戦争最後の年
連合軍ならびに枢軸軍が、ともに決め手を欠いた状態で迎えた1945年。
欧州では、なんとか欧州本土に連合軍が橋頭堡を築いたものの、その補給線や狭い占領地をドイツ側に集中攻撃されるために、進撃速度は捗々しくなかった。1944年中にパリを奪還するという野望は潰え、なんとかカーンまで進んで息切れという状況だった。
東部戦線のソ連も、援ソ物資の遅れやウラル山脈東側工場地帯、或いは補給線の要である鉄道線をドイツ空軍によるゲリラ爆撃(ドイツ側も機数を揃えられないため、必然的にこうなった)によって攻撃されることで、戦力の分散を強いられ、必然的に攻勢は小規模で逐次投入となるしかなかった。このため巧みな防御線を展開するドイツ軍(を含めた枢軸軍)を抜けず、いまだにバルト三国からウクライナ国境までの線で足踏み状態にあった。
また太平洋では、ソロモン・ニューギニア方面での反攻が不発に終わり、またマーシャルを抑えた中部太平洋も、そこからトラックやサイパンを攻略するには、未だ日本軍は充分な反攻力を残し、太平洋艦隊も攻めあぐねていた。
そして連合国では、長引く戦争と戦費による経済や市民生活への影響が出つつあった。仮に戦争を続けるにしても、軍備に全振りする戦時経済をあと何年も続けるなど不可能であった。
となると、乾坤一擲の作戦で枢軸国に大打撃を与えるか、それか講和を結ぶかの二択になる。
これに対して、米国の切り札はロスアラモスの研究所で開発中の原子爆弾だったが、輸送手段であるB29が、既にドイツ軍のジェット戦闘機の前には、必ずしも優位になり得ないために、使いどころの再考を求められていた。
さらに言うと、他の兵器の損耗による予算の取り合いで、必ずしも科学者の求める予算が付かず、原爆開発計画そのものに遅延の傾向が見られていた。
こうなると、連合国側(米英)としては戦後も見据えた条件での講和を模索し始めるが、それは少なくとも屈辱的ではない、すなわち自国民から見て枢軸国が負けたと見える講和でなくてはならない。
そこで、米英が密かに策定した講和条件としては、独伊に対しては1939年以降に占領したポーランド以西の国家からの全面撤退、戦争犯罪者(戦時国際法違反者)の処罰、相互軍縮でまとめられた。ちなみに、伊に関してはアフリカ植民地の放棄が盛り込まれた。なお、東部戦線に関しては「ワシらは知らん」となっている。
一方対日に関しては、基本的に開戦時のハル・ノートに近いものだったが、このうち満州国に関しては講和後3年以内の選挙による帰属の選択と多少譲歩しつつ(なお「蒋介石?知らない子ですね」状態)、1941年の開戦後占領した地域に関しては全面撤退、日本が独立を認めた国々に関してはそれらの国々と元宗主国を含めた再協議、そして日本は南洋諸島、米国はミッドウェーとウェークを非武装化、そして戦争犯罪者の処罰と相互軍縮とするのは、独伊と同じであった。
この一部の国々にとっては頭ごなしとなる講和案は、早速中立国経由で枢軸国側に伝達された。
独伊としては、ソ連抜きの比較的寛大な講和条件であったが、政治権力に拘らないロンメル総統のドイツでは無く、ムッソリーニ率いるイタリアは激しく反発した。特に植民地の全放棄は彼にとって飲めない条件であった。また戦争犯罪人の処罰も、国内での単独裁判か、連合国側が求める第三国も含めた多国間裁判とするかなど、容易に決するものではなかった。
そして、日本にとってもこの講和条件は難しいものであった。満州国の帰属や占領地からの撤退は日本の権益を残す可能性がある一方で、全てを喪う可能性もあった。さらに戦争犯罪人の処罰も、天皇がその範囲内に含まれることが、最大の懸念点であった。
ここからは細かい摺り合わせが必要であるのだが、交渉は中立国のスイスなどで行われるので、中々前に進まなかった。
そうしている間にも戦況は動く。最初に動いたのはイギリスで、1945年4月に在ノルウェーの独水上艦隊殲滅を狙った野心的な作戦「総なめ」を発動した。本国艦隊に加えて、一時的に地中海艦隊や東洋艦隊から引き抜いた艦艇まで動員し、ドイツの主力艦殲滅を狙った。
結果から言うと、イギリス側も目論見は成功し、ドイツ側で生き残った主力艦は空母「グラーフ・ツェッペリン」と装甲艦「アドミラル・シェーア」のみで、戦艦「テルピッツ」そして前大戦以来の武勲に恵まれた「グローサー・クロフェスト」も終に喪われた。
ただし、英海軍の打撃も大きく戦艦「デューク・オブ・ヨーク」をはじめ、戦艦5隻と空母3隻を喪ってしまった。
さらに言うと、この戦力引き抜きによって新型の21型中心となったUボート艦隊が地中海から大西洋まで広く暴れ回り、何と連合国商船団(含む護衛艦艇)は前月比10倍もの大損害を被ることとなった。
特にノルマンディー橋頭堡への船団はUボートのみならず、水雷艇、魚雷艇、潜航艇、空軍による波状攻撃により、3週間の間未着となり、上陸していた連合軍部隊を物資不足で苦しめたのであった。
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