始動 その2
「良い手だと?」
コウキは、スティーブを睨み付けながら呟いた。相手を信じていない表情があるとしたら、こういう表情の事を言うのだろう。
「そうです。巨額で、しかもすぐには必要にならない資金があるのです」
スティーブは、負けずに自信満々の表情を取り繕う。
「何だ、それは?」
コウキは、膝に片手を乗せて前屈みになった。まるで喧嘩腰の姿勢だ。
スティーブは、コウキの視線を真っ直ぐに受け止めた。
「年金資金です」
間が空いた。
「はあっ?」
コウキは、表情を一変させて体をのけ反らせた。こいつは馬鹿か、という典型の目付きをしている。
「国民年金です」
スティーブは、にこやかにもう一度言った。
「馬鹿かっ」
コウキは、吐き捨てるように言う。まあ、分からんでもない。
「冗談じゃないぞ。年金は、国民の金だ。支給停止でもしたら、それこそ暴動じゃ済まない混乱が怒るぞ。お前は、何を言い出すんだ」
ジャパンでは、地球時代からの名残で公的年金としての国民年金システムが続いている。医療技術の発達によって、寿命が百歳を優に越えている現在、支給開始年齢が八十歳に延びているが、若い時からの積み立てによる年金システムが、国民の老後生活を支える重要な資金になっている点は変わらない。ジャパン特有のこのシステムは、現在税金の大幅アップや経済の崩壊に見舞われている国民にとって、価値が激減していても貴重な収入になっている。
「違うのです。総督。我々は何も今すぐ年金を停止しろなんて言ってません。将来、支給される原資から少し拝借させて頂きたいと言っているのです。当面の資金だけ残しておけば、一年や二年は持たせる事が出来ます。その間に≪ネオ≫を倒せば、後の資金は国債でも何でもやりようがあるではないですか」
随分と直接的な言い方だか、この男に回りくどい説明をしても、すぐに理解してくれるか分からない。ここは、直球勝負しかない。
だが、度胸も幼な過ぎるコウキは、そんな事出来るかと言いたげに首を振った。
「そんな事、出来る訳無い。年金から資金が流出した事をそんなに長く隠し通せる筈が無かろう。理屈としては可能かもしれんが、やはり、それは出来無い相談だ」
確かに。
他国と違い、ジャパンは国による情報隠蔽が殊の外苦手である。
資金流用がすぐにバレてしまう可能性は十分考えられる。
(別に先の話はどうでもいいじゃないか。肝心なのは、今まとまった金が必要なんだから。それに今度こそ負けてしまえば、年金どころの騒ぎではなくなるじゃないか。お前の存在価値も吹っ飛ぶだろうよ)
さすがに、思っている事は口に出せない。スティーブは、更に丁寧な口調を心掛けた。
「総督、考えて下さい。我々人類は滅亡の危機に瀕しています。今、出来る事があるなら、全力で取り組まないといけません」
「前に聞いた事のある台詞だな」
「本当に」ひと言ひと言力強く言う。「子孫にこの世界を残す為には、諦めてはいけないんです。金なんか、後から幾らでも都合つける事が出来ますけど、チャンスは今しか掴む事が出来ないんです」
「その為の金が無いんだろ!」
コウキは、机をバンバン叩きながら叫んだ。
「何をするにも、金なんだぞっ。お前達が言うから、必死で特例法を作って掻き集めたんだぞっ。あの時、これが最後の戦いだと聞いたから、俺は頑張ったんだっ。あ? 分かるか、お前っ」
(駄目だ、この男)
今の状況でそんな常識的な話をするような奴が決断出来る筈が無い。無理も無いかもしれない。そこらに転がっている小市民がふとした偶然で何かの長に昇り詰めたら、今の安定に身を浸しきって、近付いて来る破滅さえも目に入らなくなるのだろう。
(諦めるしかないか……)
スティーブは、口を真一文字にして視線を足元に落とした。
≪A計画≫の実行には、最低でも≪アカツキ≫自治政府の協力が不可欠だ。今や、資金面や人材面、兵站面等あらゆる面において、軍だけで賄うのは難しい。
いや、だからと言って諦めてはいけない。ユナだって、どんな状況に置かれても諦めなかったじゃないか。
スティーブは、改めて拳を握り締めた。ユナの辛い日々に比べれば、こんな事、苦労でも何でも無い。
(脅迫まがいの事をしてでも、イエスと言わせてやるっ)
「……そうですね。我々も総督の力量には大変驚かされました」
スティーブの肩にグレイナーが手を置いた。ゆっくりと前に進んで、自分の頭をさする。
「多くの反対意見を押し切り、普通なら己の地位にしがみつきたいばかりに反対派に迎合してしまう所を、人類の未来の為に≪アカツキ≫市民に堂々と訴えかけ、その支持を見事に勝ち取る。これは、並みの政治家には出来無い事です」
「おお。グレイナー。お前なら分かってくれると思ってたぞ」
コウキが喜色ばむ。
「恐悦です」
グレイナーは、頭を下げた。
「今の状況は、最悪です。本当なら、誰だって逃げ出したい。ですが、その弱気な者達への手本として、威風堂々たる姿勢を崩さない。全く、総督閣下には驚かされてばかりです」
「ふふ……」
グレイナーから柔らかい口調でべた褒めされ、コウキは一変して満更でもない表情になった。
「まあ、当然だな。政治家という奴どんな状況でも市民を第一に考えなくてはならない。己の足元だけを見て浮足立つのは、凡人のやる事だ。嘆かわしい」
グレイナーは、大袈裟に頷いた。
「この度は、本当に我々としても感謝しているのです。総督閣下のご支援を頂いた事で、≪ジェンツー≫においては、AI艦隊に大きな被害を与える事が出来ました」
「うん? ≪ジェンツー≫では敗北しておろうに」
「確かに戦闘では奴らの後塵を喫しましたが、連邦軍の総力を上げた戦いだけあって、損害はほぼ五分五分でした。≪ネオ≫は、一定の被害を受けたら、艦隊の修復を行い、再編成が終わってから行動を移すのを常としております。今回の結果でしたら、今までの流れを見て、最低半年は動かないと見ていいでしょう」
「そんなにか?」
「ええ。これも全て、総督閣下の先見の明があったればこそなのです」
「ふむ……」
コウキは、ご満悦な表情で顎をさすった。
「そこで、我々はその時間を有効利用しなければなりません。折角与えられたチャンスなのです。ここで、漫然と半年を過ごすのと、出来る力を持ってして先手を打つのと、どちらが人類の未来の為になるのかは、閣下もお分かりでしょう」
「まあ、そうだが……」
最後に辿り着くのは、さっきと同じではある。コウキもそれは分かっているのだが、今度は少しばかり落ち着いて話を聞いている。
「先程からの繰り返しになりますが、これが本当に最後のチャンスなのです。ここで、≪ネオ≫に鉄槌を下して、逆転勝利をすれば、全人類の喜びは永遠に消える事はありません。そして、その勝利を導いた総督閣下には、老若男女を問わず感謝の声が沸き起こり、未来永劫閣下の名は全人類に轟く事でしょう」
「そうか」
「しかも、そのような現代のカリスマを人々が放って置く筈がありません。行く行くは連邦大統領の座に上り詰める事だって可能なのです」
「ほお……。それは……」




