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17.眠る者が目覚める時

 岩肌を撫でるようにやってくる黒い塊を見つめ、アキラは言った。


「……なんだ?」


 熊ほどもあろうかという塊は、いやしかし熊では有り得ない形をしてこの木に向かってくる。ずるり、ずるりと湿った音をたてながら。


「ここに住んでいるやつじゃない?」


「お前、見えるのか。やはり」


「あ、まあ、なんだ」


 しまった、と小さく舌打ちして身を乗り出したアキラの腕をミユが掴んだ。


「おい」


「あれはあたしについて来た」


「お前に?」


 小さく震えるミユ。


「お前があれを操っているのか?」


「馬鹿言え。だからそんな力持ち合わせてないって」


 すがりつくというよりはぶら下がるミユを振りほどいてアキラは異形の生き物を凝視した。


「操つっちゃいないが……」


 闇に目を凝らすアキラの前で、異形は数体に分裂を始めた。


「いったい、あいつは何だ?」


「山ではあいつに飲み込まれた動物は骨だけ残して死ぬ」


「またそれは物騒なものを連れてきたもんだ……」


「あたしの祖父も兄も奴に飲み込まれて老いて死んだ。残っているのはあたしだけ」


「えっ……」


 痛い程に腕を握り締めてくるミユが小さく震えているのに気が付き、アキラはそっとその手に掌を重ねた。


「村ではあいつが見える奴はあたししかいない。だが、あいつが見えなくてもあいつに飲み込まれればみな老いて死ぬ。あたしの一族は、あいつを鎮める役目を代々務めてきた。あたしの家は代々神官なんだ。あたしは巫女」


 唇を噛み締めながら言うミユの震えはどんどん強まっている。


 それに比例するように、異形の数は次々を増えていった。


「あいつが目覚めるのは二十年に一度。そのたびに数頭の獣と一人の人間を糧にしていく。


 あたしの家族の役目は、奴に村を襲わせないように守ること」


「それってまさか……」


「あいつに食われることで、村を守るのがあたしたちの家の使命だ」


「それって、体の良い人身御供にすぎないじゃないか!」


 アキラは言葉を失った。


 アキラが、カイが預言者に運命を定められたのとはもっと違う次元で、もっと残酷な形でこの少女は宿命に縛られている。


「あれ、でもお前の兄貴も……って、兄貴と二十歳も離れているのか」


「いや、兄があいつに食われたのは、五年前のことだ」


「たった五年でなぜ……」


「わからない。村の長老は、魔王が目覚めるからだと言った」


「それ」


 ミユの言葉に、アキラは愕然と声を上げた。


「多分、魔王が目覚めた為に、奴ら『眠るもの』がすべて目を覚まし始めているのだと思う。このままでは、あたしが食われても村は救われない。だからあたしは、魔王のところに来た」


「そう……か……」


 縋り付くような目で自分を見上げてくるミユに、アキラは苦悶の表情を浮かべた。


「もしお前が魔王なら、再び眠りにつくことはできないだろうか。


 お前が目覚めなければ、『眠るもの』が目覚めることもない。この世の中は、今までどおり平和なままでいられる」


「平和な……まま……」


 ずるっ……べたっ……。


 湿った音を立てながら近づいてくる魔物の群に目をやり、次いでミユを見る。


 ミユはいまや傍目で見てもわかるほどにガタガタと震えていた。

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