ふたつの希望 その4
ユナは、洗面台に貯めておいたコップの水で軽く顔を拭いた。
鏡の向こうには、腰まで届く黒髪を簡単にゴムでまとめた女性が立っている。
年齢は、二十七歳になったばかり。百七十センチの背にすらりとした細身の長身。最近、栄養不足でさらにその細さが強調されていた。相手を射抜くような切れ長の目と引き締まった口元は意志の強さを感じさせる。ほとんど化粧をしてないにも関わらず、きめ細やかな色白の肌は、彼女を実際よりも若く見せていた。
ユナは、コップをゆっくりと置いた。
たった一杯の水なのに、その価値は一時間の賃金以上の重みがある。今時、水道が自由に使える事は滅多に無い。
ユナは、まだ半分も使っていないコップに丁寧に蓋をかぶせた。
戦時体制の為、水道も電気も供給に限りがある。しかも、メンテナンスが疎かで、しょっちゅうどこかしらで、いつ終わるとも知れない補修工事が行われている。
比較的管理の行き届いたマンションに住んでいる為、今の所不便は無いが、いつ全てが断ち切られるか分からない。
「ふ~……」
ユナは、溢れる苛立ちを押し隠しながら鏡に映る自分を見た。
これも使用量が限られているシャワーは三分で終え、買い溜めしている保存食を古い飲料水と共に細々と食べる。部屋の灯りは、太陽光発電を貯めておいた小型バッテリーを使っているが、無尽蔵に使えるものでは無い。既に冷蔵庫等の終日電力を使う設備は用無しとなっている。
食料は、ほぼ缶詰だ。今時、生鮮品は夢のまた夢。どこかの工場のベルトコンベアーの上で作られた合成食品しか手に入らない。
味も素っ気も無い塊を胃に詰め込む。満足出来る量では無い。最近は、常時空腹状態が続き、体力の衰えや倦怠感が半端無い。
ユナはベッドに転がり込んだ。あまり起きていても電力や体力の無駄遣いになる。
当然ながら、貯金も底を尽いている。
さほど遠く無い未来では、このマンションを追い出され、ユナ自身も浮浪者の仲間入りする事は目に見えている。
静かに横になっていると、どこからともなく唸るような響きが耳に届いて来る。
毎晩聞こえて来る嘆きの声だ。
泣いているような、怒っているような、悲鳴なのか、耐えているのか。とにかく、肯定的な表現では無い事は、その音の色から確かだった。
ユナは、恐ろしさで身震いした。自分もその声を出すようになるのだろうか。生きる事に諦め、只々、死を待つだけの日々。その死を恐れ、今の境遇を嘆き、一日一日を足掻く生活。
薄い壁の向こうから漏れ出て来る人々の心を無理矢理シャットダウンする。
自分は、自分だけは、その色に染まりたくない、と激しく抵抗した。




