソ船団撃破を目指す「テルピッツ」以下の独艦隊主力と、これを阻止のみならず殲滅するために全力投球した英本国艦隊との戦いになった。
しかし、この戦いは結局のところ英海軍が戦艦「ロドネー」を喪い「アンソン」が大破し、対するドイツ側も「シャルンホルスト」が沈み装甲艦の「リュッツオウ」が大破するという実質的な痛み分けに終わった。
その代わり、水上艦隊が戦っている間にUボートが暴れ回り、船団の3分の1を撃沈している。
さらに、天候が落ち着いたほんの一瞬の隙を突いて大胆にも発進した「グラーフ・ツェッペリン」の航空隊が奇襲を仕掛けて空母「ヴィクトリアス」と被弾により速度が落ちていた「アンソン」にトドメを刺すという金星を挙げた。
ドイツ海軍にとって、もはや大型水上艦の補充は絶望的な状況であり、決して軽視できる損害ではなかったが、それでもこの戦いを「ライン演習作戦の仇をとった」ものとして喧伝した。
これにより、英本国艦隊は相変わらず大西洋を離れられない状況に追い込まれた。
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