ニューギニアとタラワの戦い
太平洋方面で戦局が大きく動いたのは1943年10月に入ってからである。
日本陸海軍はブーゲンビル、ガダルカナルと言った中東部ソロモン諸島の基地を将来的には撤退(転進)させる外縁防御線としつつ、トラックならびにラバウルの基地並びに要塞機能を強化し、ニューギニア島の完全占領を目論んだキ号作戦を開始した。
この作戦では、既に占領済みだった東部ニューギニアに大規模な増援、特に多数の工兵と機材を投入してスタンレー山脈を越えた陸路でのポート・モレスビー攻略を目指した。
これに合わせてウッドラーク島など、連合軍側が基地を置いていると思しき小島を海軍部隊が襲撃し占拠(或いは無力化)し連合軍の索敵能力を削りつつ、珊瑚海の安全確保を図った。
飛行場の拡張を終えたラバウルはじめ、ニューブリテン島の飛行場には陸海軍機が展開し、ポート・モレスビーを反復攻撃し、艦隊や輸送船団を援護する。
この作戦への、特に陸軍の力の入れ方は並々ならぬものがあり、中国戦線から部隊を引き抜くと共に、航空部隊では最新鋭の「飛燕」「屠龍」「呑龍」を投入し、船舶部隊所属の揚陸母船までもがつぎ込まれた。
もちろん、海軍も数の揃った零戦、陸攻をはじめとし、第二・第三艦隊から抽出した戦艦、空母を第八艦隊と合流させて増強した。
これに対して連合軍側もポート・モレスビーに航空戦力を集中し、新戦術の反跳爆撃も駆使して日本艦隊ならびに船団の阻止を図った。
日本側は基地航空隊、及び空母搭載機の合計600機近い航空戦力でポート・モレスビー飛行場を攻撃し、その滑走路や基地設備の破壊を試みた。
対して連合軍側も機械化された基地部隊が破壊されれば直ちに修理し、さらに後方のオーストラリア大陸の基地から増援戦力を次々に送り込んだ。
また蘭印方面からも、ポート・ダーウィンへの陽動空襲が行われ、ポート・モレスビー攻略を支援した。
最終的に敵飛行場の活動が低下したとみた11月17日に、ラバウルから出撃した陸海軍混成空挺部隊による降下作戦により、モレスビーのセブンマイルズ飛行場が内側から陥落したことで、米豪守備隊は高速艦艇を用いて撤退、日本は念願のニューギニア全島の占領に成功した。
しかし、陸海軍合わせて400機近い航空機と駆逐艦や輸送船など20隻あまりの喪失は、決して小さな犠牲ではなかった、
加えて、モレスビー攻略がなったのと同じ頃、中部太平洋のタラワに米機動部隊と攻略部隊が来襲していた。
1943年11月、日本の中部太平洋における防衛戦の外縁に位置するマキン・タラワに正規空母3,軽空母2からなる機動部隊と、護衛空母4を帯同する攻略部隊が来襲した。
最初は定石通り、空母搭載機による空襲から始まって、同地の航空戦力や飛行場、地上の基地設備を根こそぎ破壊した。
この米軍タラワに現るの報に、トラック島から急遽空母「瑞鶴」「翔鶴」「赤城」「加賀」「剣龍」「瑞鳳」「祥鳳」からなる第三艦隊と戦艦「大和」「武蔵」からなる第二艦隊が救援ならびに米機動部隊撃破のために出動した。
この時米機動部隊は艦載機、特に戦闘機を新鋭のF6Fで固めていた。対して日本側も零戦を全て新型の五二型に切り替え、さらに大型空母には新鋭艦爆「彗星」と艦攻「天山」を搭載していた。
この空母部隊同士の戦いは、撃沈艦船数だけ言えば日本側の勝利だった。米軍は新鋭空母「サラトガⅡ」と2隻の軽空母を喪ったのに対して、日本側の喪失は軽空母「瑞鳳」1隻のみであった。
しかし、新鋭機を多く投入したにもかかわらず、艦上機の未帰還ならびに損傷による破棄が5割を超えたため、第三艦隊の小沢提督は機動部隊を撤退させた。
このため栗田提督指揮の第二艦隊が上空援護のため第三艦隊から抽出された「赤城」「剣龍」とともに、米艦隊との砲撃戦を企図して突入した。
この砲撃戦も、撃沈隻数だけ言えば駆逐艦2隻の損害で戦艦「アラバマ」他巡洋艦3,駆逐艦2を撃沈した日本側に軍配が上がったが、損傷艦多数と砲弾不足のため後退に追い込まれ、ここに艦隊によるタラワ救援は失敗した。
その後一時的に米軍の圧力が薄くなった隙を乗じて、航空隊関係者や負傷者の救出が飛行艇と潜水艦で試みられ、合わせて300名あまりを収容したが、守備を行う海軍陸戦隊のほとんどは脱出させることが能わず、米軍上陸を迎えることとなった。
タラワ守備隊は、日本が緒戦から戦艦の艦砲射撃で上陸作戦の支援をした戦訓から、自らもこれに耐えられるように、資材をやり繰りして島内各所に分厚いコンクリートと擬装で覆われたベトンや砲台、待避壕を整備しており、結果的に敵の空襲と戦艦を含む艦艇の艦砲射撃を凌ぎきった。
そして米軍の上陸開始後は全火力を敵にぶつけ、その上陸を2度までも押し戻したが、補給と航空援護がない状況では如何ともしがたく、上陸開始3日後には橋頭堡の設置を許し、さらに上陸開始10日後には全島の占領を許し、守備隊は玉砕して果てた。
日本の防衛線が、真正面の戦闘から終に破られた瞬間であった。
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