始動 その4
地球連邦軍総司令部・月基地
軍事機密の高速データ通信≪アイジャロ≫によるジャパン宇宙軍司令長官の長いメッセージが終わった。それは、ジャパンが噂の≪A計画≫を実行するにあたり、連邦軍本部の全面的な協力を求める内容だった。
ジャパン軍の長は、神妙な表情でレンズの向こう側からこちらを見詰めていた。
それは、哀願や懇願の表情では無かった。不退転の決意と覚悟に満ち溢れている戦士の素顔だった。
「……どう思う?」
「都合良すぎますね」
地球連邦軍総司令長官室には、大きなテーブルを挟んでふたりの人物が対面していた。
地球連邦軍総参謀長ジェフ=ステンリー中将は、瞬き少ない瞳に冷徹な色をたたえながら、黒褐色の机に座る総司令長官を見た。
美容療法のお陰か、五十代の年齢を感じさせない皺ひとつ無い白い肌と細身の長身、猛禽類の如く鋭い眼光に意志の強さを感じる真一文字の口元。地球物理学の大家を父に持つ研究者肌のアメリカ系の秀才は、父と同じ学者を目指していたのだが、時代がそれを許さなかった。連邦政府士官学校を出た後、アメリカ政府軍から引き合いがあったが、当時優秀な若者を片端から抱え込んでいた連邦軍の門をくぐった。単純に連邦軍の方が待遇良かった。
「無視するか?」
総司令長官ヨアヒム=フェラー大将は、大きな太鼓腹を大きめの革椅子に収めながら穏やかな笑みを湛えている。
若い時は、端正で幼げな甘いマスクで女性士官にモテていたという噂があるが、体重の半分を脂肪分に占められている現在では見る影も無い。
ドイツの植民惑星を切り開く開拓農民の四男として生まれ、貧乏な一家の口減らし先として、十四歳からドイツ市民兵学校に入学した。ヨーロッパ同盟軍の歩兵小隊長からのスタートだったが、その持ち前の鷹揚さと人一倍の責任感と人をまとめる才能により、行く先々で頭角を現し、いつしか現場指揮官として一目を置かれる存在になっていた。明晰な頭脳と少々身勝手な行動力がプラスに働いた人生を送ったヨアヒムは、着実に出世の階段を上がっていき、いつしか連邦軍に移籍して、連邦軍本部でも重鎮として存在感を増して行った。
(本気では無いな)
ジェフは、冷静にヨアヒムの心を読んでいた。
元から本心を明かさない人物であった。どの党派にも属さない。それが、ヨアヒムをここまで押し上げた世渡りだと言えよう。≪ネオ≫との戦いが続く中、連邦軍だけで無く、各国政府軍を取りまとめる人材として、総司令長官にまで祭り上げられたのだ。
本当にその気が無いなら、わざわざジェフに確認するような聞き方はしない。己の責任を分散させる為に同意を求めている。
「無視していいかと」
無表情のジェフ。ここで、ヨアヒムに寄せる素振りは見せない。
「相変わらず厳しいな」
含み笑いのヨアヒム。
ジェフは、険しい顔を崩す事無く続けた。
「ジャパンは、我々の命令に背いて新鋭艦を隠し持っていたのです。そんな組織の言う事を真に受ける事はありません」
「理屈が弱いな。作戦の中身を聞いているんだ」
「同じ事です。信用ならない相手の提案など聞いてられません」
ヨアヒムの眉間が少し動いたのをジェフは見逃さなかった。
「≪ジェンツー≫作戦に非協力的な国は、何もジャパンだけでは無かったぞ」
落ち着いた声でヨアヒムが言う。
「我らがヨーロッパ同盟は、積極派のアメリカ、チャイナからは一歩引いていたからな」
「それでも、手持ちの全艦艇をリストに上げて来ました。ロシアも同じく。腰が引けていただけで無く、我々を欺いてまで非協力的だったのはジャパンだけです」
畳み掛けるように言う。
(あの笑顔の底で何を考えているか知れない)
ジェフにとって、ジャパニーズは信用ならない民族だった。
「それこそ、チャイナは自国の植民星系だし、ここを破られるとアメリカのワシントン植民星系に入って来るからアメリカは必死になるな。ロシアは既に三年前のロストウ星系陥落で使える艦と植民宙域を失っていた。ヨーロッパ同盟も似たようなものだ。辺境の宙域しか植民出来無かったジャパンにとっては、不幸中の幸いだったな」
「だからと言って、ひとりの若手参謀が作った作戦に乗るとは……」
ジェフは、自分が嫌悪の雰囲気を出した事に後悔した。いつも、冷静を保っている。感情を表に出さないように努めているのだが、まだまだ未熟だ。
(このくらいの事で……)
ヨアヒムは、ジェフの思考を見抜いているのかいないのか、相変わらず判断しにくい表情を保っている。
「見た事あるのか? ≪A計画≫」
当たり前だ。何なら、ユナ=オサミはこの自分を恐れる事無く真正面から立ち向かって来たのだ。まるで、獣のように。
「はい。ユナ=オサミは、参謀本部で私の課にいました」
「そうか。ならば、君は良く知っているな。どうだ? 信頼に足る人物か?」
「この世に、型にはまらない人物がいるのなら、彼女がそのひとりでしょう。それは、自信を持って言えます」
「君がそこまで評価する人物か……」
「評価……している事になるのでしょうか?」
「お前が否定的な発言をしない時は、そういう時だ」
ヨアヒムは、ひと呼吸ついた。
「で? 信頼出来るか?」
「人としては、出来ている方ですね」
ジェフの慎重な物言いに反応するヨアヒム。ここで、信頼出来るイコール≪A計画≫の信頼と思われては困る。
「どうだ? 乗ってみる手はあるか?」
「ありません」
ジェフは、即答した。
(当然ではないか)
「人物としては、見るべきものはあります。只、現状残されている戦力で、あの作戦を実行しようと思うのは恐るべき自意識の高い勘違いのする事です」
「≪ジェンツー≫はどうだ?」
「は?」
ジェフは、ヨアヒムの質問が分からなかった。
「≪ジェンツー≫も無理をしたんじゃないか?」
「≪ジェンツー≫は、参謀本部が練り上げた計画でした。連邦軍に残された戦力を以てして最高のパフォーマンスを発揮すべく考え出されたのです」
「……その筈だったのにな」
ジェフは、少し表情を固くした。それを認めたのは長官ではないか。
「改良型スレイザー砲に瑕疵はありませんでした」
「瑕疵は、我々自身にあったという事だな」
「まだ、それと決まった訳ではありません」
≪ネオ≫への情報漏洩。予測し得る中で最大の敗北理由。
≪ジェンツー≫の結果は、連邦軍だけで無く、連邦政府にも激震を与えた。誰もが思い付くのは、ハッキングだ。常に厳重な情報統制を行っているのに、最重要の軍事機密であるスレイザー砲の情報が≪ネオ≫に知られていた可能性が高い。
連邦政府は、連邦本土領と外地領の間の情報通信を完全に遮断。その間の連絡は、短距離高密度通信を幾つかの中継基地でクリーンシステムを使いながら送信する方法しか出来無いようにした。
当然、これによって、外地領との連絡頻度は格段に落ちる。それは政府機関も民間も同じだ。外地領の切り捨てでもあった。
「まだ、分からないのか?」
≪ジェンツー≫以後、政府、連邦軍共に民間企業も巻き込んでネット上の原因調査が行われている。
「はい。まだ漏洩の事実は確認されてません」
「ネットからでは無いのか?」
「ですが、他の理由と言いますと、人間が情報を流すという事ぐらいしかありません」
それは考えられない。情報を渡す見返りに≪ネオ≫が何を渡すのか。
「金じゃないか?」
「今更、大金持っても……」
というか、そんなに大金を持つと政府の目に引っ掛かってしまう。
外地領には、まだ億単位の人類が住んでいる。その政策には強い懸念があったが、もし情報漏洩が原因だったら、躊躇してる暇は無い。
「それか、奴らの庇護の元、ひとり死なずに孤独に生きて行くか?」
「≪ネオ≫の命令に背きますので、有り得ないでしょう」
「だな……」
ヨアヒムは両手を頭の後ろで組んで、椅子に腰を深く沈めた。




