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22.呪いの発動

 カイに延ばしたはずの自分の指先は、まるで老人のソレのように干からびていた。


「俺の……手……?」


 絞り出した声は枯れ、とても十五歳の少年の声とは思えない。


 見ればこちらを見つめるカイの目にはどこか悲痛な色が浮かび、ミユは視線を落として嗚咽している。


 おそるおそるアキラは腕の腕輪に視線を移した。


 そこには、すっかり年を経た老人の愕然とした顔が反射していた。


「お前を魔物から引き出すことは出来たんだが……」


 ようやっとという感じで声を絞り出すカイの顔には、いつも見ない弱気な影が浮かんでいる。あちこちが黒こげているのは、戦闘の結果か。


「ごめ……あた……あたしが……やま……こんなのつれて……」


 嗚咽の中から漏れ聞こえるのはミユの謝罪。泣くまいとしているのか、必死に口元を押さえてびくびくと体を震わせている。その口調は先ほどの角ばった調子とは異なっている。これが本来の少女としてのミユの話し言葉なのだろう。


 すっかり身を起こすと、アキラは嘲笑を浮かべた。


「人を犠牲に助かったくせに、涙の一つもこぼさないなんて強情な女だよな」


「アキラ!」


「……っ!」


 はっと顔を上げたミユの双眸からは、こらえきれなくなった大量の涙が一気に溢れ出した。


 一瞬遅れて自らの額に触れてそれに気づいたミユは、なんとか押しとどめようと涙を拭うが、拭っても拭ってもその涙が止まることは無かった。


「……っ!」


 やがてどうしようもなくなったミユは、首を振って盛大な声をあげながら泣き始めた。


 まるでそれは、幼児が疳の虫を起こしているような様子だった。


「アキラ、確かにあの魔物を連れてきたのはミユだが、あの魔物を呼び起こしたのは間違いなく魔王であるお前だぞ。それを……」


「馬鹿じゃないのか」


 カイを見つめながら、カイは言った。


「お前もミユも。人のために特訓したり、その身を捧げたり。自分のためになることは何一つなく、ただ人の願いを叶えるために一生を費やす。おめでたすぎて笑えてくる」


「お前……」


「お前俺に言ったよな。俺にやりたいことはないのかって。


 それならお前はどうなんだよ。勇者になるって言われたからって勇者にならなきゃいけない道理はないだろう? ミユだってそうだ。村の生贄になるのが代々お前の家の使命だって言われたって、そんなの従う必要はないじゃないか。とんだ思考停止。お前らこそ、ただ逃げているだけじゃないのか?」


「お前、私たちが何も考えずにこの道を選んできたと思っているのか?!」


 胸倉を掴んでくるカイに、なおさらアキラは冷静に言った。


「厳しい特訓を強いられ、辛い未来を子守唄代わりに毎夜聞かされ、期待に満ちた笑顔を向けられ……。その中で、迷ったり考えたりしたことがなかったとでも思っているのか!」


「だから!」


 カイの胸倉を掴むと、アキラは枯れた声で怒鳴った。


「だから、ミユは俺のために涙をこらえる必要はないじゃないか」


 なきじゃくるミユを静かみ見守りながら、アキラは淡々と呟いた。


「なんで。なんで辛い使命を、逃げ出す余地さえない状況で未来を決められて、家族を失って、自分すらも失いそうになったミユが、涙一つ零すことを我慢しなくちゃならないんだよ。しかも俺のせいなら、俺がどうなったってミユからすれば自業自得のはずだろ!」


「お前……もしかして、わざと……」


「だから、お前らが俺がこうなったことを気にする必要なんてないって」


 力の抜けたカイの腕を外すと、アキラはミユの肩に手を伸ばした。


 指先が触れた瞬間、びくっ、と震えたミユだったが、アキラが微笑むと再びわっ、と声を上げてアキラの胸に飛び込んできた。


「おっと……」


 勢いよく飛び込んできたミユを支えきれずに倒れそうになったアキラの体を、カイがそっと支えた。


『まわりの人が見えないものは、見えないほうが幸せなんですよ』


 在りし日のフジの声が響く。確かにそれは真理だったと思う。


(でも親父。見える人たちが出てきた場合は、俺はどうすればいい?)


 そしてその人々は、自分が見えることを、そして特別な力を持つことを期待している。


 子供のようになきじゃくるミユの髪を撫でてやりながら、カイは少し困ったような笑顔を浮かべた。


「カイ」


「なんだ」


「こうなった以上、魔王の特訓はなしかな」


「馬鹿言え。余生が短くなった分急がなければ」


「……あ、やめないのか」


 老人の体で効果的なトレーニングは何だろう、と真剣に首をひねり始めたカイに、アキラは小さく嘆息した。


(どうすればいい? お父さん)

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