↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/19

ラストバトル! ①

 国家経済と国民士気の観点から、これ以上戦争の長期化は無理と判断した連合国は、少しでも自陣営(除くソ連中国)に有利な講和条件を結ぶべく、枢軸軍に大打撃を与える最後の戦いを計画した。


 欧州方面では、ノルマンディー橋頭堡から一気にパリまで打通する「キューピッド」作戦。そして太平洋では、マリアナ諸島を攻略して日本本土への爆撃基地を確保する「チェックメイト」作戦である。


 この内チェックメイト作戦は、1945年4月に満を持しての発動となった。


 この時点で太平洋戦線は実質的に膠着しており、日本海軍は未だマリアナ、トラック、ラバウル、ニューギニア東岸を結ぶラインを保持しており、仮に米軍の思惑通りマリアナの占領がなれば、この防衛ラインを完全に崩壊させ、戦局を一挙に連合軍優勢に傾かせることができる。


 逆を言えば、仮にこの戦いでマリアナ攻略がならないか、或いは日本の連合艦隊(特に空母機動艦隊)に打撃を与えられない場合、戦局の劇的な転換が見込めず、連合軍は日本と「不本意な講和」を結ばざるを得なくなるのであった。


 だからこそ、連合軍が用意した戦力は資源と工員を集中投入して完成を前倒した装甲空母「リンカーン」に10隻の「エセックス」級、そして4隻の「インディペンデンス」級航空母艦を集中投入し、さらに後方には海兵隊・陸軍合わせて5万の上陸部隊と、その上陸支援の軽空母(護衛空母含む)3,巡洋艦と多数の駆逐艦からなる護衛艦隊がついた。


 上陸部隊の護衛空母が少ないのは、補給路の護衛や輸送、そして特に大西洋やインド洋の船団護衛に引き抜かれてしまい、用意できなかったのである。


 この時期大西洋では新型の21型Uボートと追尾魚雷の組み合わせによって、護衛空母にも被害が続出しており、連合軍を悩ませていた。


 対する日本側はどうにか装甲空母の「大鳳」に改「飛龍」型の「雲龍」と、その「雲龍」をさらに簡素化して建造費と資材をもぎ取り、急速建造した「天城」型3隻や、戦艦改造空母2隻も加えるなどして、大小15隻を揃えた。数だけは米空母と同じであったが、搭載機の数では半数ほどであった。


 このため、復旧した硫黄島やマリアナ諸島、トラック諸島の航空基地に基地航空隊が展開して、これを補う。また防空の任務中心であるが、陸軍航空部隊も進出していた。


 米軍の攻勢はまず、3月下旬から長距離爆撃機による爆撃からはじまった。マーシャル諸島やソロモン諸島に展開したB24爆撃機多数がトラック諸島やラバウルを攻撃した。


 日本側も最新鋭の「疾風」や「烈風」「天雷」「閃龍」などの戦闘機を投入し、この迎撃に当たる。


 結果、B24は投入機数の30%を戦闘や帰還後修理不能破棄に追い込まれることとなるが、トラックとラバウルの基地機能にもそれなりの損害を与え、さらに日本側に米軍の攻勢目標を迷わせる原因ともなった。


 ただしマリアナ空襲予定日の前日、哨戒中の潜水艦がついに米機動部隊を捕捉し、熾烈な爆雷攻撃をくぐり抜けて第一報を発信したため、日本側は直前で米軍の攻撃目標を探知することに成功し、マリアナ諸島全体に警報を発すると同時に、横須賀、瀬戸内海、パラオ、ラバウル(正確にはカビエン)泊地などに在泊していた連合艦隊の総力を挙げて、この迎撃に向かった。


 主力はパラオから出撃した砲戦部隊である第二艦隊と機動部隊である第三艦隊であったが、横須賀にいた第五艦隊、ラバウルにいた第八艦隊までをも総動員した。


 各艦隊の集結には時間が掛かるため、連合艦隊司令長官の古賀大将は、第二・第三艦隊と基地航空隊で先立って米艦隊の迎撃を行い、第五、第八艦隊と本土や沖縄、台湾から増派される基地航空隊での残敵掃討作戦を選択した。


 この作戦は戦力の動きや暗号解読から、米軍にも比較的早く伝わった。


 そして米軍側が取ったのは、日本艦隊と基地航空隊が総力を結集する前に、各個撃破するという戦術の王道とも言うべき選択であった。


 しかし、リスクも大きかった。ヨーロッパでの作戦に伴い、補給戦力を削減されているため、万が一どこかで損害を受けても、容易に後方から戦力の補充を受けられない。また例え損害を受けなくても、燃料や弾薬を浪費すれば、補給のために後方へ下がる必要が出て、作戦全体へ悪影響を与える可能性もあった。


 つまり、米機動部隊と言えど極力損害を抑え、弾薬と燃料の消費に気を配りながら、日本艦隊と基地航空隊を自軍の損害なく撃退するという、困難なミッションであった。


 さらに言えば、マリアナ諸島を制圧してこそ、日本側の喉元にナイフを突く付けられるのであって、仮に日本側の艦隊や航空戦力を殲滅しても、マリアナ諸島制圧が不発に終わると、作戦としては不成功となる。


 圧倒的有利に見えて、実際には大きく選択肢と動きを縛られている米太平洋艦隊。


 その戦いは1945年4月1日、マリアナ諸島沖に展開した米機動部隊から、総計500機の攻撃隊が発進することで、本格的に始まった。


 日米最後の本格海戦の火蓋が切って落とされた。

御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あれ?ミッドウェーではなく装甲空母リンカーン級ではなかったのでは? それとも二番艦?
2026/10/23 13:58 キンキンに冷えた水を崇めよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。