21.父の教え
『いいですか。アキラ』
細い目をよりいっそう細めて、フジはアキラの頭を撫でながら言った。
『他の人が見えないというものは、見えるといってはいけません』
『見えないものってなあに?』
『そうですねぇ』
公園の池のほとりで光る水面を見つめながら、世間話をするように続けた。
『例えばあの池の中央に、何が見えますか?』
池の中央には中ノ島と呼ばれる岩がある。ボートも何も無い池には中心部に行く術などないが、岩の上には妙齢の美女が腰を下ろしていた。
にっこりと微笑んでアキラに手を振っている女性は上半身半裸で、下半身はびっしりと鱗に覆われびちびちと水面を弾いている。
『ああいうのかな』
『おねえさんがみえたらいけないの?』
『普通のお姉さんならいいんですけどね。ああいうあんまり見ないタイプのお姉さんは見なかったことにしたほうがいいですねぇ』
すっ、とフジが指を横に撫でると、半漁の美女ははっと顔を強張らせ、水の中に飛び込んだ。
『……どうして?』
理解できない、という顔をするアキラ。あの頃のアキラには、人の見えるものと見えないものの区別はできなかった。
『みんながみえないものはいけないものなの? お父さんもみえるのに?』
アキラにとろけそうな微笑を浮かべて見せると、フジは優しげな声色で言った。
『みんなが見えないものは、見えないと言っておいたほうが安全なんですよ』
『ぼく、どれがみんながみえて、どれがみえないのか、わかんない』
『そうですね。だからわかるまでは、家の外に出るのはやめましょうね』
わかったね、アキラ。というフジの声はいつもの通り優しげだったが、抗いきれない強さを子供ながらにアキラは感じていた。
「アキラ! アキラ!」
「アキラ、しっかりしろ。目を開けろ!」
けたたましい声にうっすらと目を開けると、そこには穏やかな父の顔とは真逆の険しい表情を浮かべた少年と少女がいた。
「お……れは……」
「気が付いた! アキラが気が付いた!」
「わかっている!」
叫ぶミユに負けないような大声でカイが叫んだ。
「アキラ、私がわかるか。どこか痛むところはないか」
お前たちがうるさい以外は特に問題はないよ、と言いかけるアキラには違和感があった。
「おれ……は……」
体を起こそうとすると、慌ててカイが支える。大丈夫だったら、と言いかけてからだの節々が酷く痛むことに気が付いた。
だんだんと視界が開けてきて、アキラは周囲の様子を伺った。
あたり一面に、黒くどろどろとしたものが散らばっている。
その汚れは、アキラたちがいる場所を中心にして放射線状に広がっているようだった。
よく見れば、カイの体にも無数の黒い粘着質な物が付着している。
怪我は無いのか、と手を伸ばしたアキラは、その目に映ったものに硬直した。
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