19話 推しとリアコは別モンじゃね?
「――レティシア様っ!!」
昼下がりの王城。
勢いよく扉が開いた。
飛び込んできたのは、フィリア・エルドラド王女。
顔が真っ赤。
完全に様子がおかしい。
「どしたん、フィリア様」
「た、大変なのです……!」
フィリア様はそのままソファへ崩れ落ちた。
後ろでエミリアが静かに紅茶を置く。
「今日は何が始まるんでしょうね……」
最近このメンツ、
だいたい騒がしい。
「で?」
私は頬杖をつきながらフィリア様を見る。
「何あったん」
フィリア様は胸元を押さえ、小さく呟いた。
「……恋、かもしれません」
「おっ」
ついに来たか。
「相手は?」
「王宮劇団の主演俳優様ですわ!」
「あー、推しね」
「推しです!」
即答だった。
「新衣装が公開された日は眠れませんでしたし……」
「うんうん」
「舞台中、目が合った気がして三日ほど動悸が……」
「分かる〜」
「ブロマイドを毎日眺めておりますわ!」
「完全にオタクじゃん」
「おたく……?」
「気にしなくていいやつ」
するとフィリア様が急に俯いた。
「ですが……最近……」
「ん?」
「別の殿方を見ても胸が苦しくなるのです……!」
……ほう?
「誰」
「騎士団の訓練見学の際に……」
フィリア様の耳まで赤くなる。
「転びそうになった私を、ある騎士様が支えてくださって……」
「あー」
「それ以来、目が合うと落ち着かなく……」
「はいはい」
「声が聞こえると気になってしまい……」
「うん」
「ですが私には既に推しが――」
私は机を叩いた。
「リアコと推し活は別モンじゃね!?」
部屋が静まり返る。
「り、りあこ……?」
「“リアルに恋してる”って意味!」
「りゃ、略……?」
「推しは“尊い存在”!」
私は立ち上がる。
「見てるだけで幸せ!」
「はい……!」
「生きてるだけで感謝!」
「分かりますわ……!」
「でもリアコは違う!」
ビシッ。
私はフィリア様を指差した。
「会いたい!」
「っ!」
「話したい!」
「は、はい……!」
「特別になりたい!」
「〜〜〜っ!!」
フィリア様が顔を覆った。
分かりやす。
「そ、それでは私……」
「うん」
「騎士様に恋を……?」
「してるねぇ」
「きゃああああっ!!」
フィリア様がソファへ突っ伏した。
エミリアが静かに紅茶を差し出す。
慣れてるなぁ。
◇ ◇ ◇
「ですが!」
フィリア様が勢いよく顔を上げた。
「推しがいるのに別の殿方を好きになるなど、不誠実では!?」
「あー、来た来た」
オタク特有の罪悪感。
「それ別ジャンルだから」
「別ジャンル……?」
「推し活は“鑑賞”!」
「か、鑑賞……」
「恋愛は“参加”!」
「参加……!」
令嬢達がざわつき始める。
「な、なるほど……」
「深いですわ……!」
「推しと恋愛は両立するのですね……!」
その時だった。
ガチャ。
部屋の扉が開く。
「――それは聞き捨てなりませんわ」
空気が凍った。
そこに立っていたのは。
オリヴィア・エルドラド王妃。
「お、お母様!?」
フィリア様が飛び上がる。
オリヴィア様は優雅に扇を閉じた。
その顔は本気だった。
「“推し”とは、人生を捧げる覚悟を持って推すもの」
「え?」
「他の殿方に心を揺らがせるなど……」
オリヴィア様が静かに目を細める。
「推しへの侮辱ですわ」
「重っ」
「わ、私はただ推しと恋愛は別って――」
「別ではありません」
「強っ」
「推しこそ唯一」
「いやガチ勢すぎん?」
オリヴィア様は胸に手を当てる。
「私は推し以外に心を揺らがされたことなどありません」
「説得力えぐ」
「お母様、それ自慢げに言うことですの……?」
フィリア様が若干引いていた。
しかしオリヴィア様は止まらない。
「推しとは“生きる理由”」
「ガチオタだ……」
「リアコなど認めません」
「過激派いたわ」
令嬢達がざわつく。
「王妃様、かなり重いですわ……」
「ですが少し分かります……!」
「分かるんかーい!」
カオスだった。
でも。
フィリア様は少しだけ安心したように笑っていた。
推しも。
恋も。
誰かを好きになるって、
案外悪くないのかもしれない。




