1話 紅茶、ぬるくない?
「お嬢様、本日のご予定ですが――」
「待って」
りなは真顔で手を上げた。
「情報量多すぎて脳みそバグる」
「……はい?」
目の前には、昨日のメイドさん。
名前はエミリアというらしい。
そしてここは、アルヴェイン公爵家。
つまり――
(いやマジで転生してんじゃん……)
昨夜は混乱しすぎて全然寝られなかった。
だって気づいたら金髪縦ロールだ。
しかも公爵令嬢。
鏡見るたびに「誰!?」ってなる。
「お嬢様、紅茶が冷めてしまいます」
「ん」
差し出されたティーカップを受け取る。
一口飲む。
「……うま」
思わず声が漏れた。
香りがすごい。
なんかもう、高そうな味がする。
「ですが、本日は旦那様との朝食会がありますので、お急ぎください」
「旦那様?」
「お父様でございます」
「あー、パパね」
エミリアが固まった。
「……ぱ、ぱぱ?」
「え?」
「お嬢様が旦那様をそのように呼ばれたことは、一度も……」
「あっ」
やばい。
りなは慌てて咳払いした。
「コホン。……お父様」
「……?」
めちゃくちゃ怪しまれている。
(危なっ……!)
この身体の持ち主――レティシアは、かなり冷たい性格だったらしい。
使用人とも必要最低限しか話さないタイプ。
つまり今のりな、
完全にキャラ崩壊している。
「……お嬢様、本当にお加減は」
「いやマジ平気! 超元気!」
「ちょうげんき……?」
エミリアがさらに困惑した顔になる。
しまった。
ギャル語が通じない。
「……と、とても元気ですわ」
「そ、そうでございますか……」
なんとか誤魔化した。
危ない。
このままだと“頭を強く打ったショックで性格変わった令嬢”扱いされる。
(いや実際そうなんだけど)
りなが心の中でツッコんでいると、
コンコン、と扉がノックされた。
「失礼いたします。レティシア様」
入ってきたのは、執事服を着た白髪の男性。
「旦那様がお待ちです」
「……はい」
りなは立ち上がる。
その瞬間。
ふわり、とドレスの裾が揺れた。
(うわ、歩きづら……!)
慣れないヒール。
重いスカート。
平成ギャル、人生で一番動きにくい。
◇◇◇
朝食会場は、意味が分からないくらい広かった。
(体育館??)
長テーブルの奥には、中年の男性。
鋭い目つき。
威圧感すごい。
絶対強い。
たぶんラスボス系。
「……座りなさい、レティシア」
「はい」
りなはおとなしく座った。
すると、公爵――父親がじっとこちらを見る。
「身体の具合はどうだ」
「えっと……元気です」
「そうか」
会話終了。
(気まずっ!!)
なにこの空気。
静かすぎる。
沈黙に耐えられず、りなは周囲を見る。
豪華な料理。
磨かれた銀食器。
高そうな花。
全部すごい。
でも。
(なんか……息詰まるな)
誰も笑わない。
使用人たちも無言。
静かに動くだけ。
そんな中。
カチャ、と紅茶が置かれた。
りなはなんとなく飲む。
「……ぬる」
ぽつり、と漏れた。
その瞬間。
空気が止まった。
使用人たちが青ざめる。
エミリアの顔から血の気が引く。
(え?)
りなが固まっていると、公爵が静かに口を開いた。
「……作り直せ」
「っ、申し訳ございません!」
給仕のメイドが震えながら頭を下げる。
その姿を見て、りなは焦った。
「え!? いや違っ、そんなつもりじゃ――」
「レティシア」
低い声。
父親がこちらを見る。
「お前が口にした不満は、使用人にとって“命令”だ」
「……え」
「アルヴェイン公爵家とは、そういう場所だ」
静まり返る食堂。
りなは、震えるメイドを見る。
ただ“ぬるい”って言っただけ。
日本なら、ちょっとした一言。
でもここでは違う。
(……めんどくさ)
思わず本音が漏れそうになる。
だけど。
震えるメイドを見た瞬間。
りなは小さく息を吐いた。
「……別に、これでも飲めるし」
全員が目を見開いた。
「お嬢様……?」
「つか、朝からそんなビビられたらこっちも気まずいんだけど」
「……は?」
「もっと普通でよくない?」
また空気が止まる。
公爵ですら、少しだけ目を細めていた。
そしてりなはまだ知らない。
この何気ない一言が、
後に“氷の公爵令嬢が変わった日”として、
屋敷中に広まることを。




