始動 その5
「≪ネオ≫が防御を選ぶとは思わなかったが……」
「被害を軽減する方を選んだのでしょう」
「エコだな」
AI艦隊への強烈な一撃になる筈の改良型スレイザー砲。それが、全く歯が立たなかった。AI艦隊は、前面だけで無く、上下左右もバリアで固めてスレイザー砲を跳ね返したのだった。
「機械は、人間の反映だ。我々が通常考え得る最高の策を以てするという事は、奴らが想像し得る策だという事だ。つまり、≪ジェンツー≫では人間と機械が同じ土俵の上で戦っただけだ。勝てると思ったか?」
(後出しで言うな)
「……戦前に、そのお話を伺った事はありませんでしたが」
自分の声に気持ちが出て無いか気にしながら言う。
「私も後出しで言っているだけだ。……機械は、人間では無い。しかし、人間が作り出した作品だ」
(後出しという事は自覚してるのか……)
ジェフは、ヨアヒムの正直な発言に少し安心した。
「人間の理解を超える考え方をしないと勝てないと?」
「まあ、その娘も人間だ。だが、我々の常識を超える発想を突き付けているのだ。可能性は無いとは言えん」
ジェフは、改めて姿勢を正した。二百歩譲って、その話は理解出来る。
だが、それを気付いた時にはもう遅かった。今、自分達には≪A計画≫を試す余力は残されていない。
「ですが、≪ジェンツー≫の敗北で連邦軍は虫の息です。今の戦力では、≪A計画≫を実行する力もありません。私としては、脱出計画の本格実施を進言いたしたいと思います」
その言葉を聞いて、ヨアヒムは溜め息をひとつついた。
ジェフは構わず続ける。
「今、脱出用の大型航宙船を集めております。目的地の選定と乗船名簿の作成を急がなくてはなりません」
「どれくらい乗せられるのだ」
「一隻につき約三千人は乗ります。最終的には、百隻集める予定なので、三十万人程です」
「それだけか?」
「後は、民間船を含めると、最終的に百万から二百万にはなるでしょう」
「それでも少ないな」
「……アダムとイブよりは多いでしょう」
「では、二百万のアダムとイブは、どうやって選ぶのだ?」
「勿論、学識者、技術者を中心として、人類社会再建に役立ちそうな者を優先して選びます」
「その人選は慎重にしないとな。不公平があっては後々に遺恨を残す事になる」
公平な選抜が出来る訳が無い。
「このご時勢です。多少の不公平は許容されるでしょう」
ヨアヒムの視線がジェフを捉えた。
「目的地に楽園があるとも限らん」
「それは、これから見付けます」
(元々、目的地の選定に困難があるのは百も承知だった筈だ。それを今更……)
ジェフは、なかなか心の内を見せないヨアヒムに苛立つ事がしばしばある。
ふたりの間に少し間が空いた。
人類脱出計画は、これまでも何度も検討されて来た最後の手段だった。
しかし、全ての人間を乗せる事の出来る程、船の数は多く無い。この計画では救い出せるのは全人類の一%にも満たない。当然現実的では無いとして一部の者達から猛烈な反対が巻き起こっている。
だが、≪ジェンツー≫での敗北が政府の重い腰を上げさせるきっかけになった。いよいよ、人類の最後が目の前に迫っている。その余りにも遅すぎる代償として、助け出せる人間の数は、さらに三分の一以下に減ってしまった。
「目的地が未決定、船は少ない、人選も困難。こんな事で計画が上手く進むのかね」
(上手く行くと思っていればお目出度だな)
「これは……、≪ジェンツー≫計画の時は手放しで許可をして頂いたのに、脱出計画には反対するのですか?」
「今の人類にとって、どちらがより良い作戦なのか、知りたいだけだ」
「そのどちら……とは?」
「≪A計画≫と、だよ」
(まだ言うか)
「どうやら、長官の頭には、何故かあの娘の計画が選択肢に上がっているようですね」
そんなもの問題外だ、とばかりに無表情で答えるジェフ。
「ジャパンに返事せねばなるまい。採用か否か」
「否、です。他に返す返事はありません」
ジェフは頑なに言う。
「最早、≪ネオ≫との戦いは“詰んで”います。それが分からない長官ではありますまい」
「まあまあ、そう言うな……」
ヨアヒムが鋭い視線をジェフに寄越した。
「我々は、軍人だ。軍人である以上、我々の本分は戦いにある。脱出計画は、勝ちを諦めた策だ。それは、政治家が判断すべき選択であって、軍人が取るべき策では無い。まだ、戦える武器と人間が残っている状態ならば、軍人として最善の戦いを見付け出すべきではないかな」
ジェフは、そんなヨアヒムの言葉に首を振った。
「長官。それは、”勝てる”戦いがあればの話です」
ジェフは、”勝てる”に力を入れた。
「≪A計画≫は……」ジェフは、ヨアヒムの視線をまともに受けた。「……駄目です」
静かな言葉だった。
≪A計画≫が話題に上る度にジェフが耳にするのは、ユナ=オサミという妙な女の人物像と計画案の奇抜さだった。
誰もが、ユナ=オサミについて、ひたむきで真っ直ぐな姿を思い浮かべ、彼女が生み出した計画案を神秘的なキワモノとして特別視する。それは、人類が土壇場に追い込まれて来るに従って、湧き上がる希望のような光を帯び始めていた。
かつてはあれ程見向きもされなかった≪A計画≫は、今では、参謀部の一部の者達にとって、人類に最後に残された劇薬のようなものとして語られるようになっていた。
(あくまで”一部”のな……)
「あれだけは認められません」
ジェフも参謀である。≪A計画≫については何度も考察してみた。その結果、この計画案に下した評価は、Dマイナスであった。不合格以前の問題。これは、士官学校一年生の夢物語と同じ。それがジェフの評価だった。
まず、≪A計画≫の肝は、最後の最後、≪ニューフロリダ≫への接触まで≪ネオ≫に気付かれてはならない事になっている。今の連邦軍にそのような完璧な防諜体制が取れるのは、ほぼ不可能だ。
(≪A計画≫自体、今は何人も知っている。既にその内容が≪ネオ≫に通じてる可能性だって否定出来無い)
次に、その計画の性格上、機動部隊は出撃から≪ニューフロリダ≫接触まで連邦との連絡を取る事が出来無い。つまり、半年以上掛かる航宙中、部隊に何が起ころうと助けを求める事は出来無いし、連邦からも積極的な援助は出来無い。航宙路のほとんどは人類初の未踏の地域である。何が待ち受けてるのか分からない。それこそ、流星群に飲み込まれても、ブラックホールに捕まってもおかしくない。あるいは、偶然≪ネオ≫の艦隊に鉢合わせする事だって有り得るのだ。
さらに、空母と戦闘機による攻撃だと言うが、今の≪ニューフロリダ≫がどのような状態になっているのか誰にも分からない。もしかしたら、強力な対空砲にハリネズミのように覆われて、近寄る前に全て叩き落される可能性もある。
指折り上げてみればきりがない。つまり、不確定要素が多過ぎるのだ。
そんな空白だらけの答案を採点する身にもなって欲しい。
(一体、長官は何故これにこだわるのか)
「連邦軍から大統領への回答は、脱出計画への全面協力しか有り得ません」
連邦政府大統領から緊急閣僚会議への呼び出しを受けたヨアヒムは、この後、ネット会議に出る事になっている。
既に、≪ジェンツー≫の敗北を受けて、政府閣僚では人類脱出計画の実施が支持されている。その計画実行についての連邦軍の見解を聞いておこうと言うのだ。
文官の長である軍務大臣はいるのだが、こればかりは現場の声を聞かないと始まらない。
何しろ脱出計画では、全ての人間を救う事が出来無い。残される者が計画に気付いて騒ぎになってしまった時の警備体制を考えないといけない。AI艦隊が追跡して来るかもしれない。脱出船団の護衛、避難先での防衛体制等、単に遠くに逃亡するのとは違う。連邦軍の協力が不可欠なのである。
「戦うばかりが連邦軍ではありません。人類の未来を子供達に残す為に力を尽くす事だって我々の仕事なのです」
ジェフの強い言葉に、ヨアヒムは両手を軽く上げて見せた。
それがささやかな抵抗なのか、諦めなのか、ジェフには分からない。




