38.『魔王と勇者幻想による国民の意識偏重の改革』
カイの言葉に、サフィは不思議そうに目を向けた。
「私は優しさなどといった不確かなものに基づいた発言などしません。非効率です。
知らなかったことは今から知るのが得策でしょう。そう思ったから言ったまでです」
表情を変えぬまま言うと、サフィはアキラたちに座るように進めた。
「さて、時間が惜しいので早速本題に入りたいと思います」
壁にかけられた世界地図を指しながら、サフィは説明を始めた。
「皆さんご存知の通り、この王国は日々戦に明け暮れております。先日はこの小さな島国の集合体からなる列島諸国に攻め入り、今度はこちらの隣国へと進軍を考えております」
「はい、質問です。この王国は充分に大きいのに、なぜ近隣諸国に攻め入らなければならないのでしょう」
生徒のような真面目な様子で言うアキラに、サフィは頷いた。
「もっともな疑問です。肥沃な大地。広い海。連なる山脈。あらゆる地形を併せ持つ我らの王国は、他国を侵略しなくとも足る充分な国力を持っています。そういった疑問を持つことは実に自然なことかと思います」
「実際に我々が反王勢力として戦っているのも、それが理由だ」
一人出された茶に口をつけながらルビーはうんうん、と力強く頷いている。
「現王マルクスは現在の領地だけでは飽き足らず、まるで世界全土を掌握すべく戦に励んでおります。それはいったいなぜか。私も王都の学識者として名を連ねている際、何度も師である学長を通して王に意見書・疑問書を提出して参りました。その殆どは戦を行わずに行う、あらゆる検証による自国による発展の計画書です」
「計画書?」
「領土が広くなっただけでは国は豊かになりません。実際山間の少数民族の中には堅牢な自然に阻まれ、辛い生活を強いられている場所も多くあります。平定した領地の発展が国の発展には不可欠なのです。それらを王都の技術力を駆使し助けることで、資源の効率的な採取や人民の安定した生活に結びつけることがまだまだ可能な余地がたくさん残されているのです」
サフィの言葉にミユが大きく頷いた。
「しかしその意見書が取り入れられることはなく、戦は続きました。
私はこれは論点がずれているのだろうと熟考し、あらゆる文献を読み漁り、現地へ赴き、時には兵士として戦に参加しながらあらゆる状況を検討しました。
そしてある日、私は最後の意見書を提出いたしました。
『魔王と勇者幻想による国民の意識偏重の改革』です」
「……なんだそれは」
胡乱な瞳を向けるカイを視線で制し、サフィは続けた。
「魔王と勇者の物語。もちろん本気で信じている者はこの国には少ない。
しかし、劇や歌の定番テーマであることは皆さんご存じですね。
魔王? 勇者? 何それ? という人間は皆無といって良いでしょう」
サフィの問いに全員が頷いた。
「『悪い魔王がいるので偉い勇者が殺して平和になりました』という御伽噺を意識の片隅に背負わせることによる統一。わかりやすく言えば『一つの攻撃対象を指定し、それに向かう団結力で国を治めるのをやめましょう』ということになります」
「つまり、村の中に村八分を一人作ることで村の人間全員の意識を統一させ団結する、といった意味か」
「そうです」
ミユの言葉にサフィは頷いた。ミユはぎり、と奥歯を噛み締め、その肩をアキラはそっと抱いた。
「確かに我らの王国では『魔王』『勇者』は御伽噺の話に過ぎません。
しかし、それを子供時代から日々聞かせることで御伽噺の常識が次第に現実の常識となり、大人になった国民が無意識にその常識に縛られるのです。
『長い年月をかけた精神支配をやめて健全な判断力を身につけましょう』という提案です。
確かに物語によって教育を行うことが多いことは事実であり、それ自体が悪であると決めるつもりはありません。しかしこの教育の欠点は、『魔王』さえ設定できてしまえば、民衆の団結力がどこへ向かうものでも正当化されてしまう恐れがある、ということです。これは非常に危険な思考です」
「その意見書、どうなった?」
カイの質問にふ、とサフィは冷たい笑みを浮かべた。
「意見書を提出した夜、私の家は炎に包まれましたよ」
「なんだって……!」
驚愕するアキラに、サフィは益々冷静な口調で続けた。
「私の家は代々王家に仕える学者の一族でしたが、一族郎党の屋敷はすべて焼失しました。
命からがらクロノ教会の手のものによって逃げ出せたのは私と妹のルビーだけでした」
ルビーを見ると、黙って自分の綿毛を指に巻きつけている。しかしその指先が細かく震えていることにアキラは気が付いていた。
「その後です。妙な噂が耳に入ってきたのは。サフィ・シルベールは魔王研究にのめりこむ余り、魔物にとり付かれた、と。そして私が唱えた召還呪文により魔王が一時的に呼び出され、その生贄として全ての一族の命が奪われたのだと」
「馬鹿な!」
「勿論、そんな戯言をまともに取り合う者はいない。単なる噂として処理されてはいましたが、衝撃的な噂こそ人の心を捉えて離さないものです。実際、私の一族の屋敷だけが選ばれて焼かれたことは、民衆の心の中ではその噂で片付けられてしまったのです」
「いやに手際がいいな」
「勿論、火事と噂の流布は計画的に連続してなされたものだと考えて間違いないでしょう。
しかし、私は自分の恨みつらみをあなたがたに説明したいわけではありません。
このマリナーラにいる殆どの人間は、私と同じように魔王と勇者の御伽噺に疑問を持ち、それを王と結びつけた者です」
「つまり、ここの人間は全員魔王と勇者の伝説を……」
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