始動 その6
ジェフが作戦課に戻ると、ひとりの若者が慌てて近寄って来た。
「長官は、何と言われていましたか?」
息せき切って、ぶつからんばかりに勢い込んで来る。
ジャパンから送り込まれて来た若手参謀のマイケル=タカオカ大尉だ。
若手官僚の勉強の為にという意味で各国から将来有望な参謀が送り込まれているが、その多くは、いち早く連邦軍本部の動向を掴む事と自国の要望を通すロビー活動を第一の任務としている。
このマイケルも同じようにジャパンの犬になって行動していた。
そして、二日前には≪A計画≫への全面協力をジェフとヨアヒムに再度打診していたのだ。
ジェフとしては、聞き入れられないと撥ね付けたが、何故かヨアヒムはその計画に興味を持ち、色よい返事をマイケルに返していたのだ。
「長官は、脱出計画の推進を約束された。連邦軍本部としては、今更君達の要望を聞く訳にはいかない」
マイケルは、明らかに失望した表情を見せた。
(何を期待していたんだこのジャパニーズは)
ジェフは、マイケルに対して嫌悪感を持っていた。
参謀という人物は、努力家で知的で落ち着いた人間だ。しかし、マイケルは情熱的でおしゃべりで落ち着きが無い。ジェフが知るジャパニーズとは大違いだ。あのユナ=オサミのように。
「そんな。人類が助かるチャンスをみすみすふいにするつもりですか?」
マイケルは、自分より頭ひとつ高いジェフの顔をすがるように見詰めている。
(この男はチャンスの意味が分かっているのか?)
ジェフは、マイケルを見下ろしながら冷静に言った。
「人類が助かるチャンスは≪ジェンツー≫で終わった。これからは、種としての人類が助かるチャンスに賭けるのだ」
しかし、マイケルは諦めない。
「もう一度、お願いしますっ。是非、長官に再考を進言して下さいっ。≪A計画≫なら、世界を救えるのです!」
この男は≪A計画≫の本質が分かっているのか? ≪A計画≫は世界を破滅に追いやるかもしれないのに。
「もう、手遅れだ。長官は、本日の閣僚会議で脱出計画への協力を申し出る予定だ。その旨本国に伝えるがいい」
「そんな……」
マイケルの落胆振りは相当なものだった。
それはそうだろう。最近では、寝る間も惜しんで参謀部に同調者を求め、ジェフに対しては、ヨアヒムに≪A計画≫への協力を提言して欲しいと再三訴えていた。
≪ジェンツー≫の戦いでは、消極的なジャパンの姿勢の為に冷たい扱いを受け、更に今更な感じで≪A計画≫を持ち上げて来たジャパンの変節によって、参謀部員達の冷ややかな視線を浴びていたにも関わらず、心折れる事無くマイケルはあちらこちらと走り回っていた。
だが、連邦軍に出来る事は≪ジェンツー≫で終わったのだ。
今の状況では、≪A計画≫にその出番が無かったまでの事である。
「まだ、間に合うでしょうか? 最後に私を長官に会わせて頂く事は出来無いでしょうか?」
(この男は、≪A計画≫をどれだけ信用しているのだろうか)
マイケルは、本当に≪A計画≫が人類を救えると思っているのだろうか。それとも、本国の命令だから仕方無く動いているだけなのか。
「マイケル。諦めるんだ。遅かったんだ。受け入れるしかない」
ジェフは、断固として言った。
(遅かった? いや違う)
≪A計画≫は夢想的な計画だった。ユナは、決して実現しない希望を追い掛けていたに過ぎないのだ。
(それにしても惜しい。あれだけの才能を持っていたのに……)
ユナ程の人材なら、若くして参謀本部の中核として活躍出来ただろうに。
長期の戦争によって参謀本部の質も目に見えて落ちていた。優秀な参謀は前線指揮に送られ戦死、予算の削減によって士官学校の教育内容は低下、若年層の低減は人員の不足に繋がる。
ジェフもユナ=オサミの優秀さが分かり過ぎる程分かっていた。その利発さ、識見、判断力、表現力、想像力等、明らかに突出した才能を見せていた。
正直、ジェフも今後の連邦軍を担う貴重な人材が現れたと思った。
≪ジェンツー≫の戦いの前にユナは軍を去ったと聞いていた。その時既にユナは連邦軍の敗北を見通していたのだろうか。その予想される結果では、さすがに≪A計画≫の実行は無理だと悟ったのかもしれない。あの女なら有り得る話だ。
(それなのに、再び軍に返り咲いたのか……)
ジェフとしては、そこが少し気になる所ではあった。何がきっかけになったのか。
「ジャパンには、そう返事をするんだな。長官も既にジャパンに返事を送られているだろう。只、ジャパンには、まだ戦力が残っていると聞く。その貴重な艦は脱出計画には必要不可欠だ。是非、我々の力になってくれ」
皮肉を交えながら、ジェフは真剣な表情でマイケルを見たが、マイケルは複雑な面持ちで顔を背けていた。




